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中国が飛びつく、米ニュージャージー州市長「私の新型コロナ感染は中国よりも早かった」発言

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
CGTNのインタビューに応じるメルハム市長(筆者キャプチャー)

 米ニュージャージー州ベルビル市長のメルハム氏が「私は昨年11月の時点で新型コロナウイルスに感染していた」と主張し、波紋を広げている。メルハム氏の主張が正確であるなら、中国で初の症例が確認された昨年12月よりも早く、米国で感染が始まっていたことになる。中国当局は「武漢(湖北省)起源説を否定する材料」ととらえ、国営メディアを動員して大々的に報じている。

◇「私が第1号の可能性」

 ニュージャージー州の保健当局によると、州内の感染者は5月13日現在、14万1560人、死者9702人。米国内ではニューヨーク州に次いで2番目に多い。

 米ローカルメディア「パッチ」によると、メルハム氏は4月30日、「新型コロナウイルスの抗体検査で陽性だった」と発表し、「自分が米国での最初の症例の1人である可能性が高い」と主張した。

 メルハム氏は昨年11月21日、ニュージャージー州アトランティックシティでの会議から戻る途中、急に体調を崩し、帰宅後には高熱や寒気などの症状が見られた。米国で当時流行していたインフルエンザだと考えて医者に相談すると「数日間の休息で回復する」と言われた。その言葉通り症状は改善したという。

 ところが今年4月29日になって新型コロナウイルスの抗体検査を受けたところ「陽性」と判明。過去に新型コロナウイルスに感染していたことがわかった。

 翌日にこの結果を公表するとともに「これまで『インフルエンザ』と診断されていた多くの人が、実は新型コロナウイルス感染だった可能性が高い」と訴えるに至った。

 米ABCテレビによると、米国初の確定症例は1月21日、武漢を旅行したワシントン州出身の30代男性とされる。メルハム氏は「自分が新型コロナウイルスに感染したのでは、と常に疑ってきた。だが『米国初の症例は1月』と言われたので、その疑いを排除してきた」とも付け加えた。

 市のホームページによると、メルハム氏は地元で生まれ育ち、ニュージャージー州内の大学で学んだ。市長選出は2018年。

◇中国が宣伝攻勢

 自国よりも早い段階で米国に感染者がいた――中国共産党・政府系のメディアはこの情報を一斉に伝えた。

 党機関紙、人民日報のインターネット版「人民網」は5月6日、「米国での感染は、はるかに早い時期に始まっていたことが裏付けられた」と報じた。

 同紙はメルハム氏の発言として「私の体内にある抗体は最近できたものではない」「この数カ月間に旅行したのは(カリブ海の米領である)プエルトリコだけ」「しかも私は1人暮らしだ」と伝え、その信ぴょう性を強調してみせた。

 さらに、米疾病対策センター(CDC)のロバート・レッドフィールド所長の発言を取り上げて「所長は3月11日の段階で『米国でインフルエンザによる死亡と診断された人のうち、実は新型コロナウイルス感染が原因だった例がある』と認めている」とも強調した。

 中国国営中央テレビ系国際ニュースチャンネルCGTN(英語放送)は5月7日、メルハム氏へのインタビューを放映し、同じ主張を本人の口から語らせている。

 海外向けラジオの中国国際放送局(CRI)は、中国の崔天凱駐米大使の次のような発言を伝えた。

「今になって、中国以外の場所で、より早い時期の症例が見つかった」

「最初に感染者を報告した地域(中国)が、必ずしも新型コロナウイルスの発生地点であるとは言えない」

 そのうえでCRIは、米国側に向かって▽自国内での感染拡大について何も知らなかったのか▽米国のデータに透明性はあるのか▽新型コロナウイルスをインフルエンザと偽って隠蔽するという意図はなかったのか――などと問いただすなど、強気の姿勢を見せている。

◇米国はスルー?

 筆者は、米メディアがメルハム氏の発言をどのように伝えているか調べてみたが、大手メディアによる論評は見当たらなかった。

 ただ「中国がニュージャージー州市長の主張を対米戦争のプロパガンダに使っている」と警戒する報道はあった。米政権寄りのFOXニュースだ。

 FOXは5月8日、「みながメルハム氏の主張に同意しているわけではない」と指摘したうえ、地元メディアのレポーターが書いた「いま直ちに、憶測をするような余地はない。特に公務員は」「公務員は、あらゆる小さなパニックを抑え込まなければならない」という文章を紹介した。

 FOXによると、メルハム氏は「SNS上でコメントを控えよと圧力を受けた。だが私には自分を選んでくれた人々に真実を話す責任があることを知っている」「私は市長なので発言権がある」と語る一方、「私の街はこのことによって荒廃してしまった」とも吐露したという。

 新型コロナウイルスの感染拡大について、米国は、中国が迅速な行動を取らなかった▽初期段階で医師や内部告発者の声を封じた――などと非難し、中国責任論を積極的に展開している。

 ロイター通信(5月6日)によると、英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のフランソワ・バロー教授らが、世界各地の感染者7500人以上から検出された新型コロナウイルスの遺伝子データを解析したところ、「中国で昨年10~12月に発生し、世界中に急速に広まった」可能性を示唆する研究結果が出たという。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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