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外国人労働者増加で何が変わる 賃金上昇抑制・治安の悪化・社会コスト増加の懸念? 国民の理解は十分か

中野円佳東京大学特任助教
(写真:ロイター/アフロ)

外国人増加による懸念?

4月から、外国人労働者の受け入れが拡大され、今後5年で外国人労働者は3割増加するといわれる。十分な議論がされたとはいえない政策だが、日本人にとって、外国人労働者が増えることにより懸念があるとしたらどのようなものだろうか。

コンビニや外食業界などでよく外国人を見かけるようになって久しい。日本は既に外国人に支えられつつあり、長期的には外国人材に来てもらえる国になっていく必要もあるだろう。しかし、一方で、各国で排外主義の高まりが報告されている。日本が既に移民や外国人労働者の受け入れを進めている多民族国家から学べる点はあるだろうか。

賃金上昇の抑制は避けられないか

一般的に、外国人労働者が入ってくることに対する自国民の懸念の1つ目は「職を奪われること」である。

今回、日本は深刻な人手不足を背景に受け入れ拡大を決めており、外国人は「自国民がやらない仕事をやるのであって、競合しない」という見方もあるだろう。しかし、アメリカの移民経済学者ジョージ・ボージャス氏は著書『移民の政治経済学』の中で、自らも移民ながら「移民は国内労働者がやりたがらない職をやるから利益しかもたらさない」という移民賛成派の議論に対し慎重な姿勢で分析をすすめる。

ボージャス氏によれば、正確にいえば、外国人は「自国民がやらない仕事をやる」のではなく「自国民が現状の賃金ではやらない仕事をやる」。そして、移民と同じ教育レベルや技能レベルの自国民労働者グループでは、賃金が伸び悩んだことを明らかにしている。つまり直接職の奪い合いにはならないにせよ、賃金抑制効果はどうしても出てくる。

日本でも、本来は経営努力や工夫で人件費を上げなければ人手が確保できず経営が成り立たないような企業が、外国人の流入により低賃金のままでも人手不足解消が可能になり、全体としての賃金上昇がおさえられる可能性は高い。

「雇用税」をかけるシンガポールの実態

他国ではどのような影響をもたらしており、どう対策を打っているのだろうか。私が住んでいるシンガポールは、独立時から多民族国家であるが、最近グローバル化は加速している。1990年には人口の86%以上が市民だったが、それから20年近くで、市民の割合は6割程度にまで減少。現在、外国人は労働者の4割近くを占める。

その中で、グローバルエリート層が税金メリットを享受する反面、貧困層は低賃金外国人労働者の流入で賃金が上がらず、国内の格差が広がっていることが問題視されている(Donald Low, Sudhir Thomas Vadaketh,“Hard Choices: Challenging the Singapore Consensus”)。

シンガポール政府は、自国民雇用への悪影響を抑えるため、企業が外国人労働者を雇用する際、雇用主に税金をかけている。3月12日の日経新聞「経済教室」で京都大学の安里和晃准教授は、この方策について「あえて外国人雇用を高コスト化することで、搾取的雇用を防止し、生産性向上に向けた企業努力を優先させている」と評価している。

困窮する外国人

ただ、この雇用税は実際のところシンガポールでの万能薬にはなっていない。シンガポール国立大学で3月13日、移民問題を議論するパネルディスカッション「THE MIGRANT JOURNEY」が開かれ、建設現場で働くバングラデシュ人らの支援を手がける非営利組織の代表らが現状を訴えた。

登壇者によれば、こうした外国人労働者の月収は低ければ500シンガポールドル(約4万円)ほどということもある。社員寮に入り生活費などがかからないものの、仕事を得るための初期費用が20000シンガポールドル(約160万円)にも及び、その後も資格を得るために研修にお金を払わないといけない。場合によっては5年ほど働かないと借金が返せないこともあるという。

シンガポールではそもそも最低賃金が設定されていない。企業は雇用税の負担があるゆえに、外国人の給与を抑えている側面もある。外国人労働者は、月収が当初伝えられていた金額と異なる上に、「そのうち上がるから」と言われ、しばらく働いて「あの話はどうなったか」と聞くと「嫌なら帰ってもいい」などとうやむやにされる…といったこともあり、困窮するケースも少なくないという。

治安の悪化につながることを防ぐには

ここで、2つ目の懸念が浮上する。

上述の安里准教授の経済教室によれば、日本でも高額あっせん料が来日後の労働者を苦しめることにつながり、低賃金とあいまって失踪と犯罪率を高める社会環境要因になるという。実際に、技能実習生の失踪者6割が送り出し国で100万円以上を支払っており、その後他の企業に雇用されればいいが、困窮した場合に犯罪に手を染める場合もあるという。

自国民の雇用を守ろうとして、せっかく呼び込んだ外国人労働者を困窮させてしまっては、社会の混乱につながる。「外国人が犯罪を起こしやすい」というよりは、彼らを追い詰める環境が犯罪をもたらす。

それを防ぐためには、政府が最低賃金を設定するほか、外国人労働者に対する初期費用の規制をかける、悪質なエージェントを取り締まる、ブラック企業からは移れるようにするなどの施策が必要だ。

社会的コストへの理解は不十分

3つ目の懸念は、1つ目、2つ目とも関連して、社会全体の費用が増えてしまう問題だ。外国人を受け入れるということは、言語的な支援や生活を支援するなどのサポートも必要で、ここには費用もかかってくる。

樽本英樹編『排外主義の国際比較』によれば、ヨーロッパでは多くの移民を受け入れる「寛容な移民制度」と、広範な再分配を行う「寛容な福祉国家」であることは両立するのかどうかが「進歩主義者のジレンマ」として議論されているという。

賃金が抑制されてしまう自国民についても同じことがいえるが、結局困窮や排斥を放置した結果がテロや治安の悪化につながるとすれば、予防策を十全に打つことが必要だ。安倍政権は外国人労働者の受け入れを拡大する上での長期的なビジョンやメリットを示し、短期的には様々な社会的なコストが発生することについて、国民の理解を得られていると言えるだろうか。なし崩し的な受け入れは、「外国人が悪い」と排外感情や衝突を煽りかねない。

“移民受け入れ後進国”として、先進国に学ばずに何か問題が起きてから「こんなはずではなかった」では済まされない。決めた以上、国民の理解を得て、起こることを予測する。そして、できるだけそれに対処できるよう準備をし、来てくれる外国人を排斥せず受け入れていく必要がある。

※この記事はBLOGOS記事の加筆修正版です

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東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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