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中国が渦中の「コウモリ女」と「美人上司」を露出させて新型コロナの疑惑に反論したわけ

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
CGTNが伝えた石正麗氏のインタビュー(ウェブサイトより筆者キャプチャー)

 中国国営メディアは全国人民代表大会(全人代=国会)開催(22~28日)にあわせるように、新型コロナウイルス感染での真相究明のカギを握る「武漢ウイルス研究所」の3人への単独インタビューを伝えた。3人とも中国側が「オープンで」「透明性のある」立場を取っている点を強調しつつ、研究所からウイルスが漏れたとの説を否定した。国際調査を求める声が高まるなか、中国側は、先手を打って渦中の人物を表に出すことで「隠蔽」「透明性の欠如」といった批判をかわしたい考えのようだ。

◇科学者4人の口から「党の用語」

 3人のインタビューは、国営中央テレビ系国際ニュースチャンネルCGTN(電子版、23~26日)により、中国語と英語訳の字幕付きで伝えられた。

 注目されたのは、コウモリ関連のコロナウイルス研究を統括し、「蝙蝠女侠(コウモリ女)」の異名を取る石正麗氏の発言だ。今年2月にSNS上の投稿で、友人らに「発生源が自身の研究所ではない」「自分の命にかけても約束する」と表明したあと、公の場に姿を現さず、外国への亡命説などが飛び交っていたためだ。

 石氏は「昨年12月30日に感染者の検体が研究所に持ち込まれ、調べた結果、我々が知っているウイルスとは配列が異なることが証明され、新型コロナウイルスと命名した」と証言し、研究所からのウイルス漏洩ではないと強調した。また「我々は素晴らしい仕事をしたと思う。短時間にウイルスの遺伝子配列情報の解析など、すべての作業を遅滞なく完了させた」とも主張した。

 石氏の発言は、中国当局と事前に文言調整をしたのか、決められた文章を読み上げているような印象がある。インタビューを受けた場所は記されていないが、石氏の背後の壁には「武漢病毒(ウイルス)研究所」の文字がうっすらと確認できる。

 これに先立ち、CGTNは王延軼所長のインタビューを放映している。今年1月に職員に情報を漏らさないよう指示したり、情実人事の疑惑が浮き沈みしたりしている人物だ。

CGTNが伝えた王延軼所長のインタビューの様子(ウェブサイトより筆者キャプチャー)
CGTNが伝えた王延軼所長のインタビューの様子(ウェブサイトより筆者キャプチャー)

 王所長も「研究所が発生源」とする説を「純粋なねつ造だ」と否定。「(検体が持ち込まれるまで)ウイルスの存在さえ知らなかった。それがどうして漏れるのか」と訴えた。加えて「発生源の追跡は科学の問題であり、科学者は科学的なデータと事実に基づいて判断を下す必要がある」と求めた。

 CGTNは袁志明研究員のインタビューも放映し「武漢ウイルス研究所は、常に国際的な学術コミュニティーや国際社会との緊密な協力関係を維持している。それはオープンであり、透明性がある」と強調した。

 このほか、中国当局に近い香港フェニックステレビも5月25日、高福・中国疾病予防コントロールセンター主任のインタビューを伝えている。高福氏は武漢封鎖の前日(1月22日)の段階で、感染源について「武漢華南海鮮卸売市場で売られていた野生動物だ」と明言していた人物。だが今回は「最も早い時期に、我々は市場の可能性もあったと推測していた。だが今みれば、市場も被害者だ」と前言を撤回している。

◇試される中国の覚悟

 新型コロナウイルス感染をめぐり、習近平国家主席は5月18~19日の世界保健機関(WHO)の年次総会で、次のキーワードを使って自国の立場を明らかにした。

「新型コロナ発生は突然起き、広がった」「ウイルスには国境がなく、人種を区別しない」「中国は感染症の状況を逆転させ、生命の安全を維持した」「中国は常にオープンで透明性があり、責任ある態度」「運命共同体」……。その後、中国側の立場表明はこうした政治的キーワードに沿って発信されるようになった。

 今回インタビューを受けた4人の科学者たちは、事後の研究に基づき発言しているようにみえる半面、政治的キーワードを意識的に使っているふしもあり、共産党の方針に従って発言を上書きしているという疑念が出てくる。

 中国やWHOは、武漢で感染が拡大した時、「ヒト―ヒト感染」の危険性について、いかなる情報に基づき、どう判断したのか。WHOが緊急事態宣言を出すのに2週間もかかったり、パンデミック(世界的大流行)という言葉を避けたりした背景に、中国側の圧力、あるいは中国へのそんたくはなかったのか。解明されるべき事実関係は少なくない。

 一方で、中国政治が今、非常に硬直しているのが気になる。国際協調よりも習主席による一強体制の維持を重視し、自国の論理に過度に寄りかかっているようにみえる。それが香港や尖閣諸島、南シナ海などでの強圧的な行動につながっているのではないか。新型コロナウイルスの犠牲者は世界に広がる。「中国流」「習近平体制擁護」に主眼を置いた検証では、国際世論が納得する結果が出せないのは自明だ。

 中国に求められているのは、国際調査の過程で、たとえ共産党や政府にかかわる問題点があぶり出されそうになっても、真摯な態度でその究明に応じることだ。だが今の中国にはこの覚悟が感じ取れない。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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