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「中国は信頼できないパートナー」――大国を敵に回すチェコ議長とプラハ市長の度胸

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
チェコの空港に着いた中国からの医療用品=新華網サイトより筆者キャプチャー

 台湾との関係を断ち切って中国と国交を結ぶ国が増えるなか、その真逆を行く中欧チェコの政治家2人に注目が集まっている。首都プラハの市長が昨年、中国側による「一つの中国」(中国大陸と台湾は一つの国に属するとする)原則の徹底要求に反発して、姉妹都市協定の相手を北京から台北に“くら替え”。チェコ上院議長が中国側の反発を押し切る形で今年8月に台湾を訪問すると発表するなど、対抗姿勢をあらわにしている。

◇チェコ政権は「関係強化」の姿勢

 中国はチェコを中・東欧諸国の玄関口として重視している。加えて、チェコは欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)双方に加盟しているため、中国としてはチェコを足掛かりに西欧諸国に対する影響力を高めたいとの狙いもあるようだ。

 一方、チェコ側も2013年にゼマン氏が大統領に就任して以後、対中関係の強化を図ってきた。ゼマン氏は訪中を繰り返し、2015年に中国が戦争勝利70周年記念の軍事パレードを実施した際も、欧米諸国のほとんどが国家元首出席を見送る中、ゼマン氏は北京に赴いて、中国との親密ぶりをアピールした。翌年3月に中国の習近平国家主席がチェコを訪問した際には、首都プラハでデモ隊の動きを封じ込めて迎え入れるなど、最大限の配慮を見せた。

 また、中国政府が「中国からの独立を狙う分裂主義者」と敵視するチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が同年10月にチェコを訪れ、副首相らと面会した際、ゼマン氏は直ちに、当時のソボトカ首相とともに「一つの中国」原則を支持する声明を出すほど神経を使っていた。

◇プラハが台北と姉妹都市

 ゼマン政権による中国接近に警戒を強めたのがプラハのフジプ市長だ。

 プラハと北京は2016年に姉妹都市協定が締結されていた。フジプ氏が2018年11月に市長に就任すると、協定の中に「一つの中国」原則の順守を記す条項が含まれていたことに違和感を抱き、北京側にこの条項のみを削除するよう求めたが、北京側が受け入れなかったため、昨年10月、協定解消に踏み切った。

 一方、フジプ氏は昨年3月に訪台し、蔡英文総統らと会談するなど台湾に接近、今年1月13日には、今度はプラハ―台北間で姉妹都市協定を結んだ。AFPによると、フジプ氏はその直後に、中国を「信頼できないパートナー」と非難したという。

 フジプ氏は自身の信念として「市長として『民主主義と人権を尊重する道に戻る』という公約を果たすために取り組んでいる。それらはビロード革命(チェコスロバキアだった1989年12月に共産党体制崩壊をもたらした民主化革命)の価値観であり、現在、チェコ政府が無視しているものだ」と語っている。

◇上院議長の死と訪台

 加えてチェコでは今年1月、人気政治家だったクベラ氏が急死し、その妻が「夫の死は中国政府からの度重なる嫌がらせの結果だ」と主張した一件もあった。

 チェコ企業団が19年10月、台湾を20年2月に訪問すると発表し、その団長を当時上院議長だったクベラ氏が務めることになった。中国側は「一つの中国」原則に反するとして不快感を示し、再三にわたってチェコ側に取り消しを迫った。

 現地報道によると、中国の張建敏・駐チェコ大使がゼマン大統領の秘書官に「訪台を阻止しなければ両国のビジネスに影響が出る」と圧力をかけた▽ゼマン氏は今年1月14日、クベラ氏に会い、訪台を再考するよう促した▽同17日には張大使がクベラ氏に会い、30分以上にわたり中止を迫った――などの流れがあった。張大使との面会後、クベラ氏は妻ヴェラ氏に「中国側の用意したものは一切、飲み食いしてはならない。危険だ」などと話したとされる。クベラ氏が急死したのはその3日後だった。

 台湾メディアによると、ヴェラ氏は地元テレビに出演した際、「夫は中国政府に脅迫され、そのストレスが急死の引き金になった」との見方を示し、後任の上院議長となったビストシル氏やバビシュ首相は相次いで、張大使更迭を求める考えを示した。

 そのビストシル上院議長が6月9日、クベラ氏の計画を引き継いで今年8月30日~9月5日に企業団とともに訪台すると発表した。ビストシル氏は右派野党・市民民主党所属で、「政府の外交方針が人権と自由を支持しないのなら、それを強調するのは議会の役目だ」と話している。

◇マスク外交で挽回図る

 中国は反中感情を和らげるため、新型コロナウイルスの感染防止を目指す「マスク外交」によって挽回を図っている。

 チェコでは医療従事者のためのマスクや手袋などの個人用防護具が不足し、政権批判が高まっていたため、ゼマン政権は諸手を挙げて中国からの支援を歓迎した。中国から医療用品を運んできた航空機が今年3月、プラハの空港に到着すると、チェコの閣僚らが滑走路に並んだという。その後も中国からの物資が届けられ、ゼマン氏は「我々を助けてくれるのは中国だけだ」とリップサービスし、遠回しにEUを批判してみせた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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