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朝ドラ「エール」メインキャストに指導の音楽家が驚いた「プロ意識と底力」

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
「エール」は出演者の歌唱や楽器演奏も注目された(NHK提供)

昭和を代表する作曲家・古関裕而(こせきゆうじ)氏をモデルに、音楽の力を描く朝ドラ「エール」。新型コロナウイルスの拡大は、テレビの制作現場や俳優の働き方にも影響した。撮影が中断して放映がずれこみ、困難な状況もあったが、プロが結集してドラマを作り上げた。特に視聴者を元気づけたのは、歌唱や楽器の演奏シーンだ。野田洋次郎さん、山崎育三郎さんらのほか、音楽が本業でない出演者も、猛特訓して盛り上げた。主演の窪田正孝さん、二階堂ふみさん、森山直太朗さんに演奏指導をしたオルガン奏者の山口綾規さんは、俳優のプロ意識と底力のすごさに驚いたという。

○早大→藝大進みパイプオルガン学ぶ

山口さんは鹿児島県出身。古関裕而氏も弾いたハモンドオルガンや、ピアノを幼少期から習い、レッスンを続けた。早稲田大で勉強しながら、オルガン指導や楽器デモンストレーションの仕事を軌道に乗せ、卒業後3年はフリーで音楽活動をした。

「音楽をやらなきゃ。専門的に習いたい」というタイミングが来て、東京藝大別科に入った。さらに藝大大学院に進み、パイプオルガンざんまいの日々を送った。16年前には、教室を立ち上げて指導にあたるほか、大学の教員を務め、演奏活動を続けている。

○森山直太朗さんも自主練

「連続テレビ小説のモデルが古関裕而さんと知った時、ご縁があればと思っていました。アメリカで作られて戦後、古関さんが弾いていたハモンドオルガンは、私も同じタイプのものを持っています。知人を通してNHKから指導の話があり、喜んで受けました。思いがけずコロナで演奏活動が減り、収録のために時間を合わせやすかったです」

2019年の夏から指導が始まった。主人公の子供時代に、先生役の森山直太朗さんが、小学校で足踏み式のリードオルガンを弾くシーンがあった。シンガーソングライターの森山さんは、ギター演奏の印象が強い。「何回か、オルガンのレッスンをしました。上達のプロセスを見ると、収録までにだいぶ自主練したんだな、努力してきたな、とわかりました」と山口さん。

○窪田正孝さんには譜面より感覚で

主人公の裕一を演じる窪田正孝さんは、多忙でなかなかレッスン時間が取れなかったという。冒頭ではダンス、指揮やハーモニカ、福島の方言と、練習すべきことが多かった。

「窪田さんは、鍵盤を練習した経験が全くないということでした。タイトルバックで弾くシーンは、両手の指の形がきれいに見えるような構成で、私が8小節の曲を作り、練習してもらいました。福島の教会でロケがあり、立ち会ってきました。

コロナの影響で撮影が中断し、指導を再開したのは今年7月です。窪田さんの場合は、譜面を見せずに、指の感覚で覚えてもらいました。歌詞に書き込んだり、録音したものを渡したり、この箇所が来たらこっちでと図で示したり。わからない譜面を見ても頭に入らないと思うので、そこを工夫しました。あとは、演奏中の表情や仕草、目線をお伝えしました」

戦後に、「とんがり帽子」を披露するシーンが印象的だ。裕一がスランプを抜け、久しぶりに作った明るい曲。笑顔で歌う子供たちを見守りながら、嬉しそうに伴奏する窪田さん。山口さんは「本番では、最高の出来でした」と振り返る。

○二階堂ふみさん、中断時にじっくり練習

主人公の妻役・二階堂ふみさんも、歌唱にピアノ演奏に、大活躍した。「バイオリンの経験があるそうで、撮影を中断する前に、ピアノやオルガンのレッスンをした時も入りやすかったのではないでしょうか。撮影がなかった期間に、じっくり練習されたようで、演奏にゆとりがありました。

指導の役割は、忙しい俳優さんたちがなるべく短い時間で到達できるように考えることです。日ごろから、生徒に指導する際も心がけていますが、良い道筋で弾けるように教えています。最近のお子さんも、受験などで忙しいので」

実は、山口さんも、終盤にエキストラとしてエールに出演している。裕一と幼なじみの鉄男が、福島の小学校に行って、2人で作った校歌のお披露目に立ち会うシーンだ。

「校歌に合わせて、オルガンを弾きました。音楽教師として、教室に立って鉄男の話も聞きました。撮影では音源を流して、それに合わせて弾くのですが、自分でやってみると、意外に難しかったです」

エールのメインキャストに指導した山口綾規さん(本人提供)
エールのメインキャストに指導した山口綾規さん(本人提供)

○本番には仕上げてくる底力

長丁場の収録が終わって、ほっとしているという山口さん。「他の仕事をしつつ、NHKのスタジオに通いました。思い入れのあるドラマの最終回が近づいて、寂しい気持ちです。収録できるかわからない時期もあり、このまま打ち切りになるのかと思ったこともありました。

俳優さんたちの集中力のすごさを目の当たりにして、かけがえのない経験になりました。俳優さんたちが、弾けない状態から知っているので…。レッスンの時は間違えたり、難しいと言っても、本番までにはしっかり仕上げてくる。収録に立ち会うと、皆さんの底力に、感動しました。役者根性やプロ意識に驚かされ、ファンになってしまいましたね」

○音楽家も新しい様式を模索

コロナ禍と重なったエール。改めて、メンタルが辛いときの「音楽の力」を実感した視聴者は多いだろう。演奏活動が制限され、音楽家の働き方にも、変化があった。山口さんも、演奏会がいくつか延期になった。

「それは受け入れ、自粛期間は淡々と過ごしていました。指導はオンラインになり、通信環境がない家庭は休みでしたが、生徒は減っていません。教えている大学では、早々に対面授業が始まり、気をつけながら指導しています。やはり、何気ない音や気配を感じ取れる対面指導は、必要だと思います。夏以降は、演奏の機会が少しずつ戻っています。私は人が好き、コミュニケーションが好きなんですね。演奏会で、お客さんと音楽を共有できるのはありがたいことです」

新しい表現も、取り入れている。「ピアノのアレンジ楽譜を出版した際に、演奏動画を作りました。オンライン指導を含め、新しい様式のいいところを取り入れていきたいです。これから、音楽家が動画を発信することも増えていくかと思います」

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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