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元ワーママの駐在妻がぶつかる4つの壁 心身不調のリスク、海外で死亡の1割は自殺とのデータも

中野円佳東京大学特任助教
(写真:アフロ)

私が運営しているカエルチカラ・プロジェクト(目の前の課題を変えるための一歩を踏み出せる人を増やすことを目指す)言語化塾では、女性たちに日頃感じているモヤモヤを言葉にして整理してもらっている。また、私自身、2017年春から駐在妻としてシンガポールで過ごしており、アイデンティティクライシスを経験して試行錯誤してきた。

今回は、私が運営しているhttps://www.facebook.com/groups/1263638094034654/ 海外×キャリア×ママサロンの参加者でもあり、言語化塾の参加者でもある奈々さん(ペンネーム、40歳)の作文から。日本でバリバリ働いていた女性が駐在妻になったときに感じる苦悩とその解決策とは――。家族の支えを前提にするような駐在員の働き方にも課題はあるものの、帯同する配偶者にも企業からの支援や本人の心構えで解決できる部分があると奈々さんは考える。

※この記事はBLOGOSからの転載記事です。以下は、言語化塾の参加者の方の作文です。

17年日本で働いたのち、駐在妻に

「夫の海外赴任が決まり駐在妻になります」と聞くと、あなたはどんな風に感じますか?そもそも、あなたは「駐在妻」にどんなイメージを持っていますか?

よく持たれがちなイメージは“華やか”“贅沢”、ではないでしょうか。広い豪華なマンションに住み、習いごとをして、頻繁にホームパーティをしている、地域によってはメイドさんがいて、お抱えの運転手がいてなんでもやってくれる、そんな風にイメージされる方も多いかと思います。そういったイメージから、「羨ましい」「憧れる」とポジティブな面ばかりフォーカスされる駐在妻。確かに、そういった環境の方もいるでしょうし、華やかな生活を楽しんでいる方もいるでしょうから、憧れる側面があるのは事実です。

でも、そうではない側面については、あまり光が当てられていないような気がします。夫の海外赴任に伴い、17年間働いた会社を退職して帯同した私の経験から、駐在妻が陥りやすい心の問題について、お話しします。

元ワーママ駐在妻が直面した問題

私は、大学卒業後、大手IT企業に入社し、システム開発、法人営業の仕事をしてきました。長時間労働が日常のIT業界。女性であろうと容赦なく、深夜残業や休日出勤をこなし、1日のほとんどを会社で過ごすような20代でした。

当時は就職氷河期で女性の内定取得はかなり厳しく、花形であったIT業界は特に狭き門でしたので、入社後は誇りをもって仕事に臨みました。社会に役に立つシステムを構築するという使命を感じ、女性だからと軽視されることもなく責任のある立場を任されることにやりがいを感じ、仕事に没頭しました。

30代は2回の育児休暇を取得し、短時間勤務で復職したため、いわゆる“マミートラック”にはまりました。それまでの責任ある仕事に比べると、誰かのサポート役というポジションを不本意に感じ、悩むことも多かったです。

それでも、自宅で子供とだけ過ごす生活は自分の性に合っておらず、両立生活は充実感とメリハリがあったと感じます。2人目がもう少し手が離れたら、前線の仕事に戻れるのではないかと、将来のキャリア設計を自分なりに立てて、今できることをやろうとモチベーションを保っていました。

そんな時に、夫に海外赴任の辞令が・・・。同じ会社の海外部門に所属していた夫にとって、その可能性はいつも隣り合わせではあったし、本人もいつかは海外で働きたいという希望を持っていました。頭では理解し、覚悟していたつもりですが、実際に決まったときは頭が真っ白に。

自分が仕事を続けるために子供達と自分だけで日本に残る選択肢も考えましたが、両実家とも遠方に住んでおり頼れる親戚も近くにおらず、夫と協力してなんとか共働きを継続していたので、数年間それを続けるのは難しいと感じました。

まだ子供も小さく、父親との時間を大切にしたい、家族一緒に暮らしたい、という強い思いもあり、帯同するしかないと決意はしたものの、残念ながら会社には海外赴任に伴う休職制度はありません。「私が退職しなければいけない」という事実を、まるで他人事のようにぼんやりと認識し、なかなか受け入れることができませんでした。「同じ会社なのに、どうして私だけが辞めなきゃいけないのか」と、かなりモヤモヤ・・・。眠れない日々が続きました。

人生最大の暗い闇

悩みぬいた結果、「家族が一緒に暮らすためには自分が退職するしかない」と決断しました。そして、辞令が出てから4カ月後、会社を退職し、2人の子供とともに初めての海外生活をスタート。私にとってそこからの半年は、人生最大の暗い闇を経験することになりました。

2か月経過した頃には、外に出るのも億劫になり、他のママと顔を合わせるのも面倒になり、家にいても何もする気になれない状態に陥りました。子供や夫の言動にイライラして、必要以上に怒鳴ってしまったり、現実から目を背けたい気持ちで部屋に引きこもって鍵を閉めてしまったりする日もありました。いわゆる「プチうつ状態」だったと思います。

それには4つの理由がありました。

【1】ワーママ時代との家事・育児のギャップ

初めての海外生活、しかも子供がいる状況で、安全で美味しい食事を作ることに四苦八苦しました。結婚後もハードワークで外食が多く、ワーママ生活では時短家事を追求していたので、一から料理をすることがあまりなかった私にとって、日本と同様の食材が思うように手に入らない海外で、3食料理をし、子供の弁当を毎日作ることはかなりハードルが高いことでした。

子育てにおいても同様で、日本では平日は10時間保育園に預けていたので、子供と向き合って過ごす時間は寝かしつけ時の絵本の読み聞かせ程度。平日の作り置きのための買い出しと料理、たまった洗濯・掃除に追われて終わる週末。それが一転、2歳の子供と一日中家で過ごし、小学生は3時頃に早々に帰宅する生活になり、有り余る時間を、子供とどう接して、どう向き合ったらいいかがわからず、息苦しさを感じてしまいました。子供の言動についイライラして怒鳴ってしまい自己嫌悪に。できないことの多い自分に自分自身でダメ出しをして、自信を失い落ち込みました。

【2】専業主婦となった自分のアイデンティティロス

17年間会社員としてキャリアを積み上げてきて、そこに自分のアイディンティティがあると認識していました。そこから突然、家事・買物・育児が中心の生活に変わったことで、仕事をしていない自分、肩書のない自分は、一体何者なのだろうと、不安に襲われました。妻として母親として家族を支えることも立派な役割であると頭では理解しているつもりでも、自分は何も生み出していない、社会に貢献できていない・・・そんな風に感じてしまいました。「私」ではなく、「○○さんの奥さん」、「○○ちゃんのママ」という肩書しかなくなったことで、自分らしい行動指針、自分の軸みたいなものさえ見失ってしまいました。

これまでは、会社員として働いている自分が土台にあり、その上に妻、母親業が成り立っていたので、その土台が取り払われてしまったことで、心のバランスを失い、足元がふらついてしまったわけです。キャリアが中断されてしまったことへの不安、帰国後にまた働けるのだろうかという焦燥感も、私の心をざわつかせました。

【3】経済的自立がないことの負い目

同じ年齢、同じ会社で働く夫と結婚をし、結婚・出産後も変わらずに働き続けていた私は、夫とは常に対等の立場で過ごしてきました。復職する際には、家事と育児のタスクを一覧化し、夫婦で話し合って分担を決めて、日々協力しながら復職後の生活を乗り切ってきました。

でも、対等だったはずの関係性は、“夫の赴任のために、私が仕事を辞めてついてきた”という構図ができ上がった生活の中では、家計の金銭面を支えるのが夫、家事・育児を担うのが私、という分担に必然的に変化していきました。、夫に対して引け目を感じ、あまり意見や家事分担のお願いをできなくなってしまいました。お金を使う際も、自分が仕事をして得たお金ではないと思うと、使うこと自体に申し訳なさを感じ、経済的自立がない自分はダメだと卑下してしまう気持ちに。収入を得ていない分、家事も育児もきちんとやらなければならないと、必要以上に自分で自分を苦しめて負のループに陥りました。

【4】相談できる人がいない孤独

上記のような状況で、精神的にモヤモヤ、ぐるぐると悩む毎日。でも、それらを相談する、吐き出す場がないことが、その苦しさに拍車をかけました。右も左も“初めまして”の環境で、ゼロから人間関係を構築するのはかなりのパワーがいりましたし、子供関連で知り合った駐在妻さんは日本でも専業主婦だった方が多かったため、知り合ってすぐにキャリアの悩みを打ち明けることは憚られて、誰にも相談できないと感じてしまいました。

自分が感じた理不尽さや違和感などに共感してもらえる人は近くにおらず、当たり障りないお付き合いとなり、本音をますます心に溜め込んでしまいました。夫は夫で、初めての海外勤務、人間関係や新しい役割に苦労し、自分のことで精一杯で、とても私のことをフォローする余裕がないことが手に取るように分かったので、私は誰に対してもその胸の内を吐き出すことができませんでした。

駐在員だけではない駐在妻のうつ病リスク

駐在妻の中には、問題なく新生活をスタートさせ、海外生活を心から楽しんでいる方ももちろんいるかと思います。でも、私のように多くのギャップに苦しんで、「助けて」と声を上げることさえできずにいる駐在妻も少なからずいるということを知ってもらいたいのです。日本で働いていなかった方でも、ママという立場でなくても、新しい環境での生活に適応できず、苦しんでいる駐在妻の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

外務省の統計「海外在留邦人数調査統計」によると、2016年現在の集計で、海外在留邦人の総数は33万8,477人で、過去5年間で7.1%も増加しているそうです。また、少し衝撃的な話題となりますが、2014年の海外での死亡は522人でその約1割は自殺、その大半は海外赴任中のケースだったといいます(参考記事)。

海外駐在員は、赴任後の業務負荷の増大、言語や文化の違いによる難しさ、現地社員とのコミュニケーショントラブル、日本本社の現地子会社に対する無理解など直面する悩みは多く、ストレス過多となり、「うつ病」となるパターンは多いと考えられます。そのような問題が注目されるようになり、企業によっては、駐在員のメンタルヘルス対策を重点的に行い、定期的に産業医との面談をする等の策がとられているようです。

その一方で、駐在員に帯同する妻の心のケアはどうでしょうか。

駐在員の多い企業では、配偶者向けに「海外赴任前研修」を設けている企業もあるそうです。駐在妻経験者の先輩から話を聞いたり、現地生活情報を聞いたりといった内容のため、ある程度事前知識を得た上で、生活を始められるので、とても有効だと、参加したことのある方はおっしゃっていました。

それでも、赴任後に定期的にサポートしてくれるわけではありません。駐在員の企業が、家族の心のケアまでしてくれているという話はまだほとんど聞いたことがありません。

駐在員は、日本にいるときよりも業務過多になりがちで、帰宅時間は遅く、休日も仕事、出張も多いため、家庭は日本よりもワンオペ育児になるケースが多く見られます。両親や兄弟など、頼れる存在も近くにはいません。駐在員本人だけでなく、その陰で、妻も大きな心理的負担に苦しんでいるという実情は、あまり問題視されていないと、実際にその立場になって初めて気づきました。

私の場合、「このままではいけない」、と自分でもがき、解決の糸口を模索しました。オンラインで専門家のカウンセリングを受けたり、日本にいる友人に電話をしたり、とにかく自分の気持ちを誰かに話す、ということから始めました。同じような境遇におかれた方が集まるコミュニティにも積極的に参加し、自分の気持ちを共感してもらえる場を見つけることで、糸口をつかみました。同じようにキャリアを中断して帯同している人、同じような悩みを抱えている人が実はたくさんいることを知り、悩んでいるのは私だけではないと気づくこともできました。

また、自分のキャリアをどうしたいのか、この期間を今後にどう活かしたいのかをきちんと考えようと、駐在妻向けのキャリアカウンセリングを受けたり、ボランティア活動に参加してみたりもしました。そのような行動を積み上げていくことで、徐々に、この海外生活での目的を自分なりに設定し、自分のスタンスを定めることができたので、半年後には、駐在妻としての生活を前向きに受け入れることができました。

解決策:社会や企業レベルで駐在家族の心のケアが必要

悩める駐在妻の当事者となった私が考える解決策を提示します。企業レベルの解決策については、妻の駐在に帯同する夫の立場にも当てはまると考え、あえて「配偶者」としております。

<駐在員の企業において>

今後も、グローバル化が推し進められ、海外駐在員の役割は大きくなっていくでしょう。海外駐在員が安心して業務に打ち込み、パフォーマンスを向上させ、成果を上げるためには、それを陰で支えることになる配偶者も心身ともに健康であることが必要になっています。家族がメンタルダウンしてしまい、駐在員も早期帰国を余儀なくされるというリスクは最小限に留めるべきではないでしょうか。

そのために、駐在員の企業において、本人だけでなく、家族の心のケアまで広くサポートする環境整備が必要です。

例えば以下のような取り組みです。

・海外赴任前研修等で現地情報や現地でのボランティア活動等の紹介

・帯同中のキャリアについて考えるキャリアセミナーの開催、紹介

・企業内での駐在経験者の家族をメンターとしてマッチング

・赴任後に悩みを相談できるカウンセラーの紹介

配偶者が心の問題を抱えた時に、相談できる先が事前に用意されているだけでも心強く感じられますし、早い段階で相談することで早期に回復しやすいと考えます。

<帯同する配偶者側の企業において>

企業にて投資をして教育を行い、経験を積んできた社員が、配偶者の海外赴任により退職せざるを得ない状況は、当該企業においても大きな損失ではないでしょうか。同様のスキル・経験のある人材を新たに採用し、再教育するためには多大な時間と新たな投資が発生します。海外生活を経験することで、グローバル人材としての素質を磨き、語学力を身につけるスキルアップの期間と位置づけ、帰国後にそのスキルを活かせる場で継続的に働ける環境づくりをすることで、両者にとってメリットが高い結果に繋がるのではないでしょうか。

例えば以下のような取り組みです。

・配偶者の海外赴任に伴う休職制度の早期構築

・休職中にどのようなスキルアップをするか、休職前に両者で目標設定のすり合わせ

・休職中でも定期的に人事部等とコミュニケーションをとる機会を作り、休職者のモチベーション維持をサポート

・現地支社や関連会社でインターンシップ的に働く等のキャリア支援

自分が会社と繋がっている、必要とされていると感じられることでアイディンティを維持でき、必要以上に不安を感じずに復職へのモチベーションを維持しやすいと考えます。

<社会において>

人材不足が深刻化する日本社会において、働く意欲、社会貢献意欲があるにもかかわらず、配偶者の海外赴任のため退職を余儀なくされ、帰国後に再就職できない状況は、大きな損失ではないでしょうか。

特に女性においては、男女平等、女性の社会進出が進んできたとはいえ、「夫の転勤があると、妻はそれについていくもの」という“固定観念”が未だに存在すると感じます。育児や介護等の課題により、男女ともに多様化する働き方が求められていく風潮において、社会全体で、そういった“固定観念”を書き換える時期にきたのではないかと感じます。

もちろん、キャリアを継続するために帯同しない、という選択肢もあります。でも子供がいる場合、日本でワーママ&ワンオペ生活を維持するのは心身ともに苦労が多いため選択しづらいのが実情ではないかと感じます。シングルマザー同様に、そのような立場の女性が働き続けられるよう、家事代行サービスや病児保育サービス、子供の送り迎え等のシッターサービス等、行政のサポートが増えることも期待します。

本人も前向きに、「納得感」を

駐在妻本人の取り組みも重要だと認識しています。大事なことは「自分で選択して駐在妻になったと納得感を持つこと」ではないでしょうか。キャリアを中断するのではなく、キャリアの幅を広げる、グローバル人材となるチャンスが広がると見方を変えて、前向きに捉えられることができれば、帯同中の目標を持つことができ、心の拠りどころができます。

そのためにも、赴任前にセミナーやキャリアカウンセリング等を受けたり、現地で働くための情報を得たりして、海外生活中に自分は何を目標に過ごしたいのか、それを今後のキャリアにどう活かしたいのか、自分のキャリアを今一度見つめなおす時間を十分にとることが大事だと感じます。そうしていれば、新生活スタート後の落ち込みは少なくて済むでしょう。そして、帯同期間を前向きに、有意義に過ごすことができれば、帰国後もきっと躍進できると思います。

東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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