京都人に学び女性力を活かす

大報恩寺のお亀銅像(筆者撮影)

京都で私が時々立ち寄る千本釈迦堂、別名、大報恩寺は面白い。ここは京都にある最も古い寺で、本堂は国宝にも指定されている。寺の正門をくぐると、右側奥の壁際に大きなお墓と女性の銅像がある。ここにはこの銅像の女性のお陰を称える話が語り継がれている。

いまからおよそ750年前にこちらの本堂は建設されたのだが、その大役を担ったのは、長井飛騨守高次という洛中に名の聞こえた棟梁だった。しかし、作業中の手違いで、本堂の四天柱の一つを短く切り落としてしまい、たいへんなことをしてしまったと、慌てて代わりの柱をさがすも適当なものが見つからなかった。今と違い、当時は天柱を確保するのに優に3年はかかる。悩んでいる彼に妻のお亀が、「お堂も四天柱に枡を組んだらどうか」と助言をしたのだった。当時の大工の世界ではなかった発想だったが、高次は彼女の助言を取り入れ、無事お堂の完成をさせることができた。しかし、時代は今とは違い、女性の知恵を借り仕事を成し遂げたと周りに漏れるようなことがあれば旦那高次の名を汚すことになると、お亀はお堂の完成式の日に自害してしまったのだった。そのことを悲しみ苦しんだ高次だったが、彼女に対するせめてもの弔いと建てたのはこのお堂の前に墓であった。

そのお亀塚の隣に30年ほど前からお亀さんの銅像もお目見えするようになった。枡を手にしたお亀さんが、今日もお堂を見守っている。これもまたお亀のおかげだろうか、火事が多い洛中であっても、ここは一度も難にあったことがない。実はお亀さんは、お多福とも呼ばれており、棟梁らの守り神でもあることは京都人なら知っている。ここを訪れる京都の人は多い。中でも建築関係なら、家を建てる前に必ずお参りする。さらには京都のすべての家の屋根裏に、お多福の顔がついた御弊が入れられている。これは今でも京都で生きている文化である。この町は、とうの昔から、女性の力を信じ、そのおかげを忘れず感謝しているということになる。

筆者宅の玄関に飾ってあるお亀の面
筆者宅の玄関に飾ってあるお亀の面

ここ最近になって、しかも女性のためというよりも、明らかに男性の都合で政治家や企業を中心に、大々的な女性活用を訴える日本はどこか冷めて見える。日本における女性活用を、あたかもこの国のかつて例の見ない新しい転換として捉えられているような雰囲気にも違和感を覚える。

お亀さんのお陰のように、女性の力に助けられた数々の歴史がこの国にあるのだということを知り、共有することも、現状の男性中心社会のおごりと女性の能力を軽視する姿勢や決め付けを打破し、結果として女性が自ら輝き、男性も女性も共に輝ける社会づくりのきっかになるのだと考える。