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ドラマ脚本家・坂元裕二の集大成にして新境地となるのか? 広瀬すず主演ドラマ『anone』。

成馬零一ライター、ドラマ評論家
日本テレビに設置されていたパネル『anone』『もみ消して冬』『トドメの接吻』

 今期のドラマが少しずつ始まっているが、一番の注目作にして問題作となりそうなのが本日(1月10日)日本テレビ系水曜夜10時から放送される広瀬すず主演のドラマ『anone』だろう。

 本作はネットカフェで暮らす10代の少女・辻沢ハリカ(広瀬すず)が主人公のドラマだ。

 ハリカと、田中裕子が演じる林田亜乃音(はやしだあのね)と言う法律事務所事務員の出会い、そこに小林聡美と阿部サダヲが演じる謎の男女と瑛太が演じるなぞの男が絡むドラマになりそうだ。

と言うのがホームページのあらすじから読み解ける大まかな内容だろう。

https://www.ntv.co.jp/anone/

 

 筆者は先日、試写で見させていただいたのだが、とても驚いた。

 ネタバレになるので、細かいストーリーには触れないが

 テレビドラマって「こんなことまでできるのか」と、感銘を受けた。

 脚本は『最高の離婚』(フジテレビ系)や『カルテット』(TBS系)などで知られる坂元裕二。

一話を見た時点で判断するのは早すぎるかもしれないが、おそらく本作は坂元裕二の集大成であると同時に新境地の作品となるのではないかと思う。

 チーフ演出は水田伸生。日本テレビ系で放送された『Mother』や『Woman』といった作品を手がけている。

 この『anone』も含めて三作に共通するのは田中裕子が出演していることで、この二作に続くドラマだと、ホームページには書かれている。

『Mother』からはじまったもの

 1987年にフジテレビヤングシナリオ大賞を弱冠19歳で受賞し1991年に『東京ラブストーリー』を大ヒットさせた坂元裕二はキャリアの長いベテラン脚本家だが、時代時代に応じて作風の変化も激しい。

 現在の坂元は、熱心なドラマファンの間では、もっとも新作が待ち望まれている作家性の強い脚本家だ。視聴率こそ決して高くないが、毎回強烈な爪痕を視聴者に残すドラマを作り続けている。

 そんな坂元の持つ、作家性と会話劇の面白さが本格的に開花したのが『Mother』だった。

 本作は母親から虐待を受けている幼女を松雪泰子が演じる小学校の教師が”誘拐”して逃げる姿を描いたドラマだ。

 母親から虐待を受ける娘役を演じた芦田愛菜の出世作としても知られる本作だが、いわゆる社会問題を入り口にして、テレビドラマでしか描けない物語と、人と人のつながりを坂元裕二は描き続けている。

  

 この日本テレビ系の三作とフジテレビ系やTBS系のドラマの違いは、ある種の重厚さだろう。

 『Mother』と『Woman』では物語の背景にシングルマザーの貧困が描かれており、そこを入り口にして母と娘の対立と和解のドラマが重苦しく描かれていた。

 ただ、この二作の延長線上にある社会派ヒューマンドラマとして『anone』を見ようとすると驚くかもしれない。

 チーフ演出の水田伸生は『Mother』や『Woman』の他にも『なくもんか』や『謝罪の王様』といった

 宮藤官九郎脚本・阿部サダヲ主演のコメディ映画も手がけている。 

 

 同じ社会派テイストの作品でも、重厚なヒューマンドラマだけではなくコミカルなものも多数手がけており、今回の『anone』も、びっくりするようなコミカルで笑える展開が間に挟まれてくる。

 もちろん、基本的なトーンはシリアスなのだが、そこにコメディ要素が加わることで、より悲哀が深まるという意図はあるのだろう。

しかし、見ていてどこに行くのか予想がつかない展開には、ジャンルの壁自体を崩そうという意思すら感じる。

 

 その意味で『Mother』、『Woman』に続く流れであると同時に、昨年放送された『カルテット』の流れを引き継いだ作品だと言うことができるだろう。

 2010年代の坂元裕二作品は大きく分けると『Mother』以降の日本テレビ系の路線と

『それでも、生きてゆく』以降のフジテレビ系の路線に別れていた。

しかし昨年放送されたTBS系の『カルテット』は、どのジャンルにも当てはまらない、何でもありの作品となっていた。

『カルテット』にあった、どこに行くのかわからない感じは、『anone』ではより極まっていると1話をみた時点で思った。

 もう一つ気になったのはある種の無国籍的な手触りだろう。

 思えば、『Mother』にしても導入部こそシングルマザーの貧困と児童虐待といった社会派的モチーフが打ち出されるのだが、物語の根幹となるのは、子供のいない女教師と誘拐した幼女の間に芽生えた甘い関係性で、むしろ社会派的なシチュエーションは現実ではありえないような状況設定に説得力を持たせるためのものだとも言える。だからすごくリアルな話だが、どこかおとぎ話めいているという二重性が『Mother』にはあった。これは水田の演出によるところも大きいのかもしれないが、日本中にある見慣れた風景も本作を通してみると、違う国にいるかのような錯覚を覚えるのだ。

 『Mother』と『Woman』はトルコでリメイクされ、特に『Mother』は大ヒットしたそうだが、違う国でも受けたのは、無国籍性の奥にある普遍的な寓話性が響いているのかもしれない。

 

 おそらく本作は、第一話終了後にかなりの反響と賛否を呼ぶことになるだろう。

 もしかしたら社会派ヒューマンドラマを求めていた視聴者からは、そっぽを向かれるかもしれない。逆に『カルテット』が好きだった人は、本作を見る前から暗くて真面目な方の坂元裕二のドラマだと決めつけて初めから見ない可能性がある。

 その意味で見る人を試すところがある作品かもしれない。だがテレビドラマにかぎらず映像表現によるフィクションに対して、何らかの関心を持っている人にとっては、ここまでやるのか、こんなことができるのか? と驚くことは間違えないだろう。

 今は見逃し配信もあるので、「リアルタイムで絶対に第1話を見るべき」とまでは言わないが、最近面白い作品がないんだよなぁという人は、是非とも今日の10時に本作を見て欲しい。

ライター、ドラマ評論家

1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に「TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!」(宝島社新書)、「キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家」(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。

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