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中国から「愛国的同胞」と讃えられたマカオ・カジノ王の遺産「1兆円超」――四つの家庭の骨肉の争い再燃も

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ホー氏の訃報を伝える「SJMホールディングス」のウェブサイト(筆者キャプチャー)

 マカオのカジノ王、スタンレー・ホー氏が5月26日に98歳で亡くなり、その巨額遺産の行方に注目が集まっている。過去にはホー氏の事業や資産をめぐって四つの家庭が骨肉の争いを起こした経緯があり、中華圏メディアはその動向を注視している。

◇ブルース・リーが従弟

 ホー氏は1921年11月、香港の裕福な家庭に生まれた。中国メディアによると、伝説的な香港のカンフースター、ブルース・リーはホー氏の従弟(いとこ)といわれる。

 世界大恐慌の影響で父が財産を失ったあとは貧困に陥り、第2次世界大戦中にはポルトガル領マカオにある日系の貿易会社で事務員として働いたこともある。

 1960年代初め、マカオのカジノ経営を2001年まで独占的に運営できるライセンスを獲得。ホー氏はカジノ運営大手「SJMホールディングス」を運営してマカオを世界最大のギャンブル市場に変貌させた。観光、船舶、不動産、銀行などのビジネスも手掛ける一方、ベトナムや北朝鮮などにも投資した。グループ企業による雇用はマカオ全体の3分の1を占めたこともある。

 マカオは1999年、中国に返還された。ホー氏は中国共産党とのつながりも深く、中国の国政助言機関、人民政治協商会議(政協)委員を務めていた。北京五輪の2008年開催が決まった際には、五輪の水泳競技会場となった「水立方」の建設のため1000万元(約1億5000万円)を寄付し、「愛国的同胞」とも称された。

 ホー氏の死去に際し、中国国営新華社通信は香港・マカオでの「一国二制度」という用語を強調しながら「『一国二制度』成功のため、香港・マカオの繁栄と安定のため、積極的に貢献した」とたたえていた。

 米ブルームバーグ通信によると、2019年のホー氏の純資産は推計で149億ドル(1兆6264億円)。中国のネット上には「5000億香港ドル(約7兆円)の遺産」という数字も出ている。

◇四つの家庭と泥仕合

 ホー氏は派手な私生活でも有名だ。

 1940年代、第1夫人(故人)と結婚して4人の子供(うち2人は故人)▽60年代、当時14歳だった第2夫人と結婚して5人の子供▽80年代、第1夫人の世話をしていた看護師を第3夫人にして3人の子供▽80年代後半、ダンスパートナーの女性を第4夫人にして5人の子供――と、四つの家庭で計17人の子供をもうけた。

 マカオでは1971年に「一夫多妻制」が廃止されたため、それ以前の婚姻である第1、第2夫人は「合法」とされたが、第3、第4夫人については「法律上の保証がない」という見方が一般的だ。

 ホー氏が2009年、脳卒中で倒れたあと、カジノ事業や資産の相続をめぐって、各家庭の間で骨肉の争いが繰り広げられた。

 10年12月ごろ、「ホー氏がSJMの持ち株を第4夫人に譲渡する」とのうわさが広がり、第4夫人自身が漏らしたとの説が出回る。

 翌月には、ホー氏がSJMの親会社で保有する権益の大半が第2夫人の子供と第3夫人に移され、ホー氏側(顧問弁護士)が「彼らが自分の主要資産を乗っ取ろうとしている」と批判する出来事が起きた。この時、第3夫人がホー氏の署名の入った文書を公開して自身の正当性を訴えると、今度はホー氏が顧問弁護士を解任▽第3夫人にこの問題の全権処理を任せる――と表明した。

 これに対し、顧問弁護士が第1夫人と第4夫人の意向を受けて「第2夫人の子供と第3夫人への資産分配は無効」との確認を求める訴えを裁判所に起こし、メディアは「『第1・第4連合』対『第2・第3連合』の泥仕合」と騒いだ。

 結局、4家庭は和解に至り、「ホー氏及び全家族」名義で11年3月10日に声明が発表された。ただ資産分配の方法は明かされなかった。ちまたでは「カジノ産業の均衡と社会の安定を憂慮した中国政府が仲介に入った」とささやかれたという。

◇後継者とスーパーモデル

 ホー氏は18年6月、SJMホールディングス会長を退任し、経営の一線から退いた。健在である15人の子供のうち、第2夫人との間に生まれた2女デイジー・ホー氏がホー氏の後継者として会長職を継いだ。だがこの時、第4夫人のアンジェラ・リョン氏も「共同会長」に就くという複雑な企業統治の体制を取っているため、さらなる権力争いの火種になるとの懸念がある。

 ディジー氏の姉パンジー・ホー氏は、グループの複合企業「信徳集団」を継承した。

 2人の弟ローレンス・ホー氏は、SJMとは異なる別のカジノ会社「メルコリゾーツ&エンターテインメント」を率いており、ホー家の他メンバーとは一線を画している。

 第4夫人であるアンジェラ・リョン氏は広東省出身のたたき上げで、マカオのダンスホールでダンサーとして働きながらダンス教師、カジノ計算係、顧客サービスも兼任して事業資金を稼いだとされる。「夫人」でありながら1961年生まれであり、パンジー氏(62年生まれ)とは深刻なライバル関係にあるとされる。

 もうひとつ話題になっているのが、アンジェラ・リョン氏の息子マリオ・ホー氏と結婚して一族に入った中国のスーパーモデル、ミン・シー氏の動静だ。

 ミン・シー氏は昨年5月、6歳年下のマリオ・ホー氏から「9万9999本のバラ」で演出された豪華公開プロポーズを受けてホー氏一族に入った。同年に息子を出産し、「カジノ王の孫を生んだ」と話題になった。

 中国のネット上では大富豪やスーパーモデルへのやっかみもあって「ミン・シー氏は出産によって相続における交渉力を高めた」「資産149億ドルを妻・子供・孫で『頭割り』すれば、ミン・シー氏の取り分は10億ドルぐらいにはなる」などと揶揄するコメントが相次いでいる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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