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オリンピック開催の経済波及効果はもはや望めず~経済界が危惧する「大博打」

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
週末でも閑散としたJR品川駅。観光客の姿は消えた。(画像・筆者撮影)

・「開催する方がはるかに経済効果がある」?

 5月27日に、武藤敏郎・東京オリンピック・パラリンピック組織委員会事務総長がマスコミのインタビューに、「日本経済全体のことを考えたら、五輪を開催する方がはるかに経済効果がある」と答えています。

 これは、孫正義・ソフトバンクグループ会長兼社長や三木谷浩史・楽天グループ会長兼社長をはじめ、鈴木悌介・小田原箱根商工会議所会頭など、新型コロナウイルス禍での大会開催に対して懸念を表明する経済人が増えてきていることに対する反論としての発言です。

 しかし、これまでオリンピック開催の経済波及効果が大きいとしていたシンクタンクなどが、開催による経済波及効果に懸念を出し始めています。根拠を示さずに、「開催する方がはるかに経済効果がある」とした武藤事務総長の発言には疑問の声が多く出されています。

・緊急事態宣言による経済損失の拡大

 経済界が危惧するのは、度重なる緊急事態宣言延長による経済損失の拡大があります。今年4月の段階で、緊急事態宣言によって日本経済が被るマイナスの影響について、相次いで民間のシンクタンクが試算を発表しました。

 それによると、4月25日から5月11日の期間の緊急事態宣言で、日本の年間総生産(GDP)を押し下げる額として、大和総研は3000億円、みずほ証券は4000億円、第一生命経済研究所は4460億円、そして、野村総合研究所は6990億円といった巨額に上ると試算しました。

 さらに野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは、6月20日までの緊急事態宣言の延長により、さらに1兆2420億円の経済損失が生じ、3回目の緊急事態宣言が出された4月25日から来月20日までを合わせると経済損失は3兆1790億円に上ると試算しています。さらに失業者数も約4万9000人増加すると試算しています。

・オリンピック開催そのものがリスク化

 東京オリンピック開催によって、海外から選手や大会関係者らの入国者数を最大9万人と政府は推計しています。政府は、安全性をアピールしていますが、その対応策への不信も強く、多人数が海外から入国することのリスクへの懸念が強まっていると言えます。

 つまり、開催までは良いとしても、開催後に再び、新型コロナの流行が再燃した場合、緊急事態宣言の発出に繋がり、さらに巨額の損失を被るのではないかと懸念されるのです。

 過去に国際的なスポーツイベントを担当したある地方自治体職員は、「マスコミに名前を取り上げられるような有名選手は自重するでしょうが、中には観光気分でやってくる選手も多くいます。相手国政府が発行した正式な証明書を持っていて、プレス担当だと入国してくるのですが、デジカメ一個しか持っていなかったり、代表団の大半が行方不明になるなどということも過去に起こっているのです。バブル方式で外出させないとはいうものの、本当に厳格な監視や管理が可能なのか。違反すれば、強制退去や資格はく奪と言いますが、自分の試合が終われば、もう関係ないとなる選手も多い。国際的な大会を経験して、現場を知っていると、大丈夫だとはとても思えない」と話します。また、日本の大学で学んでいる中国人留学生の女性は、「日本から3月に中国に一時帰国した際は、空港から政府の指定したバスで、ホテルに運ばれ、厳しい監視がされて2週間滞在。さらに実家に帰っても、1週間は監視されていました。帰国して2週間で受けたPCR検査は、17回にもなりました。帰国中にワクチン接種を受けましたが、日本に戻ってくると、入国検査で入国後2週間は家にいてくださいねと言われただけで、びっくりしました」と言います。このような現状で、果たして10万人近い選手団と関係者を管理できるのかという指摘は、他の国から帰国した日本人会社員や在日外国人らからも聞かれました。

都内の通りを歩いても、オリンピック色はない。(画像・筆者撮影)
都内の通りを歩いても、オリンピック色はない。(画像・筆者撮影)

・中止しても、「景気の方向性を左右するほどの規模ではない」

 中止しても、経済に大きな影響は、もはやないという意見も出てきています。野村総合研究所が、5月25日に発表した推計によれば、東京五輪・パラリンピックを中止した場合の経済損失は、1兆8千億円程度であり、開催によって、さらなる新型コロナの感染拡大を引き起こし、緊急事態宣言の発出を余儀なくされた場合の経済損失の方が大きくなるとしています。中止しても損失額は昨年度のGDPの0・33%に過ぎず、「景気の方向性を左右するほどの規模ではない」との見解です。

 一方、東京大学大学院経済学研究科の仲田泰祐准教授と藤井大輔特任講師のグループは5月23日に、オリンピック選手ら入国による感染者数のへの影響について、「限定的」とする推計結果を発表しています。オリンピックの関係者の入国者数を10万5千人、ワクチン接種率を50%として試算しています。この結果、東京都内における1週間平均の新規感染者数は約15人、重症患者数で約1人を上昇させる程度だとしています。ただし、この試算には感染力の強い変異種は含まれておらず、さらに試算によれば、海外からの入国者よりも、大会開催による観戦者などの人流が活発化することによる感染者増の方が大きいとしています。開催によって人流が増加してしまえば、閉会後の9月、10月に感染者数が増加してしまい、経済への影響も大きくなると指摘しています。

・開催は「大博打」

 3回に及ぶ緊急事態宣言の経済への影響は、次第に大きくなっています。緊急事態宣言が出されている都道府県はもちろんのこと、それ以外の地域にも大きな影響が出ています。そんな中で、東京オリンピックの開催による経済波及効果は、ほぼ期待できない状況になっています。

 地方においては、観光産業が経済に占める割合が高く、一年以上に及ぶコロナ禍は地域経済に大きな影響を及ぼしつつあります。北海道のあるホテル経営者は、「オリンピックを開催したことで、変異種などが持ち込まれ、首都圏にさらに緊急事態宣言が出されるようなことになれば、秋以降の首都圏からの観光客が期待できなくなる。東京だけの問題ではなく、地方経済にもさらなる打撃になります」と言います。また、東北地方の金融機関職員は、「地方ではコロナも東京から持ち込まれたという発想が強い。オリンピックで海外から変異種のコロナが持ち込まれ、それが東京から広がるのではと危機感を持っている人は多い。私の知り合いは、東京の大学に行っている息子に、オリンピック期間中は危険を避けるために、東京から戻るようにと言っている」と指摘します。

 首都圏の中小企業経営者は、「オリンピックが近づき、テレビなどで日本選手の紹介が流れて、特別番組などで取り上げれば、ある程度は盛り上がるのでしょう。大半の国民は、東京都外の安全なところでテレビで観戦して盛り上がれる。しかし、政治家の人たちが選挙対策での博打勝負を仕掛けているようにしか思えない。うまくいけば、反対していた人たちを叩いて、選挙を有利に進められると思っているのでしょうか。もういい加減、経済は痛んでいるのですから、リスクを取って博打勝負に出るのは止めてもらいたいと言うのが正直な気持ち」と言います。

・経済効果は望み薄

 民間のシンクタンクの推計の通り、東京オリンピック・パラリンピックが無事に開催されたとしても経済効果は、ほとんど期待できないでしょう。しかし、変異種が持ち込まれ、感染者数が再び増加する事態になれば、9月、10月頃になって緊急事態宣言を出さなくてはいけない状態となり、日本経済にさらなる打撃が加わる可能性が強いことは、多くの専門家の指摘する通りです。

 開催中止に伴う違約金が膨大な金額に上るという意見もありますが、これも政府や東京都から実際のところが明らかにされていません。

 経済界からの様々な懸念をも無視し、経済を回すことよりも優先して開催を進める事情が、まだなにか隠されているのかと疑念を持たざるを得ません。政府は、なぜここまで経済界からの指摘や懸念を無視し、頑なに開催を進めるのか、きちんとした説明を行うべきでしょう。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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