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経営者、管理職は必読。会津若松市の詐欺事件資料はこう読め

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
会津若松城(画像:筆者撮影)

・学ぶことの多い資料

 会津若松市が11月9日に公開した詐欺事件に関する記者会見資料(令和4年11月9日臨時記者会見資料)が、話題になっている。この資料は、会津若松市で発覚した元職員の1億7千万円を超す巨額詐取事件に関しての調査内容を公開したものだ。実はこの資料、自治体関係者のみならず、企業経営者や人事、総務担当者にとって、実に学ぶものが多いのだ。

 事件そのものは、単純と言えば単純である。市民に対する給付金や助成金などの支払いを誤魔化し、自身の口座に振り込ませ、詐取していたというものだ。市役所職員が、巨額の詐取を行い、巧妙に発覚を遅らせていたことは驚きだが、そう目新しい手口でもない。

 この資料が話題になったのは、その手口や供述などが克明に記されているからだけではなく、事件が引き起こされた背景を見ていくと、会津若松市役所だからというのではなく、ほかの役所でも企業でも起こりうることが理解できるからだ。今回は、その資料を他山の石として、学ぶべき点を整理しておこう。

 まず資料が、事件の原因として挙げているものを見てみよう。

(1) 内部統制に関する課題

① 仕事の属人化とチェック機能の低下

② 管理面の緩み

③ 不正行為を想定した事務処理の見直し

(2)業務システムの運用に係る課題

(3)会計処理上の課題

(4)公務員倫理に関する課題

・仕事ができるから

 今回の横領の元職員の経歴を見て、ある地方自治体の管理職員は「この人は仕事ができると評価されていたんだな」とつぶやいた。さらに、「コロナ禍以降、どこの役所も人手不足になっている。地方では求人しても、的確な人間を雇用することも難しくなっている」と言う。「できると評価された職員がいると、少しくらい問題があっても、上司は業務が滞ることを恐れて、黙認してしまうこともある」と言う。

 多くの仕事を処理しなくてはいけないにも関わらず、充分な人員が配置されず、非常に忙しい職場の場合、往々として「仕事ができる(あるいはできるように見える)」人間に、多くの権限が与えられる。そして、それをチェックする仕組みが働かなくなる。「あの人はベテランで仕事ができるから、任せておけば大丈夫」と上は信じてしまうのだ。仮に、部下などから、不審だという報告が上がって、その「仕事ができる」人間の機嫌を損なうことを避けたいために、放置される。

 つまり、人材不足の現場で、もちろん本当に仕事ができる場合もあるが、うまく立ち回り、実際以上に仕事ができるかに見せかけることも可能なわけだ。そして、そう見せかけることで、周囲から干渉を防ぎ、不正が発覚するのを遅らせることに成功するわけだ。

会津若松市(画像:筆者撮影)
会津若松市(画像:筆者撮影)

・チェック機能を自ら外す

 それにしても、ここまでになるまでに、誰かが気が付かなかったのだろうか。資料は、元職員が巧妙にチェック機能を外していることも記載している。

 元職員は、自身の会計業務のチェック役を新人や未経験者を充てるようにしていた。「信頼が厚く、仕事ができる社員の業務チェック係に、研修の意味合いで新人や配属されたばかりの人間を充てようとなると、むしろ有難いとなるだろう。ベテラン社員で、研修係という立場になれば、配属されたものが疑問に思うことがあっても、それでいいのだと言えば言いくるめられる」と、ある中堅企業の人事担当者は言う。

  ある大手企業の人事担当者は、「海外駐在員などで、時折発覚することがある問題だ。後任として送り込んでも、仕事ができない、語学ができないなどと言って、送り返してくる。自分の不正が暴かれたり、転勤するのが嫌で、わざと仕事の引継ぎを難しくしたり、意地悪をして自分の存在を実際以上に大きく見せるのです」と言う。さらに「仕事が本当にできる人間は、部下などに仕事を分担させるのもの上手。したがって、仕事を教えるのも上手。だいたい今どき、彼しかできないとか、判らないなどと言う仕事があるはずないし、そもそもそんな仕事が存在してはいけない」とも指摘する。

・なぜこんな巨額に

 筆者が民間企業の経営管理本部で研修を受けていた時、大手企業から出向してきていた経理部の上司たちから、繰り返し言われたのは、「不正は10万円までに見つけろ。10万円を超す不正を見つけられなければ、経理の負けだ」ということだった。なぜ10万円なのか。上司は次のように言った。

 「1万円のうち1,000円を横領するのには勇気がいる。10万円のうち1万円を横領するのも勇気がいる。しかし、100万円になってしまうと、1万円横領するのも、10万円横領するのも同じになる。感覚がマヒして、すぐに横領額が膨れ上がる。さらに札というモノを盗るのとは違い、振り込みなどになるとますます感覚はマヒする。」

 やってみたら、うまくいき、どんどんと金額が膨れ上がっていくのに、誰も気が付かない。この資料からも、感覚がマヒしていく様子がはっきりと見て取れる。不正に関しては、いかに早期に発見するかにかかっていることが明確だ。

・バックアップデータを見ることができない

 会津若松市の調査によれば、通常のシステムでもバックアップはDVDに記録されていたが、DVDの記録と打ち出されている帳票が合致しているかの確認がなされていなかった。打ち出されて稟議書に提出されたものは、バックアップされているものとは、同一だという思い込みを、うまく利用されたわけだ。令和3年度子育て世帯への臨時特別給付金の支給においては、フロッピーディスクを用いて作業をしていたことも判っている。

 「今時、フロッピーディスクかよ」という指摘はさておき、さまざまなデータを電子的に保存することは、飛躍的に処理能力を高めたことには間違いない。しかし、一方で紙に保存していた時よりも、正副両方の帳票を簡単に確認することが難しくなってしまった。だからと言って、紙に戻すわけにもいかない。しかし、そもそも簡単にバックアップデータと突合せができないシステムそのものにも問題がある。

 「役所と中小企業は平成時代のままのところが多い。ちょっとパソコンに詳しい人間がいると、それに任せっきりで、さらにまた進歩しなくなる。新しいことをやりたくない、めんどくさいと思う人たちからすれば、こういったことは僕に任せといてくださいと言ってくれると大助かりだと思うのでしょう。」あるシステムエンジニアは苦笑する。

 デジタル庁ができたが、自治体のDXは遅々として進まない。予算や知識のある職員の不足なども問題であるが、そもそも首長、議会、職員の意識改革から進めないと、このようなことが繰り返される可能性がある。

・「その気になれば横領はできる」

 横領の元職員の供述の中に「(不正が)できるからやった」「不正はやる気になればできる」という一文がある。企業などで経理などを経験した人は、恐らく同意するだろう。どんなに厳格に作られた経理システムがあったとしても、それを管理する人間が、不正を行おうとすれば、できないことはない。

 もちろん、ほとんどの人間は、「できる」からと言って「やろうとはしない」。そして、組織は、担当者は「できるが、しない」はずであるという発想でシステムを構築している。会津若松市の資料でも「職員に対して公務員倫理の教育を行い、コンプライアンスの意識が醸成されていることを前提」にしていたと書かれている。

 ところが、今回の事件のように、「できるから、やってみた」という人間が現れた場合、教育や研修などは役に立たず、いとも簡単に不正が行われてしまうのである。今回は、調査が進む過程で、「元職員の不正行為があったとまでは断定できない」としているものの、なんと元職員の子供の認定こども園の負担金も正統な理由なく軽減されていたというのだ。

 ミステリードラマの主人公が、「犯罪に罪の意識を感じる人間ならばまだまし。罪の意識を感じない人間は、見つけるのが難しい」というようなことを言っていた。つまり、「その気になって、不正をする」人間を見つけ出すのは容易ではない。しかし、だからこそ、どんなに信用の厚い人間が担当をしていたとしても、定期的に第三者による監査を行って、少しでもおかしな点があれば、調べるという仕組みが必要なのだ。

 「人を見れば泥棒と思え」とは。言いたくはないが、巨額の資金を扱う担当者や部署は、定期的にあるいは抜き打ちで検査を行う体制を整えておく必要があることを示唆している。

・コロナ禍による予期せぬ金の動き

 ある地方自治体職員は、「コロナ禍以降、これまでになかったような額の補助金や助成金を地方自治体で扱うようになっている。会津若松市の例は、実はどこの自治体で起こってもおかしくない。背筋が寒くなった」と言う。

 この指摘は、令和3年度子育て世帯への臨時特別給付金の不正についての部分だ。「事務処理の準備期間が短期間であったことから、システムによる管理を行わず、表計算ソフトを使用して支給事務の管理」を行ったとある。そのため、稟議書に添付された印刷されたデータと、委託業者に渡されたフロッピーディスクに保存されたデータが異なっていたのだ。そして、その支給事務の管理は、表計算ソフトを使用して行われていた。

 政府からの巨額の給付金や助成金が短期間に下りてきたために、地方自治体側の準備が間に合わなかったのだ。そのため、結果的に手計算に近い方法で行われた。

 「政府や一部の政治家は地方自治体の現場の状況知らず、多額の給付金の助成を短期間で行うことを要求してきた。 必要な人材もシステムもノウハウもなく、人海戦術を行っているところに、身内の人間に悪意を持って取り組まれたら、ひとたまりもない」とこの地方自治体職員は言う。「精査したら、あちこちの自治体で同様の不正が行われているのではないかと考えると恐ろしい」とも言う。

・「だから役所は」と笑えるか

 この資料を読んだ中小企業経営者の一人は、「この資料で指摘されている点は、まさに中小企業で起こりやすいことばかりだ。ここまで赤裸々に書かれた資料を公開したことは尊敬する。うちの管理部門には、回覧した」と話す。

 ある経営コンサルタントは、「あまり大きな声では言えないが、民間企業での横領事件は、相当数ある。ただし、多くの場合、依願退職扱いで退職金を払ったことにして、それで穴埋めをする。なので、よほど巨額ではない限り、隠ぺいされてしまうから、役所の方が事件が多いように見えるだけだ」と指摘する。

 中小企業の場合は、金額にもよるが、横領額が一定以上になれば、資金繰りに影響してきて、気づくことになるが、今回の役所のように政府からの助成金を不正受給していた場合は、発覚するのに時間がかかることは確かだ。

 そうした違いがあるものの、この会津若松市の資料。目を通してみると、すぐに自分の職場の監査をしなくてはと思った経営者、管理職は、官民問わずに多いのではないだろうか。

※参考 会津若松市「職員の不祥事について」2022年11月9日

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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