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医者は本当に忙しい? 「勤務医自殺が労災認定」報道に思う 医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
疲れて廊下に座りたくなることや、空いているベッドで寝たくなることもあります(写真:アフロ)

東京都内の病院につとめる産婦人科医の男性が自殺し、労災と認定されたと報道がありました。残念ですが、ほぼ毎年起きている医師の自殺。10年前に自身も研修医であり、現在は研修医を指導する立場である筆者が、現場からの意見を述べます。この問題の本質と、解決策についてまとめました。

何度目なのか、研修医自殺報道

昨日、こんなニュースがありました。

「都内の総合病院で産婦人科に勤務していた30代の男性研修医(筆者注;研修医ではなく後期研修医の誤り)が、おととし、自殺したのは、長時間労働が原因だったとして、労働基準監督署が先月31日、労災を認定したことが分かりました。」

「亡くなる前は半年間で5日しか休みがなく、1か月間の残業は173時間に上っていて、精神疾患を発症したのが自殺の原因だとしています。」

(いずれもヤフーニュースから)

聞いていて本当に苦しくなる報道です。こんな報道、いったい何度目でしょうか。

昨年はこんなニュースがありました。「新潟市民病院の研修医が2016年1月に自殺したのは、長時間労働によるうつ病が原因だったと認定された。」(2017.06.02 朝日新聞 過労自殺「労災認定は当然」 新潟市民病院、09年度も是正勧告 /新潟県)

この病院は過去に是正勧告がなされていますが、改善しなかったようです。

働き過ぎた、まれな例なのか?

この報道にあった勤務時間は、信じられないような長さでしょうか?いいえ、医師にとってはそれほど酷いとは思えません。

まず「半年間で5日しか休みがない」は、外科系(外科や産婦人科、泌尿器科など)では珍しい話ではありません。病院に勤務する医師の多くは基本、暦通りで土日祝日がお休みです。しかし、決まり通り休む医師はほとんどいません。

研修医でなくとも、何歳になっても外科系の医師は土日も病院に出勤します。その理由は、「自分がメスを入れた患者さんがいるから」です。

もちろん内科や他の科の医師でも、自分の患者さんが病院にいるという理由で土日も出勤する医師はいるでしょう。

病気には土日や休日がありませんから、当然といえば当然です。もちろん丸1日仕事をするわけではなく、午前中だけで終わることが多いのですが。

また、1ヶ月の残業が173時間ですが、これも勤務医ならば近い時間働いているでしょう。

医師には当直がありますが、月4回の当直と1回の日直(※詳細は下記1)ですでに72時間の超過勤務です。さらに外科系医師は朝早く夜が遅いもの。研修医ならば朝7時から勤務し夜は20時くらいまでは働くことが多いでしょう。すると1日に5時間は超過勤務をします。これが1ヶ月に20日あれば100時間となり、当直とあわせて172時間です。筆者も医者になって5年目くらいまではこんな生活をしていました。

また、医師へのアンケート結果によると、「時間外労働が「月平均60時間」以上と回答したのは、「常勤」では、勤務医は35.0%で約3人に1人」だったそうです。科により時間外労働の長さは全く違います。外科や産婦人科などでは上記のような働き方は残念ながら普通ですが、定時通りに働く科(あるいはスタイル)の医師もいます。

この問題の本質は

医師の過労問題、とりわけ若手医師の過労問題の本質は何でしょうか。

それは、医師の人数に対して仕事量が多すぎる点です。当たり前すぎるほどの指摘ですが、問題はこの仕事量にあります。

研修医は、「勉強する立場」と「労働者の立場」の二面性を持っています。そして上司の医師は、医療という専門職の指導者、兼、仕事の上司であります。

研修医は「勉強する立場」ですから、指導者の指示には基本的に逆らえません。そしてその立場だから、労働者として仕事を指示された場合には全てを引き受けることになります。指示する相手は医師だけでなく、看護師も含まれます。膨大な書類仕事や細々とした仕事の多くは研修医の仕事になり、それを断ろうものなら看護師内の評価が下がり、それはすぐに上司に伝わります。そして「あいつは労働者として使えない」というレッテルが貼られ、「勉強する立場」としても危うくなります。勉強の機会が減ってしまうのです。

そういう構造があるため、研修医はあらゆる仕事を引き受け続けます。病院内での立場は最も低く、発言権はありません。もちろんそういう仕事が「勉強」の一部にもなっているので、単純な労働と勉強の境目が時としてあいまいになるのですね。

私が研修医だった頃は、「医者は定時とか残業とかないから」と看護師にしょっちゅう言われていました。そして医師も同僚の研修医も、病院全体がみなそれを当然と考えていました。定時とか残業とかがない理由は、「医師だから」だそうです。看護師は交代勤務ですから、私が超長時間(40時間ほど)の連続勤務をしてもうろうとなっている間に4人も5人も人が代わっていて、とても羨ましかったのを記憶しています。

少しはマシになった印象もある

ですが、これでも少しはマシになった印象です。私が研修医のころは、「採血」「点滴」という業務に日中の多くの時間を取られていました。それにより、患者さんの診察や手術などに参加出来ないことも多々あったのです。

私より少し先輩の医師に話を聞くと、「ケモ詰め(抗がん剤の点滴を準備すること)」「ポータブル(可動式のレントゲン撮影装置を朝一番に運んで患者さんのレントゲン撮影をすること)」で朝5時から働いていた、なんて話になります。

最近では抗がん剤は薬剤師さんが準備し、レントゲンはレントゲン技師さんが撮影する病院が多いでしょう。そして採血や点滴は看護師さんがやってくれるところも増えました。

ようやく医師は「医師にしか出来ない業務」に専念することが出来るような環境が整ってきたと思います。つまり分業化が進んできました。

さらに、私のような「恥知らず」な医師が増えてきたこともあります。医師は黙ってずっと病院で働け、それが医師の矜持であり美学でした。結果何人医師が過労で死んでも、変わることはありませんでした。しかしそれはやはりおかしいと、発言する医師はちらほら出てきました。「忙しい」と憚らず言うなんて恥知らずだ、と多くの先輩医師が思っているでしょう。

医師自身の意識がすでにおかしい?

我々医師は、とりわけ外科系の医師は「仕事時間が長ければ長いほど偉く、帰る時間が遅ければ遅いほど素晴らしい」という意識を持っています。どちらかというと私もそういう教育を受け、そういう考え方だと思います。

自分もそうやって若手の頃は病院に張り付いて研修をし、修行してきた。だから今の若手だって同様にやるべきだ。そういう意識を持っている医師は多いでしょう。

もしかしたらその意識自体が、研修医の過重労働の改善を阻んでいるのかもしれません。「家事・育児は女性の仕事」という思い込みと似た構造です。

解決策は?

ここからは私見です。どうすれば研修医の過労が改善し、自殺が減るのか。本当は政府に考えて欲しいところですが、先日厚労省が「働き方改革は医者は5年延期で」と決定したところです。あまり期待出来なさそうなので、私から提言します。

1, 労働時間を制限する

2, 分業化をさらに進める

3, ITで仕事を減らす

1, 労働時間を制限する

研修医が働く時間を制限する。これはいたって普通のアイデアですが、米国ではすでに研修医に対して週80時間の労働制限を設けています。これはかなり厳しく守られていると聞きます。

日本でも、これを導入する必要があると私は考えます。眠くてフラフラの研修医に手術のやり方や薬の知識などを教えても、教育効果は薄いでしょう。そして研修医のミスは減るでしょう。

この反論として、「研修医の勉強や研鑽の時間を奪うな」というものがあります。確かに一理あるのですが、「労働」と「勉強」の境界線を引くことが極めて難しい上、それが抜け道となる危険性もあります。極度の過労状態が続いている現状では、まずざっくり時間を制限する方が実効性が高いと考えます。

2, 分業化をさらに進める

分業化は、医師の仕事を減らします。

先ほどお話したように、私が医者になったころは採血や点滴で忙しく、あまり診断や手術などの勉強の時間が取れませんでした。当時は部長に直訴したものですが、「それは研修医の仕事だから」と一蹴されました。今では看護師がほぼ全てやっていることを考えると、一体なんだったんだと思います。まだまだ分業化は進められるでしょう。しかし、これを研修医が発言すると他の業種に嫌われますので、うかつには言えません。ですから現場からの意見の吸い上げは困難です。なので、トップダウンの判断が必要だと考えます。

3, ITで仕事を減らす

「電子カルテ」というものの導入でかなり仕事は減ったでしょう。電子カルテがなければ処方箋も看護師への指示も全て手書きで書きます。私が電子カルテのない病院で働いた時には、あまりに手書きで文字を書きすぎて激しい肩こりになりました。他にも、先輩医師から「手書きが辛すぎるから、処方する薬は名前が短いものだけを出していた」という話を聞いたことがあります。

他にもまだまだ減らせるところはあると思います。例えば画像を携帯電話に転送し、見て判断する。カルテを音声入力で書く。などです。

以上、医師の立場から研修医の過労について述べました。もう同じニュースは聞きたくない、そう心から願います。医者が何人死んでも変わらないのでしょうか。

最後になりましたが、亡くなった医師のご冥福を心よりお祈りするとともに、ご遺族やご友人の方々へお悔やみを申し上げます。

(※1)

当直を17時〜9時(16時間)とし、日直を9時〜17時(8時間)とした場合。16x4+8=72時間

(※2)

本記事で用いている「研修医」という用語について

本来「研修医」とは、厳密には医師免許取得後に2年間行う臨床研修医のことを指します。しかし、慣例で免許取得後3年目から5年目の間の3年間を後期研修医と呼ぶ病院が多数あります。

本記事では免許取得後1年目から5年目までの医師を指して「研修医」と呼んでいます。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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