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融和イメージから一転、北朝鮮の「姫」金与正氏が韓国に「差し出がましい」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
韓国の元大統領夫人の死去で弔意を伝達する金与正氏(提供:South Korean Ministry of Unification/Lee Jae-Won/アフロ)

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の実妹、金与正・党第1副部長が3日深夜、韓国大統領府(青瓦台)を非難する談話を本人名義で、電撃的に発表した。金与正氏は、平昌冬季五輪(2018年)の際、韓国を訪問して南北融和ムードを演出し、「金委員長のメッセンジャー」として北朝鮮の対話路線を印象付ける役割を担ってきた。その金与正氏が韓国側を非難する談話を出したことで南北対話に向けた動きがさらに遠のいたといえる。

 金与正氏が談話を発表したのは今回が初めて。

 金委員長が2011年に権力を継承して以来、金与正氏は金委員長の「側近中の側近」として活動している。党宣伝扇動部副部長を経て、現在は第1副部長。昨年末の党中央委員会総会で、北朝鮮で最高の権力機関といわれる党組織指導部に席を移したとみられる。

 これまで、金与正氏は金日成国家主席(故人)の血を引く「ロイヤルファミリー」の一員として、実質的に融和イメージの演出という役割を担ってきた。だが今回、本人名義で国家の立場を主張する談話を発表したことで、金委員長の最側近として国政運営にも深く関与していることが裏付けられた。

 談話の中で金与正氏は、北朝鮮による日本海への飛翔体発射(2日)について、通常の訓練であり自衛的行動である点を強調して「誰かを脅かすために訓練をしたのではない」と釈明。韓国政府が懸念を表明したことを「差し出がましいふざけた態度」と露骨な表現で非難した。

 また金与正氏は、今月初旬の実施が予定されていた米韓合同軍事演習が延期された点に触れ、「南朝鮮(韓国)で猛威を振るう新型コロナウイルスが延期させたもので、いわゆる平和や和解と協力に関心もない青瓦台の主人らの決心によるものではないというのは周知の事実である」と主張した。

 そのうえで「われわれは軍事訓練をすべきであり、あなたたちはすべきではない、という論理に帰着した青瓦台の、非論理的で知恵のない思考に対して『強い遺憾の意』を表明すべきなのはまさに、われわれである」と表明しながら「青瓦台の態度が3歳の子どもと大して変わらない」「強盗さながらの強弁を好むのを見れば、米国とうり二つである」などと、北朝鮮流の言い回しを多用して批判した。

 一方で「(文在寅)大統領の直接的な立場表明でないことが幸いであると言えよう」として、文大統領個人に対する批判は避ける配慮を見せた。

 これまで北朝鮮では、党副委員長クラスや軍総参謀長、外務省顧問ら高級幹部が談話を発表することはあった。北朝鮮情勢に詳しい日本の外交関係者は「もちろん金委員長の承認を得て発表している。場合によっては談話名義人がその内容を知らないまま、金委員長の権限で発表されている可能性もある」と指摘する。ただ、今回は異例のロイヤルファミリーによる立場表明であることから、談話の表現には金与正氏の意向が反映されていると思われる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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