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東京進出を新型コロナ禍が直撃。「トット」の苦悩と進化

中西正男芸能記者
「トット」の多田智佑さん(左)と桑原雅人さん

「NHK新人お笑い大賞」「上方漫才協会大賞」など数々の賞を受賞し、2020年4月に大阪から東京に拠点を移したお笑いコンビ「トット」。多田智佑さん(37)、桑原雅人(37)が19年から熟考を重ねての上京でしたが、期せずして新型コロナ禍が拡大する時期に合致してしまいました。未曽有の事態の中でのチャレンジ。その中で得た新たな武器、そして、向き合った思いとは。

「何しに来たんやろ」

多田:大阪から東京に来たのが2020年4月。新型コロナ禍で世の中が大変なことになったタイミングと重なる形になりました。

2019年夏ごろから東京に行く話はしていて、周りの皆さんと相談を重ねた上での上京だったんですけど、まさかそのタイミングで…という思いは正直ありました。東京に出てきたのに、2~3カ月はずっと家にいましたしね。どうしても「何しに来たんやろ」という思いも出てきました。

桑原:東京に出てきたら、こちらの先輩方が「こっちに来たんやったら、ご飯でも行こうか」と誘ってくださる流れがあるとも聞いていたんですけど、コロナ禍でそれも一切ない。仕事も、私生活も、止まってしまった感覚はありました。

多田:ただ、これまでやってきたことはムダではなかったというか、大阪でお世話になってきた方々の流れもあり、最初の緊急事態宣言が明けてからはコンスタントに劇場に出してもらえるようにもなり、今はなんとか「東京に出てきて良かった」と思える状況にはなっています。

“素”の自分で勝負する

桑原:東京でお仕事をさせてもらう中で強く意識するようになったことがありまして。それが“素(す)を出す”ということでした。

まず純粋に東京は芸人の数が多い。しかも、コロナ禍であらゆるものが変わった中、自分の本当の色を出していくことが大切だと痛感したんです。

大阪の時は売れるための“コース”みたいなものがある程度決まっていて、劇場で結果を出してライブの司会などを任されるようになり、さらに賞レースで結果を残しだすとテレビのリポーターがまわってくる。もっと頑張るとスタジオに呼んでもらって深夜で自分たちの番組が始まったりもする。

そんな代表的な成功例があって、その形を目指す感覚があったんですけど、東京ではそういうコースがあるわけではなく「自分はこういう人間です」というのを示して、そこを「面白い」と認めてもらうと仕事が入る。道のりの差というか、それは感じましたね。

大阪の時は売れる流れに自分たちが合わせにいっていた。なので、爽やかな正統派漫才コンビみたいなイメージを持っていただいていたかもしれませんけど(笑)、こっちに出てきて、別人になったと言われます。

それぞれが、良い形で“我”を出すようになってますね。多田さんはお笑いへのこだわりを怖い、怖い顔でまくしたてたり(笑)。僕は僕でややこしい人間であることを隠さずに出してますしね。お客さんは戸惑っている部分もあるのかもしれませんけど「自分はこんな人間なんです」を出していく。それが東京での売れる流れなのかなと。

多田:…冷静にこのインタビューの文字を見たら「ヤバいコンビやないか」となるかもしれませんけど(笑)、大阪の時と目指すものの目指し方が変わったので、僕らも変化しているところは多々あると思います。

桑原:もちろん、今でも賞レースは大切に考えていますし、ネタを大事にすることも変わってないんですけど、これまでとは違う筋肉も鍛えている。そんな感じかもしれませんね。

「どう転ぶかだけ」

多田:それとね、これも本当にありがたいことなんですけど、少しずつ飲みに行ったりもできるようになった中で、これまで以上にいろいろな先輩方からお話をうかがったりもしています。

昔から可愛がってくださっている「笑い飯」の西田さんと飲みに行かせてもらった時に「今度こんな仕事が入りまして。うまくできるかなと不安もあるんです」みたいなことを報告したんです。すると、すぐさま言ってくださったんです。

「うまくやるなんてことは思わないでいい。そもそも東京に出てきた時点で『売れる』か『辞める』かの覚悟で出て来てるんやから、うまくやろうなんて考えることではない。常に思いっきりやって、それがどう転ぶかだけやとオレは思う」

すごく根源的なことだと思うんですけど、それゆえなかなか気づかないところの正論を言っていただいた。本当にその通りだと思いますし、それ以降は迷いがなくなりました。

全力で自分が思うことをやるしかない。それがどんな結果になるのか。そこに賭けて来ているはずなのに、何を変に守りにかかっているのかと。視界が晴れた気がしました。

桑原:西田さんのお話もありますし、こっちに来て“流す”なんてことは一切できなくなりました。大阪にいた時はホームグラウンドの「よしもと漫才劇場」もそうだし、僕らのことをよく知ってくださっている中での仕事がほとんどでした。

でも、東京では僕らのことを誰も知らない。一回一回が「トット」とは?を問われる場なので、なんというか“こなす”みたいな仕事は一つもなくなりましたね。

多田:もちろん、すごくパワーを使う日々でもあるんですけど、それがすごく楽しいし、自分たちの素に対してお仕事をもらえたりすると、さらにうれしい。この感覚は東京に出てきて新たに感じたものかなと思っています。

桑原:とはいえ、僕なんかは心底ややこしい人間でもあるので、一部、本当にショックを受けてらっしゃるファンの方なんかもいるようですけど(笑)。ただ、今は過渡期というか、それを面白いと思ってもらえる日にたどり着けるよう積み重ねをしていきたいと思っています。

(撮影・中西正男)

■トット

1986年1月9日生まれの多田智佑と85年7月20日生まれの桑原雅人が2009年にコンビ結成。いずれも大阪府出身。NSC27期生。「ABCお笑い新人グランプリ」審査員特別賞、「上方漫才協会大賞」トータルコーディネイト賞、文芸部門賞、大賞、「NHK新人お笑い大賞」大賞など受賞多数。2020年4月から拠点を大阪から東京に移す。2月10日には「トットの新ネタ漫才ライブvol.2」(東京・よしもと有楽町シアター)を行う。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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