Yahoo!ニュース

能登半島地震に特徴的な睡眠・メンタル問題への対処

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
(提供:イメージマート)

 わたしの実家は石川県羽咋市だが、実家や家族は無事であった。しかし、母親によれば、船が大揺れするような未経験の揺れであり、家が崩れ墜ちる恐怖のあまり家にいられず、自動車内で夜を過ごしたという。

 震源地に近い輪島市・珠洲市、それに能登町、穴水町、七尾市、志賀町の状況は、未経験者などが想像できないものだろう。

 わたしは元旦には東京にいたのだが、奥能登の惨状が連日報道されるのを見て、自分は被災していないにもかかわらず胸が苦しくなる「共感疲労」のような心理状態に陥り、正直仕事も手につかない有様だった。

 なんといっても、能登のシンボルでもある輪島朝市の焼失と見附島(軍艦島)の崩落、和倉温泉の復旧の目処が立たない大損害は、精神的ショックが大きい。農業や観光業、私の好きな酒造など、ほかの被害もこれからはっきりしてくると思うと、やるせなくなる。

 避難所の人々は寒さに震え、トイレや入浴もままならず、感染症蔓延の危機に直面しているという。生命維持に直結する防寒、排泄やゴミ処理など衛生管理、インフルエンザ・コロナ・ノロウイルスなど感染症予防のほうが喫緊の問題であることは言うまでもない。

 しかし、睡眠やメンタルの問題も重要だ。もっとも寒い時期に、高齢化した過疎地での災害という特徴を考慮した、睡眠・メンタルについての対処法を簡潔に急遽まとめてみた。

災害時に眠れないのは自然なこと

 災害の後は、不安や興奮などから、疲れていても眠れない、眠りが浅くなることがよくみられる。余震が絶えない今回の震災の場合は、なおさらだ。

 これは、人間が危機を感じ、すぐ逃げられるようになるための正常な反応であって、自然なことである。ぐっすり眠るなど無理で、眠れなくて当然の状況だと知っておこう。

 わたしの母親は、今も常に揺れているような感覚で、いつ来るかもわからぬ余震への警戒・不安から、地震があってからは寝間着を着ないで寝ているという。

 しかし過度な不安、不眠が長期間続くと、当たり前だが心身に悪影響が生じる。できることと言えば自律神経管理であり、吐く時間を長めに取る深呼吸を時々意識してするようにして、少しでも心身のリラックスに努めよう。

 夜に眠れない人がほとんどなので、むしろ夜中でも眠れない人が集える場所も、あったほうがいい。夜にしっかりと寝なければならないという原則は、災害時はあてはまらない。眠れるときに、眠るしかない。

寒さ対策は睡眠対策でもある

 震災の発生が1月ということもあり、北陸の冬の厳しい寒さも深刻な問題だ。体温調節は睡眠にとってもっとも大切であり、全身が冷えてしまうと、身体を震えさせて体温を上げよう=覚醒にはたらくので、眠れなくなってしまう。

 冷たい床に直接横にならない、手元にある衣類を重ね着して寝るなど、低体温対策は睡眠にとっても欠かせない。トイレの問題は深刻だが、食事をとってカロリーを燃焼させて体温を保つことも、眠るためには必要だ。

少しでもいいので身体を動かす

 今回の震災では、高齢の被災者が多い。避難生活では、身体を十分に動かすことも難しいので、筋力が弱ってくる、関節が動かなくなってくるなど、生活機能に関わる問題が生じてくる。身体活動の低下は、睡眠にも悪影響を及ぼす。避難所で動きの少ない人はもちろん、車内で寝ている人は、エコノミー症候群のリスクも大きい。

機会をみてウォーキング、ストレッチ、ラジオ体操などを行うなどの身体活動は、疾病予防の点からも、疲弊していても大切だ。支援される方は、被災者の健康維持のためにも、その人や場に適した身体活動を、無理のない程度で勧めていただければと思う。

 高齢者はたいていいくつかの持病をもっており、睡眠薬を含む常用薬を飲んでいる人も多い。睡眠薬が急に切れると、リバウンドの不眠が生じる場合がある。先述したが、夜にしっかり眠ることにこだわらず、眠れるときに眠れればいいと割り切るほうがいい場合がある。

コミュニケーションがレジリエンスを高める

 現地では情報も少なく、不安や恐怖、絶望感が強まり、情緒を安定させることは難しい状況かもしれない。このようなとき、人とのつながり、コミュニケーションは、ストレスに打ち克つ力(レジリエンス)を与えてくれる。

 つらい気持ちとつき合っていくには、親しい人とお互いに話をして、話も聞いて気持ちを共有し、ねぎらいあったり感謝したりすることがとても重要だ。

 人とのつながりが強い能登地方は、この点は都市部よりも有利な点だと思う。首都圏地震があったときは、この点がもっとも心配だ。

SNS情報は見すぎない

 直接被災していない人にも当てはまるが、テレビやインターネットでの報道の見すぎは、わたしのように精神的不安定を招く。特にSNSは重要なコミュニケーションツールだが、事実と異なるデマや誹謗中傷、無責任な発言などが入り交じり、単に眺めていても気持ちが滅入ってくる。現場や自治体からの動画やSNSは貴重な情報源だが、ニュース中心に必要な情報だけに絞ろう。

 励ましのメッセージや具体的なサポート活動の情報は、積極的に見るようにしたい。感謝のレスポンスができれば、すばらしいことだと思う。

援助する人へ 持続可能性が大事

 災害に対処する人、救援活動に当たる人は、どうしても気持ちが張り詰め、休憩をせず、睡眠不足をものともせずに、働きっぱなしになりがちである。たまには無理をしてでも休む時間を作らないと、持続できない。

 休憩やときにはオフの日も強制的に作るなど、心身を癒す時間も作ることをお勧めする。現地行政担当者や支援者のバーンアウトも、今後も懸念される問題だ。

一時的に睡眠薬に頼るのをためらわない

 能登半島の地形や季節の問題から、医療的支援は厳しい状況だが、精神科医や心理師といったメンタル支援の専門家が、地域によっては既に訪れていると思う。睡眠は災害後の健康管理には非常に大切なので、どうしても眠りがうまくいかないひとは、医療スタッフに睡眠薬の必要性を含めて遠慮せずに相談してほしいと思う。

 わたしが被災したならば、薬剤の種類はあれこれ注文つけられないだろうが、睡眠薬を一時的に使えればとスタッフにお願いすると想像する。

「共感疲労」には寄付と応援メッセージ

 今回の被害は奥能登に限らず、富山・新潟など北陸地方に広く波及している。わたしも含めて、北陸地方出身で現在は違う地域に住んでいる人も少なくない。地元に対して何もできず、罪悪感に苛まれている人も多いだろう。現地の道路状況は今も非常に悪く、余震も絶えない現況では、素人が行っても足手まといだろう。

 やはり経済的貢献(=寄付)と励ましのメッセージが可能なサポートであり、災害地域出身者の無力感に対するメンタル対策にもなりうる

 本記事は、現場を直接見ていない人間が書いた、俗に言う「こたつ記事」である。現場で奮闘されている方々の発信のほうが、参考になるに違いない。

 本記事は物足りないものであるだろうが、それでも地元を憂いた多少の専門性を持つ人間の記事が、一部だけでもお役に立てば幸いである。

早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

メンタルヘルス・精神医学から時流を読む

税込660円/月初月無料投稿頻度:月2回程度(不定期)

精神科医の西多昌規(にしだ まさき)です。メディアなどで話題となっている、あるいは世間の関心を集めている事件や出来事を、精神医学やメンタルヘルスから読み解き、独自の視点をもとに考察していきます。医療・健康問題だけでなく、政治経済や社会文化、芸能スポーツなども、取り上げていきます。*個人的な診察希望や医療相談は、受け付けておりません。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

西多昌規の最近の記事