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いまだ再開の目処が立たないヨーロッパサッカー界。ユーロ2020の1年延期で見えた大人の事情とは?

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:ロイター/アフロ)

再開の目処が立たない欧州サッカー

 いまだ終息の糸口が見えない新型コロナウイルスの影響により、ヨーロッパサッカーが混迷を極めている。

 とりわけ喫緊の問題は、中断中の各国リーグとヨーロッパカップ(チャンピオンズリーグ&ヨーロッパリーグ)がいつ再開の目処が立ち、またそうなった場合にどのような規定の下でシーズンを完結させるかだ。

 現在、UEFA(ヨーロッパサッカー連盟)はヨーロッパカップのシナリオについて複数パターンを用意。チャンピオンズリーグについて最も有力視されているのが、ラウンド16の未消化4試合を終えたあと、準々決勝以降は一発勝負のトーナメント方式で「ファイナル8」、もしくはどちらかのホームで一発勝負の準々決勝を行ったあとに「ファイナル4」を決勝戦開催地で行なう案だ。

 ただし、それも状況次第だ。もし再開が7月、8月にずれ込んだ場合、現在想定する方式で開催するにしても、通常9月から始まる来シーズンとの兼ね合いが出てくる。まさに先行きの見えない中、刻一刻と変化する社会状況を見ながら迅速な対応が求められる。

 一方、UEFAは去る3月17日に、関係機関の代表者を集めて緊急ビデオ会議を行い、今年6月12日から7月12日にかけて予定されていた「ユーロ2020」を1年延期し、「ユーロ2021」と改めて来年6月11日から7月11日に開催することを発表している。

 新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、人々の健康と日常生活が脅かされている現状を考えると、もはやそこに議論の余地はない。各国リーグやヨーロッパカップが中断されているなかでは、今年6月に強行開催するという選択肢もあり得なかった。

 そういう意味で、UEFAが迅速に下した今回の決定は、先行きの見えない状態が続くことで不安を募らせるクラブや選手、あるいは楽しみを奪われたファンに明確な指針と目標を与えた。その点において、ベストな対応策だったと言える。

 会議に参加したUEFA実行委員会をはじめ、55の各協会代表者、ECA(ヨーロッパクラブ協会)代表者、FIFPro(国際プロサッカー選手会)代表者らが、満場一致で採決に至ったのもうなずける。

 しかし同時に、今回の決定プロセスを見てみると、いかに現在のサッカー界が複雑に入り組んだカレンダーのなかで、実は息をつく暇もないほどギリギリの状態で成り立っているかが、白日の下にさらされたとも言える。

ユーロの1年延期が意味すること

 そもそも、UEFAが今大会(ユーロ2020)の延期を決めた背景には、自ら被る莫大な損失を最小限に抑えなければならない事情がある。

 前回大会から参加国を16から24に拡大させたことで、試合数はさらに増加。そのうえ、今大会は60周年記念大会と位置づけて12カ国での分散開催としたことにより、得られる収入はこれまでの比ではない。仮に大会が中止となった場合、当然ながらその”巨大な富”を失うばかりか、多額の賠償請求の問題も浮上する。

 ミシェル・プラティニ前会長時代に広げた風呂敷とはいえ、まさか自分たちの首を絞めることになろうとは思いもしなかったはずだ。

 いずれにしても、延期による損失を覚悟のうえで、それでも中止や強行開催よりかは経済的打撃を最小限に食い止められると考えたからこそ、延期という迅速かつ明確な結論に辿りつくことができたのだろう。

 それは、今回の会議に参加したステークホルダーたちにとっても同じだ。

「我々サッカー界は、ここ数十年のなかで初めて、本当の意味での経済危機に直面している。各クラブの銀行口座には余分な蓄えなど一切ないし、予算がどのように運用されているかも、彼らが常にギリギリの状態にあることも、十分に理解している。

 もし、我々が彼らのキャッシュフローを安定化させるために素早く動かなければ、数週間以内にも選手やスタッフが大量に解雇されることになったはずだ」

 今回の決定に際し、FIFProのヨナス・ベア=ホフマン事務局長はそのように本音を吐露したが、もしユーロ2020の強行開催によって日程的に各国リーグとヨーロッパカップが完結できない事態に追い込まれてしまえば、それこそ中小のクラブは存続の危機に立たされてしまい、その影響は選手やスタッフにも及ぶことになってしまう。

 だから彼らにとっても、UEFAの提案は”渡りに船”だった。

 それによって空白となったカレンダーを有効活用し、状況次第では6月30日までに各国リーグの延期分の消化にあてることができるという今回の決定に、異論が出るはずもない。

 新型コロナウイルスの終息という条件はあるものの、それによって失いかけた収入を取り戻すことができるからだ。

複雑に入り組むサッカーカレンダー

 もっとも、ヨーロッパ大陸だけで決められるほど、現在のサッカー界のカレンダーは単純ではない。

 各大陸、各国のカレンダーは複雑に入り組んでいるため、ヨーロッパのカレンダーを動かせば、即そのほかの大会にも波及する。そこでUEFAは、FIFA(国際サッカー連盟)やほかの大陸連盟と調整を図り、さまざまなカレンダーの変更に漕ぎつけている。

 まず、CONMEBOL(南米サッカー連盟)がUEFAと協調した。

 アルゼンチンとコロンビアで今夏に開催する予定だったコパ・アメリカを2021年に延期し、「ユーロ2021」と同じ6月11日から7月11日に開催することを決定したのである。これにより、南米出身選手も今シーズンのヨーロッパカップや各国リーグでプレーすることが可能になった。

 また、UEFA自らも2021年の夏にイングランドで開催が予定されていた女子ヨーロッパ選手権(女子ユーロ2021)と、ハンガリーとスロベニアで共同開催される予定だったU-21ヨーロッパ選手権(U-21ユーロ2021)を、2022年の夏に1年延期することとした。

 そして最大の問題と目されていたのが、2021年夏にリニューアルスタートする予定のFIFA主催の新クラブW杯だ。しかしそれについても、FIFAと調整。結局、24クラブが参加して中国で行なわれる予定だった同大会は、2021年の冬、もしくは2022年、2023年のいずれかに延期する検討をFIFAが行なうことも決定している。

 このように、ユーロというW杯に次ぐビッグイベントのスケジュールを変更することで、多くの大会の変更が余儀なくされる。逆に言えば、それほど現在のサッカーカレンダーには余白が残されていないということになる。

 そして何よりも心配されるのは、このように膨張を続けるサッカー界のなかで、複雑かつ超過密な試合スケジュールを強いられる選手の問題だ。

 少なくともユーロの延期によって、来年と再来年のカレンダーにしわ寄せがいくことは必至で、仮に新クラブW杯が2022年の夏に開催されることになれば、同年11月21日に開幕するW杯カタール大会まで多くの選手が不休を強いられることになるだろう。

 果たして、主役である選手もファンも、サッカーに今以上のものを望んでいるのだろうか?

 もしかしたら今回の一件は、バブル的に拡大を続けるサッカー界を一度立ち止まらせ、今後のサッカーの在り方を考える機会を与えてくれているのかもしれない。

(集英社 Web Sportiva 3月20日掲載・加筆訂正)

サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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