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視聴者を苛立たせるW不倫ドラマ『あなたのことはそれほど』は裏『逃げ恥』か?

成馬零一ライター、ドラマ評論家

『逃げるは恥だが役に立つ』 (以下、『逃げ恥』)や『カルテット』といった話題作を次々と生み出しているTBS系火曜夜10時枠(火10)だが、現在放送中の『あなたのことはそれほど』が物議を呼んでいる。

本作はいくえみ綾の少女漫画を原作とするW不倫を描いたドラマだ。

主人公の渡辺美都(波瑠)は初恋の人・有島光軌(鈴木伸之)と再会したその日にホテルで結ばれる。夫がいることを隠して有島と会い続ける美都。しかし有島と温泉旅行に行った際に有島が妻帯者で妻に子どもが生まれたことを知ってしまう。

ここで普通なら修羅場となるのだが、美都は「大丈夫。私も結婚してるから」「夫がいるから。だから有島くんに無茶なこと言わないから安心して」と言って指輪を見せる。

有島は笑顔で「何だ。…よかった」と言った後、「ホント、変な奴」と言って、美都の頭を撫でる。そして、そのまま二人の関係は続くことに。

美都は「もしかして私より悪い人?」と驚き「運命じゃなかった……けど、どうしよう。世界で一番有島くんが好き」と心の中で呟く。

対して、美都のスマホを盗み見ていた夫の渡辺涼太(東出昌大)は有島の存在に気づいており、結婚記念日に美都に詰め寄る。しかし、涼太は、離婚するわけでも叱りつけるわけでもなく、「僕はこの先どうあろうと今の君がどうであろうとずっと君を愛する。大丈夫なんだ。ずっと変わらず君を愛することができるよ」「誓うよ。これが僕のプレゼントです」と美都に言う。

一方、有島の妻・麗華(仲里依紗)も浮気のことに気づいているようで……。

という、二組の夫婦の4人の男女の人間模様が描かれている。

不倫ドラマとしての『あなたのことはそれほど』の特殊性

『昼顔~平日午前3時の恋人たち』(フジテレビ系)や『奪い愛、冬』(テレビ朝日系)など、いわゆる不倫を題材にしたドラマは定期的に放送されている。

『あなたのことはそれほど』と同じ放送枠でも武井咲と滝沢秀明が主演を務めた『せいせいするほど、愛してる』が放送されている。芸能ゴシップとしても、昨年のベッキーと川谷絵音(ゲスの極み乙女)をスクープした週刊文春の不倫報道以降、不倫ネタは人気トピックとなっている。

このドラマも、こういった“不倫ブーム”から企画も立ちあがったのだろう。

ただ、本作は他の不倫ドラマとくらべると、大きく異なるところがある。

それは、ヒロインの美都に“不倫をしていること”に対する罪悪感がないということだ。

美都にとって大事なのは有島と会えることで、夫に不倫がばれて夫婦関係が崩壊することに対する危機意識や不倫に対する罪悪感は見受けられない。

そのため「何なんだ。この女は!」という批判が集中している。

美都が不倫をするのは、初恋の人・有島のことを忘れられないからだ。第一話では学生時代の甘酸っぱい思い出が回想される。

つまり本人の中ではピュアな初恋の成就なのだが、客観的に見ればゲス不倫でしかないという現実と内面のズレが本作ではえげつない形で描かれているのだ。 

それが一番現れているのが、美都のモノローグ(心の声)だろう。

元々、波瑠の芝居はシリアスで重たいため、普通に演じれば知的で真面目な落ち着いた美人に見える。しかしモノローグの美都の声は明るく浮かれており「恋する乙女感」が全開だ。

つまり美都の痛々しさや感情移入を拒絶する理解しにくさは、少女漫画のヒロインがそのまま年をとってしまったかのような思考にあるのだと言えよう。

一方、不倫相手となる有島光軌は、スクールカーストの頂点にいたリア充男子―‐少女漫画に出てくる理想の王子様――が、そのまま結婚して父親になったような存在だ。

その意味ですごく魅力的な男なのだが、びっくりするくらい思慮が浅く、動物的本能に忠実なところがある。そうでありながら、最終的には妻の麗華(仲里依紗)と子どものことを一番に考えていて、本人の中での優先順位ははっきりしている。

美都との関係も奥さんに知られそうになったら、すぐにやめようとする。その意味で家族思いの優しい男で、だからこそモテるのだろう。残念ながら有島にとって、美都は都合のいい浮気相手でしかない。このあたりの優先順位は明白に描かれている。

その意味で「あなたのことはそれほど」というタイトルは見事である。

一見、美都の涼太に対する気持ちのようだが、同時に美都と不倫する有島の気持ちでもあるだろう。しかしまぁ、こんなにぞんざいに扱われているヒロインも珍しい。

序盤はそんな美都と有島が何を考えているのかが視聴者にわからないまま、二人の不倫をする姿を延々と見せられたため、はじめは演出の不備で二人の内面が理解できないのか、そういう人たちの姿を動物の生態のように見せているのかわからなかった。

しかし、話が進むにつれて、そういう人たちのことを描いたドラマなのだとわかってくると、何て斬新な話なんだ。と見ていて楽しめるようになっていった。

涼太を演じる東出昌大の演技はやりすぎ。

物語は現在、折り返し地点に入り、不倫された側の東出昌大演じる渡辺涼太と仲里依紗が演じる有島麗華が逆襲するターンとなっている。

中でも美都の不倫を知った涼太が奇行に走り、美都が精神的に追い詰めるようになってからは、美都と有島にフラストレーションを感じていた視聴者からは「ざまあみろ」という、喝采の声が上がっている。

ただ、個人的には、東出の演技がやりすぎだと思う。

わかりやすく気持ち悪いのが見ていて残念である。

元々、東出はボーッと立ってるだけで薄気味悪いボンクラ感が際立つ俳優だ。映画『寄生獣』で人間の擬態をした怪物(パラサイト)を演じた時に心底気持ち悪かったのは、東出が余計なことをしなかったからだ。

デカい身体で感情の機微が読み取れないだけで充分気持ち悪さが際立つのに、余計な芝居をし過ぎているがために、一人だけ悪い意味で浮き上がっていてドラマのレベルを一段下げている。

もっとも、涼太のわかりやすい異常性があるから、所詮お話だと安心して見ることができるのだろう。

実際、涼太の反撃ターンとなってからは視聴率が上昇している。

当初から多くの人が指摘していたが、東出の演技は1992年に大ヒットした『ずっとあなたが好きだった』(TBS系)で佐野史郎が演じたマザコンで変態オタクの夫・冬彦さんを彷彿とさせる。

また、同じドラマ枠でヒットした『逃げ恥』のセルフパロディ的な面もあるのだろう。

『逃げ恥』は、お互いの利益のために契約結婚した森山みくり(新垣結衣)と津崎平匡(星野源)が夫を雇用主、妻を社員に見立てた会社のように結婚生活を送るラブコメディなのだが、途中で面白かったのは「外に恋人を作ることの是非」を巡って二人が話し合う場面だ。

恋愛感情のない男女が共同生活(偽装結婚)をおこなえば、必然的に出てくるテーマであり、スリリングな問いかけだったのだが、『逃げ恥』は、みくりと平匡が、お互いに好意を持っていたといたため、なし崩し的に恋愛モノとして進んでしまい、結婚と恋愛(とセックス)の分離可能性についてはスルーされてしまった。

もしも、みくりが外に恋人を作って結婚を仕事としてこなしていたら平匡はみくりと暮らしていけたのだろうか? 

このことは、今でも時々考えるのだが、その一つの答えが『あなたのことはおそれほど』の涼太ではないかと思う。

つまり、本作は『逃げ恥』の裏バージョンであり、涼太は『逃げ恥』の津崎平匡がダークサイドに堕ちた姿ではないだろうか。

本作のチーフ演出は『逃げ恥』と同じ金子文紀。

同じ演出家ということもあってか、渡辺夫婦が食事をしながら、夫婦の今後について喋るシーンや、温泉に行く場面(ただし、行くのは浮気相手とだが)、会社の同僚を家に呼んで料理を振る舞う場面など、『逃げ恥』でも見た場面が反復されていることに気づかされる。

何よりメガネ男子でどこか野暮ったいところが、涼太と平匡はそっくりである。

つまり、本作は『逃げ恥』が踏み込まなかった自由恋愛がもたらす夫婦の困難に踏み込んでいるのだが、女性向け恋愛ドラマを主戦場とするライバル枠の月9(フジテレビ)や水10(日本テレビ)ではなく、『逃げ恥』と同じ火10(TBS)から、カウンターとなる作品が出てくるのは、逆説的に火10が今、ノリにノッていることを証明しているように感じた。

そういった『ずっとあなたが好きだった』から『逃げ恥』に至るドラマ史を踏まえた作品として見れば、本作は面白い。

東出のエキセントリックな演技も、話題になっていることを考えれば、テレビドラマとしては成功なのだろう。

ただ、いくえみ綾の原作漫画と比較すると不満はある。

映像化が難しい、いくえみ綾作品。

キャリアの長さと、潜在的なファン層の厚さに対し、いくえみ綾は、批評の対象とはなりにくい少女漫画家だ。

萩尾望都、大島弓子、山岸凉子、竹宮惠子といった24年組と呼ばれる少女漫画家の問題意識を引き継いだ『大奥』(白泉社)のよしながふみや、『東京タラレバ娘』(講談社)の東村アキコのような岡崎京子や安野モヨコのような現代社会の最先端で、女性の生き様を描いてきた少女漫画家と較べた時に、いくえみ綾の立ち位置は一言で語るのが難しい。

「いくえみ男子」(いくえみ綾の漫画に出てくるカッコいい男)という言葉が目立つくらいで、いくえみ綾の作家性について熱心に議論されることはあまりないのは、ストーリーだけ抜き出しても作品の魅力がよくわからないからだろう。

例えば、講談社漫画賞を受賞し映画化された『潔く柔く』(講談社)にしても、若い時に最愛の人を亡くした男女が大人になって付き合うことで、恋人の喪失を抜け出していくという、連載時に流行ったケータイ小説の亜流のようだし、映画化された作品は、子どもの時に最愛の人の死を体験した男女が出会い、喪失の哀しみを乗り越えていくという当時流行ったケータイ小説や難病モノの亜流でしかなかった

この『あなたのことはそれほど』もW不倫と言う言葉で片付けられてしまう作品で、あらすじだけ抜き出せば、いくえみ綾の漫画はどこまで行っても類型的なよくある少女漫画だ。しかし、群像劇を他用する多視点構成と、演出の幅広さと、登場人物の造形のリアリティは目を見張るものがある。

例えば『カズン』(祥伝社)は太っている女性が主人公なのだが、その太り方は極めてリアルに描かれている。

男性キャラに関しても、都合のいい王子様ではない10代の生々しさがあり、『いとしのニーナ』(幻冬舎)を読めば明らかだが、そうでありながら青年漫画ではなく少女漫画のフィールドで書き続けているのが彼女の特異性ではないかと思う。

その意味で少年漫画の枠組みを守りながら、極限までリアリティと面白さを追求している『HUNTER×HUNTER』(集英社)の冨樫義博に通じるところがある漫画家で、少女漫画という枠組みを保ったまま、どこまでリアルで面白い漫画を書けるのかを追及しているのが、いくえみ綾だと言える。

こういったジャンルに対する批評性は中々、わかりにくいのかもしれない。

ドラマ版『あなたのことはそれほど』では、美都のモノローグと現実の落差に、少女漫画に対する批評性が感じられるが、それ以外の部分は、あまり原作の良さが反映されているとは思えない。

映像化の際に必ずしも原作どおりにやるべきとは思わないが、涼太のキャラクターの改変は原作漫画のテーマ自体を真逆にとらえており、原作と較べると人間洞察の面で浅い仕上がりになっている。

もちろんこれは第6話時点の評価で、ここからさらにこちらに急展開して原作の意図を汲んだ終わり方をする可能性はある。

漫画版自体、まだ完結してないのでオリジナルの終わり方となるのだろう。

『逃げ恥』や『カルテット』を生み出してきた今一番乗っているTBSの火10だけにどうしても期待してしまう。挑発的な導入部だっただけに、不倫した男と女がひどい目にあって終わりという因果応報的なオチで終わりのではなく、原作の良さを踏まえた上でうまく着地してほしい。

ライター、ドラマ評論家

1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に「TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!」(宝島社新書)、「キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家」(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。

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