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上司に「妊娠するならタイミング考えてね」と言われたら?流産・不妊の経験者「自分の気持ちを優先して」

中野円佳東京大学特任助教
妊娠中の体調も人それぞれ(写真:アフロ)

私が運営しているカエルチカラ・プロジェクト(目の前の課題を変えるための一歩を踏み出せる人を増やすことを目指す)言語化塾では、女性たちに日頃感じているモヤモヤを言葉にして整理してもらっている。複数名から上がったのが、職場などで言われた妊娠・出産をめぐる発言が引っかかったというもの。第3弾は、江原マイさん(仮名、38)の作文から。

上司から「妊娠するならタイミングは考えてね」と言われたり、本人もキャリア形成、同僚の負担等を考えざるを得なかったりするケースもあるだろう。その背景には、一般的に「妊娠は自由にコントロールできる」という間違った認識があるのでは―。これから妊娠を希望する人に、江原さんは経験者として「どうか自分とパートナーの気持ちを優先してほしい」と訴える。

※本記事はBLOGOSからの転載記事です。以下は言語化塾参加者の方の文章です(編集:中野円佳)。

「妊娠は自由にコントロールできる」は幻想

上司に「妊娠するなら仕事のタイミングを考えてね」と言い渡された知人がいる。本当はすぐにでも子どもが欲しい。仕事の都合が良いタイミングなんてほんのわずかな間だけれど、そう言われてしまった以上、気にしない訳にはいかない、と話していた。プライベートと仕事、答えのない板挟みだ。

かく言う私も2人目を妊娠するタイミングを気にした1人である。私は結婚3年目に第一子を出産した。その子が2才になる前に第二子を考えるようになったが、実際に出産したのは第一子が4才半の時だった。学年差は5つ。計画的ではなく、結果的に5学年差になってしまった。

「迷惑にならない時期」を考え神経質になっていた

第一子を妊娠した時、私は職場の人間関係が原因で体調を崩して休職している最中だった。そして妊娠5ヶ月の時に復職した。

「休職明けで妊娠なんて有り得ない」「退職すべき」という意見もあるだろう。私自身、このまま退職すべきではないかと何度も考えたし、正直に言うと何もかも放り投げて逃げ出したい気持ちもあった。が、悩んだ末に一旦復職しその後産休を取得する選択をした。当然批判もあったが、職場は私の選択を受け入れてくれた。心から感謝している。

そういった経緯があったので、復帰当初、第二子を望むのは自分には過ぎた贅沢だと私は思っていた。でも、育休復帰から半年後の面談で、自身も35歳を過ぎてから2児の母となった上司Aは「2人目も考えてるんでしょ?早い方がいいわよ」とさも当然のように声をかけてくれた。人と状況によっては2人目について聞かれることを不快に思う人もいると思うが、私の場合は第一子の妊娠・出産の経緯も含めて第二子を望むことを許してもらえたように感じた。

そして次に妊娠する時は絶対に周りの迷惑にならないようにしようと考えた。具体的にどうすれば周りの迷惑にならないか。私が考えたのは「仕事の立ち上げ時期と繁忙期を避ける」ことだった。早産予防手術や安静のための休職が予想されたこともあり、私は妊娠時期について過剰に神経質になっていた。

まさかの流産、そして男性不妊…心底悔いた

「絶対に迷惑にならない時期」で、できれば「育休期間が1年未満のゼロ歳児・4月入園」、かつ子どもの病気への感受性や自分の体調のことも考慮し、「1歳に近い月齢で保育園に入園する4月~7月生まれ」にしたいと考え、妊娠を希望しながらも仕事が忙しい間はピルを使っていた。

やがて仕事が落ち着いた頃、私は望み通り妊娠した。出産予定日は4月、全て計画通り。けれども結果は流産だった。深く傷付きながらも、よくあることだと自分をごまかして次の妊娠を待った。

でも、今度は一向に妊娠する気配がなかった。思い悩んで不妊治療専門病院を受診したところ、男性不妊、つまり夫側に不妊原因があると診断された。具体的には精子欠乏症および精子無力症で、数値的には自然妊娠はほぼ不可能なレベルであるとのことだった。まさか、と思ったが事実だった。

ピルを使ってまで避妊していたことを心底悔いた。前回の流産のことを踏まえると、妊娠時期の条件ばかり考えていなければもしかしたら男性不妊になる前に妊娠・出産できていたかもしれない。後悔してもしきれなかった。

仕事と不妊治療の両立を望むのはわがままではない

不妊治療のためには検査や注射のために頻繁に通院する必要があり、一度上司Bに相談したことがあった。その際「強制はできないが、通院するのはできればもう少し後の時期にしてほしい」と言われ、治療を先延ばしにした時期もあった。

その後、私は生理が来ては落ち込むジェットコースターのような1年を経て、運よく第二子を妊娠・出産することになった。

妊娠発覚時、私はあるプロジェクトの責任者になったばかりだった。あれほど意識していた「迷惑にならない時期」にはできなかった。結果的に良いとはいえないタイミングにはなってしまったが、その上司Bも妊娠を報告すると「おめでとう。よかったね」と言ってくれた。

周囲にも妊娠のタイミングに悩む人が大勢いる。仕事と不妊治療の両立はやはり難しく、退職する人も多いと聞く ※。周囲から「タイミングをはかってね」という言葉がでてくる、そして本人たちも先延ばししてしまう背景には、『妊娠するかしないかは自由にコントロールできる』という誤った考えがあるのではないか。

私自身、元々興味があり「卵子老化の衝撃」や「2人目不妊」等について、何冊もの本やメディアからの情報を得ていた。妊娠をコントロールすることはできないことを自分では充分に理解していると思っていた。けれども心のどこかで自分だけは、それこそ生まれ月さえもコントロールできると考えていたことに自分でもひどく驚いた。

妊娠を「迷惑なこと」と考えていたことも原因の一つだ。けれど生き物としてごく自然な出来事である妊娠は本当に「迷惑なこと」なのだろうか。仮に迷惑であるとして、職場に迷惑をかけてはならないのであれば、女性は仕事か子どもかのどちらか一方だけを選択しなくてはならないことになる。

男性は当然のように仕事と子どもの両方を手に入れることができるのに女性は許されない。両方を望めばそれは身勝手な我儘だと非難される。そんなことを続けていたら少子化なんて解決しない。

子どもを産むのにベストな仕事のタイミングなんてない。これから妊娠を望む人には、仕事よりも自分とパートナーの気持ちを大切にしてほしい。

※ http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201711/CK2017112002000101.html

東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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