70年代生まれの同世代から見たSMAP解散報道 「夜空ノムコウ」としての2016年

SMAP解散を報じるスポーツ新聞。(写真:アフロ)

8月14日にSMAP解散の報道が出た後、朝日新聞から二度、別の記者によるコメント取材を受けた。

一回目は電話取材で色々話したのだが、紙面の都合で

「ファンの思い入れも強く、解散のタイミングは難しかった。圧倒的な存在なのに、もっときれいに終われなかったのかと残念だ」

という部分のみが使用された。

SMAP解散の衝撃 「きれいに終われなかったのか」

二度目に連絡いただいた記者の方とは直接お会いして、色々喋った。

SMAP「TVのラストエンペラー」 延命任務背負って

前回よりは文字数は増えたのだが、それでも使われた部分は、全体の一部だ。

コメント取材はこういうものだと納得しているので、使われた部分に関しての異論はない。

ただ、長時間喋ったことで、自分の中で考えがまとまってきたので、今回は取材内容を思い出しながら、SMAP解散について書いてみたい。

SMAP解散については、1月13日に4人が事務所を退社して独立するという報道が出た時に一度書いている。

iRONNA 十字架を背負い続けるSMAP 解散は彼らの「解放」でもある

これも、電話で話したことをまとめていただいたものだが、SMAPが芸能界で果たした歴史的役割はそれなりに、まとまっていると思う。

同時に、ここに筆者独自の視点があるとすれば、SMAPの解散を、「国民的アイドルグループとして背負わされていた十字架からの解放」だと、やや肯定的に語っていることにあるのではないかと思う。

まず前提として、自分はものごとが長く続くことが必ずしも正しいとは思っていない。

アイドルグループにもバラエティ番組にも、漫画の連載にも、旬というものが必ずある。旬を過ぎれば、どんなに優秀なスタッフがいても、魅力は下り坂となっていく。同時に関係者の才能はすり減っていき、いずれファンから飽きられてしまう。

それなら一番いい時期に終わらせてあげることが、ファンにとっても関係者にとっても、もっとも幸福ではないだろうか。

それに、終わるべき時にちゃんと終わることができれば、第二のスタートを切ることができる。

SMAPのメンバーに関してはそれぞれが才能のあるタレントであることは間違えない。

だとしたら、SMAPという枠に縛られず、新しい道を見つける方が、彼らのタレント人生を豊かで幸福なものにできるのではないか。マネージャーと副社長の対立に巻き込まれる形での独立とはいえ、保守化したテレビの中で、息苦しそうにしている今のSMAPを見ていると、新しい道に進む方が彼らしい生き方なのではないかと思った。

その意味で、いろいろ保留はあるものの一月の時点では、解散して事務所から独立することが、そこまで悪いこととだとは思わなかった。

むしろ“何か新しいことがはじまるのではないかと”いう、爽快感の方が強かった。

2000年代に保守化していったSMAP

個人的には、2000年代に入ってからのSMAPには不満を持っていた。

国民的アイドルとして巨大化するにしたがって、新しい男性アイドルのパイオニアとして切り開いてきた彼らの芸能活動が、どんどん保守化していっているように感じたからだ。

特にテレビドラマに関しては不満が多かった。同じジャニーズでも『タイガー&ドラゴン』(ともにTBS系)等の宮藤官九郎・脚本のドラマに出演することで、役者としての才能をみるみる開花させていった長瀬智也や岡田准一にくらべると、SMAPのドラマをめぐる座組みは保守的なものに思えた。

そんなSMAPがここまで延命できたのは、彼らを脅かすような次世代の才能が育ってこなかったからだ。あえて彼らを脅かす存在がいるとすれば嵐なのだが、同じジャニーズ事務所のグループで上手い具合に棲み分けができていたために、競合することはなかった。

また、2011年の東日本大震災以降は、日本の空気自体が保守的なものとなり、既存の価値観を破壊するような新しいものを求めるよりは、今にも瓦解しそうな我々の日常の拠り所となる変わらないものを大衆が求めるようになっていったように感じる。

SMAPは、その期待に応えることで国民的アイドルとしての存在感を改めて増していった。

特にそれを感じたのは2014年の27時間テレビで彼らが総合司会を担当する姿を見た時だ。Twitterのタイムラインを見ていると、SMAPと同世代の人たちの反応がとにかく感傷的だったのが印象的だった。

テレビに映るSMAPはさすがにメンバー全員がアラフォーということもあってか、精神的にも肉体的にも、ひどく疲れているようにも見えた。

その姿を見た時に思ったのは「がんばれ」という応援する気持ちよりは、そこから降ろしてあげるべきではないのか、という憐みにも似た感情だった。このまま彼らに過度な期待をかけすぎると、いずれ良くないことが起きるのではないかと思って、見ていられなかった。

そんな27時間テレビの印象があったので、解散をあえて「解放」だと語った。

しかし、世の中というのは残酷なもので、そう簡単に解放してもらえないのだと思い知らされたのが、例の謝罪会見である。

ネット上では公開処刑と言われていたが、あの会見で、自由なアイドルとしてのSMAPのブランドイメージは殺されたと言っても過言ではない。

おそらく、テレビドラマで彼らが演じる役柄も変わらざる負えないだろう。

特に木村拓哉が今まで体現していた自然体のヒーローを演じることはこれからは難しくなっていくのではないかと思う。

テレビドラマにおいて重要なのは役者の持つイメージで、それがそのまま配役に反映されることが多い。

だから一度スキャンダルが起きると演じる役は変わらざるおえなくない。

金銭的な喪失なら後からでも取り返せるが、今まで育んできたブランドイメージの失墜は中々取り戻せるものではない。

その意味で彼らは、何だかんだと言っても、アイドルだったのだ。

正直、SMAPが独立することをジャニーズ事務所が許容していれば、双方にとって、ここまで大きなダメージにはならなかったと思う。しかし、謝罪会見以降のメディア展開が、SMAPとジャニーズ事務所のイメージを、これ以上ないくらい悪化させてしまった。

「SMAP解散になぜ多くの人々が衝撃を受けているのか」

取材を受ける中で、その場で考え込んでしまった質問が二つあった。

一つは「なぜ、ここまでSMAPの解散報道は多くの人々に衝撃を与えているのか?」

もう一つは「もしも5人がジャニーズ事務所から独立していたら、SMAPはどうなっていたか」。

正直、SMAP解散について衝撃を受けている人のほとんどが感じていることは「ずっと続くと思っていたものが、終わるということ」に対するショックではないかと思う。

熱心なファンは別だが、おそらく『笑点』(日本テレビ系)や『サザエさん』(フジテレビ系)が終わると言われたとしても、同じような反応をしていただろう。

一番近いのは、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)が終わった時の感触ではないだろうか。

いつの間にか、SMAPは『笑点』や『サザエさん』と同じ、永遠に終わらないものだと信じていたテレビ文化の象徴へと成長していたのだ。更にいうと、解散ショックによって、今まで当たり前の存在だと思っていたSMAPが、国民の誰もが知っているグループアイドルだったことが逆説的に証明されたように思う。

美空ひばりや石原裕次郎といった昭和を代表するスターと並ぶ、平成を代表する国民的なアイドルグループだったと、言っても過言ではないだろう。

70年生まれの理想を体現していたSMAP

ただ、ここからが本題なのだが、そういった大多数の日本人の見方とは別に、SMAPと同世代の70年代生まれの人々にとっては、解散の騒動に対しては、もっと複雑な気持ちがあるのではないかと思う。

というのも、筆者自身が1976年生まれで、SMAPに対しては、彼らといっしょに年をとってきたという意識があるからだ。

だから、彼らには、時に喝采を送りつつも、時に同世代のダメな部分を見せられているかのような愛憎入り混じった感情がある。

少し細かいニュアンスの話をすると、筆者は、「夜空ノムコウ」には共感するが、「らいおんハート」は歌詞が好きになれない。「世界に一つだけの花」は薄っぺらい綺麗ごとの歌だと思っている。

その意味で、先にも書いたように、彼らの芸能活動を全肯定しているわけではない。

SMAPは中居正広と木村拓哉が72年生まれ、稲垣吾郎が73年生まれ、草なぎ剛が74年生まれ、香取慎吾が77年生まれと、いわゆる70年代生まれのメンバーで構成されている。

この世代は団塊ジュニアと呼ばれている。親世代のあたる団塊の世代の次に人口のボリュームが大きい世代で、それだけに娯楽産業に対する影響力は大きい。ここ数年90年代リバイバル的な商品を多数みかけるが、それらは団塊ジュニアをターゲットにしたもので、マスを狙う娯楽の多くは彼らをターゲットにしている。それはテレビも同様だ。

団塊ジュニアは、後に「失われた10年」、「失われた20年」と言わるようになる不況下に社会に出た世代だ。00年代にはロストジェネレーション(失われた世代)などとも呼ばれた。

就職氷河期に社会に出たために、苦しい思いをして、なんとか就職した人もいれば、就職せずにフリーターになって不正規雇用の仕事を転々としている人もいる。

また、インターネット黎明期にIT企業を立ち上げたり、ネットサービスを立ち上げた人も多い。

元ライブドア社長の堀江貴文(72年生まれ)、匿名掲示板・2ちゃんねるを立ち上げたひろゆきこと西村博之(76年生まれ)やソーシャル・ネットワークサービスのmixiを立ち上げた笠原健治(75年生まれ)、はてなダイアリーをたちあげた近藤淳也(75年生まれ)。

ちなみに漫画家では木村拓哉が愛読する『ONE PEACE』の作者・尾田栄一郎が75年生まれだ。

昭和の終わりと平成のはじまり、バブルの好景気と長きにわたる不況、そしてインターネット以前と以降。古い価値観と新しい価値観の狭間を生きてきたのが団塊ジュニアで、それだけに新旧どちらの気持ちもわかるというのが70年代生まれの大きな特徴だろう。

文化面で言うとテレビや漫画や活字といった旧メディアの恩恵を享受する一方で、インターネットや携帯電話に最初に触れた世代である。これが、自分たちより前の世代だと、雑誌やテレビといった旧メディアの影響が強く、自分たちより下の80年代生まれ以降になるとインターネットと携帯電話の存在が当たり前となっていく。

88年という昭和末期に結成され、平成のはじまりと共に成長していったSMAPもまた、古さと新しさの両方を備えたグループだった。

かつて、アイドルの活動拠点は「ザ・ベストテン」(TBS系)や「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)といった歌番組だった。しかしそれらの歌番組が軒並み終わった後でアイドルとしてデビューしたSMAPは、就職氷河期ならぬアイドル氷河期と呼ばれた芸能界で、今までのアイドルとは違う道に進まざるおえなかった。

だから彼らは、歌番組だけでなく、バラエティ番組にもテレビドラマにも出演し、ニュース番組の司会をして文化人とも対等に渡り合わないといけないというマルチプレイヤーとして活躍しなければならなかった。今では当たり前のことのように思えるが、それはとても画期的なことだった。

様々な戦場で戦い抜いた結果、SMAPは、ただカッコよく笑って踊っていれば許してもらえたアイドルとは違う、歌も演技も笑いも教養もあるという存在にSMAPは成長していった。

あらゆるジャンルを同時に攻略しようと進出していったSMAPだったが、もちろん、そのすべての場所に置いて彼らが一番だったわけではない。どのジャンルにおいても、彼らよりも優れた表現者はたくさんいて、本職では敵わないことは彼らが一番わかっていただろう。

しかし、これは今考えればとてもアイドル的だと言えるのだが、それぞれのジャンルを同時に進出して人気を獲得することで、彼らの存在感は大きくなっていった。何より多くの人々が彼らを認めていったのは、彼らのパフォーマンスや発する言葉が、背後にいる大人に無理やりやらされているものではなく、彼ら自身が自発的に発しているメッセージのように見えたからだ。

つまりアイドルでありながら、自分の意思で行動するアーティストのように見え、それを声高に叫ばないバランス感覚が、彼らを魅力的な存在として輝かせたのだ。

そして、いつの日かSMAPは国民的アイドルと言える存在に成長していった。

少年ジャンプとSMAP 個の連帯の可能性

一人のスターが突出するというのではなく、結果的に全員が主役のように見えるのも、SMAPの魅力だった。

突出した一人のスターを回りが引き立てるのではなく、全員が魅力的に見えるグループというのは、

時代の変化にも対応していたのではないかと思う。

少年ジャンプに例えて言うと、80年代にはじまったジャンプ漫画は『北斗の拳』(原作:武論尊、作画:原哲夫)にしても『ドラゴンボール』(作:鳥山明)にしても圧倒的に強い主人公が一人いて、他のキャラクターは引き立て役みたいな構図となっていた。

それに対して、90年代の人気作である『SLAM DANK』(作:井上雄彦)や『幽☆遊☆白書』(作:冨樫義博)になると、主要キャラクターの4~5人のキャラクター全員に見せ場があって、全員が個性と実力を発揮してミッションをクリアするというような感じになってくる。

おそらくこれは、SMAPがミュージカルで演じた『聖闘士星矢』(作:車田正美)あたりから始まった傾向なのだろう。

こういった傾向は『ONE PEACE』や『NARUTO』(作:岸本斉史)、『黒子のバスケ』(作:藤巻忠俊)などの後のジャンプ作品にもつながるヒーロー観の変化ではないかと思う。

『SLAM DANK』や『幽☆遊☆白書』の主人公たちは普段は仲よく馴れ合っているわけではないが、同じ目的に向かって行動しているというある種のプロフェッショナル意識によってつながっていた。そのベタベタしないクールさと、芸能人らしくない自然体の振る舞いが90年代のSMAPの魅力だったと言える。

かつて少年ジャンプで『東大一直線』を連載していた小林よしのりは、薬害エイズ問題で厚生省デモをおこなう大学生たちを支援する形で、彼らはイデオロギーに凝り固まった組織ではなく、同情心から集まった若者同士の「個の連帯」でつながっており、運動が終わればすぐに日常に戻るのだ。と『ゴーマニズム宣言』で語り、彼らを支援したが、当時の少年ジャンプの漫画やSMAPに感じた魅力は、まさに小林が言う組織のしがらみに縛られない「個の連帯」だったのだと思う。

あまり自己憐憫的なことは書きたくないのだが、団塊ジュニアは社会に出る時に、就職氷河期という大きな挫折を味わっている。

年功序列・終身雇用といった会社のイメージが大きく変わり、大企業の倒産やリストラの報道が出始めたのも95年以降だ。

そんなこともあってか、自分たちの世代は、社会はもちろん会社組織に対しても、根本的な不信感があり、できるだけ政治的なことには関わらずに生きていきたいと思っていたし、突出した個を見につければ、組織のしがらみから自由でいられると思っていた。

だからこそ、SMAPが体現していた「突出した個人主義を貫く5人が作り出す自由な仲間意識」はとても魅力的だった。

スガシカオが作詞提供して、SMAP初のミリオンセラーとなった「夜空ノムコウ」は、平成不況の真っただ中で社会に放り込まれた若者たちの不安な心境が凄くよく現れている時代を反映した曲だ。

個人的にも想い入れが強く、当時の不安な気持ちを思い出すので、あまり聞き返すことのない曲だが、ここで歌われていた夜空の向こう側に待っていた明日が、現在の解散をめぐるグダグダの状況だったと思うと、40代になって、もう一度「挫折」したようなやりきれない気持ちになる。

だから、SMAP解散の報道を受けて、スガシカオが、この歌を封印すると言った気持ちは、とてもよくわかる。

思えば、古いものと新しいものを知っているからこそ、双方をつなげることで社会的な役割を果たせると思っていたのが、筆者たち団塊ジュニアの強みだった。

しかし、気が付けばテレビは高齢者向けのノスタルジーや、「日本凄い」というナショナリズムの物語ばかりを売り者にしている。一方で、若者はテレビに見切りをつけて、ネットでYouTuberの動画を見ているという分裂した状況となっている。

この分裂がより進むことで、もしかしたら狭間にいる団塊ジュニアの居場所はどちらにもなくなってしまうのではないかという危機意識と孤独感が筆者にはある。

現在、団塊ジュニアの多くは40代前後となりつつあるが、自分のことを振り返っても、おそらく、自分たちの世代は、分離していく日本の旧世代と新世代のどちらかに着くべきかという選択を迫られているのではないかと思う。

そして、SMAPは結果的に、テレビという旧メディアの伝統を継承する立場を選択した。それはテレビといっしょに年をとっていく最後の皇帝(ラストエンペラー)となり、テレビの終わりを看取ることと同義である。

インターネットに財宝は眠っているのか?

「もしも5人がジャニーズ事務所から独立していたら、SMAPはどうなっていたか」

これに対しては、自分の中ではビジョンが明確だ。

おそらく先に書いたことと、真逆のルートを彼らは辿っていただろう。

仮に彼らが独立していたとしたら、おそらく一時的に、テレビや映画からは干されて、表舞台から姿を消すことになるだろう。

楽曲やドラマ、映画といった過去の作品にまつわる権利も、おそらく事務所が持っているだろうから、塩漬けにされてしまうかもしれない。しかし、それでも、彼らの築きあげてきたブランドと、影響力があれば充分やっていけるはずだ。

何より今はインターネットがある。テレビ朝日が出資しているAbemaTVは厳しいかもしれないが、ニコニコ動画やLINE LIVE等に進出して、成果を上げていけば、芸能界も、その存在を無視することはできなくなっていくだろう。

ファンに直接課金するメルマガを発行することもできる。YouTubeに自分たちのチャンネルを持ってもいい。

資金力があるのであれば、自分たちの事務所で独自に映像作品を作るというのもありかもしれない。

何せ、主演俳優は5人もそろっているのだ。

有名無名問わず、彼らといっしょに仕事をしたいという映像作家や放送作家も、たくさんいるだろう。

かつてのSMAPは、無名だが才能あるクリエイターとコラボすることで、ブランドイメージを高めてきた。

今の保守化しているテレビの周辺にいる顔なじみの作家とルーティンで仕事をするくらいだったら、無名だが才能のあるインディペンデントのクリエイターたちと組んだ方が何倍も面白いものを生み出せるのではないだろうか。

あるいは、一気に海外市場を目指すというのはどうだろうか。

NetflixやAmazonビデオのような有料動画配信サイトで、SMAP主演のドラマを海外の資本で作るということだって、難しくはなかったはずだ。

今となっては夢物語を語っているようで、書けば書くほど、そうならなかった現実を実感してむなしくなるが、前例は全くないわけではない。

例えば、事務所のゴタゴタでテレビの仕事を失った小林幸子はニコニコ動画を中心としたオタク界隈に進出することで、ネットを見ている若者層からの支持を獲得し2015年には紅白歌合戦に返り咲いている。

最近、事務所を独立したのん(能年玲奈)も、テレビの仕事は当面厳しいかもしれないが、独立してすぐに劇場アニメ『この世界の片隅に』の主演声優のオファーが来ている。

彼女を応援したいという俳優やマスコミ関係者が多く、ネット上には彼女を応援する声は多数ある。

もちろん、インターネットにもダメなところはたくさんある。記事のパクリは多く、不確定な情報も垂れ流されるし、すぐに炎上する。映像制作能力に関してもテレビや映画に較べればまだまだ稚拙である。何より資本力において大きな差がある。しかし、これらの問題は数年前に較べれは少しずつだが改善されつつある。

一方でテレビは、NHKを除く民放のテレビ局は制作能力がどんどん低下しており、若い才能を輩出することが難しくなってきている。

このことを考えると5年後、10年後にはコンテンツ制作能力の差はかなり縮まってくることだろう。

その時に小林幸子のようにテレビに返り咲くこともできるはずだ。

インターネットとテレビの人材はもっと循環していいし、一部ではそうなりつつある。

だからこそ、今回の騒動の時代錯誤感が際立って見える面もあるのかもしれない。

例えばSMAPのメンバーがTwitterのアカウントを持っていて、自由に発言できる環境があれば、今回の騒動は全然違ったものになっていただろう。ジャニーズ事務所は他のタレントと較べるとネットに対する規制が厳しい。現在はだいぶ改善されつつあるが、今も雑誌の表紙がネットに掲載される時は、タレントの姿が白く切り抜かれている。

00年代のネット黎明期は、まだ権利関係の整備が不十分だったので、所属タレントの権利を守るうえで多少は仕方ない面もあったと思う。しかし、YouTubeやニコニコ動画が登場したことで映像配信の面でテレビに拮抗するメディアにインターネットが変化して以降は、Netflixのような有料動画配信サイトも現れている。

特に、ニコニコ動画やLINE動画などのネットの生配信が増えている現在では、その規制は足かせとなっている。

逆に言うと、SMAPが事務所を独立したことによって、テレビの仕事がなくなったとしても、元々、ジャニーズ事務所の力が及ばないネットだったら、いくらでも仕事ができただろうし、逆にSMAPがネットに進出することで、テレビとネットの力関係を大きく変える業界再編の兆しにもなったかもしれない。

言うなれば、インターネットは『ONE PEACE』における、グランドライン(偉大なる航路)みたいなものだ。

現在、一年単位でテレビとネットをめぐる力関係は大きく変動している。

沈みゆく黄昏の帝国(TV)の最後の皇帝(ラストエンペラー)として老いていくのか、ワンピース(ひとつなぎの財宝)を求めて、インターネットという新しい世界に飛び込むのか。

90年代のSMAPなら、迷わず後者を選んだだろう。

SMAPは今年いっぱいで解散となるが、各メンバーは、そのままジャニーズ事務所に残るという。しかし、信頼関係が悪化し、現在、まともなマネジメントが出来ていない状態を考えると、今の事務所に残り続けることに一体どれだけの意味があるのだろうか。

その意味で、SMAPのメンバーがそれぞれ一人になった後も、古いテレビの世界にとどまるのか。それもと新しいネットの世界に飛び込むのか? という葛藤は、彼ら一人一人の心を締め付けることだろう。

彼らの葛藤は、私たち70年代生まれの世代が抱えこんでいる悩み、そのものである。