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5万円給付断念か。岡崎市だけではない深刻な資金不足。

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
行政からの給付金は、新たな問題を生み出しつつある。(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

・岡崎市でなにが起こったのか

 11月9日、愛知県の岡崎市議会は、11月臨時会で、中根康浩市長が提案した「全市民への5万円一律給付」を含む補正予算案を巡って、紛糾。18日まで議会を延長することを決め、採決については延期することになった。

 

 10月の市長選挙で、新型コロナ対策として「全市民への5万円一律給付」を公約に掲げた中根市長が、現職候補を破って当選した。そのため、中根市長が就任直後の議会で、公約通り、補正予算を提案したわけだ。しかし、「全市民への5万円一律給付」には、約195億円という巨額の費用捻出が必要だ。

・基金を取り崩す

 問題になっているのは、この費用捻出の手段だ。自治体にとっての貯金にあたる財政調整基金の約81億円を始め、公共施設の保全整備や、公園や美術博物館、文化施設の整備、さらには市の中心市街地である名鉄東岡崎駅周辺の整備事業のためのこれらの基金の大半を取り崩すことで捻出する計画だ。

 こうした基金は、長期的な展望に立って、長年にわたり積み立てられてきたものである。仮にこれらほ大半を取り崩すことになれば、市の長期的な各種計画の見直しが必要となる。さらに財政調整基金の大半を取り崩した場合、今後、大規模災害など緊急事業が必要になった際に費用の調達が困難になる。

 こうしたことが明らかになり、市議会では主要会派が反対に回っており、会期は延長されたものの市長が提案している原案通りの支給は困難だとみられている。

岡崎市民に一律5万円支給するために必要な事業費(岡崎市の資料を基に筆者作成)
岡崎市民に一律5万円支給するために必要な事業費(岡崎市の資料を基に筆者作成)

・岡崎市だけの問題ではない

 財政調整金は、大規模災害など突発的な事態に備えての自治体の貯金と呼べるものだ。そうした観点から言えば、今回のコロナ問題のような事態に、財政調整基金を取り崩すことは間違った方法ではない。しかし、次のような懸念を指摘する声が強くなっている。

 「一律に現金を配布することが、本当に対策になりうるのか。事態の悪化が長期化する中で、困窮していない人たちにまで、現金を配って、資金が枯渇させてしまうのは、危険だ。」ある自治体の幹部職員は、危惧し、さらに「実際に多くの人が考えているよりも、地方自治体の財政は危険水域に達している」と警告する。

・深刻さが増す地方財政

 東京都では、3月下旬から7月の新型コロナウイルスの感染者の急増に対して、様々な対策を打ち出し、その原資として財政調整基金のほぼ9割を取り崩してきた。

 大阪市でも、約1500億円と豊富な財政調整基金を保持してきたが、新型コロナ対策や今後の税収不足によって、2021年度には、半分以下の約600億円まで減少すると見込まれている。

 自治体の中には、すでに財政調整基金が底をつき、他の目的で積み立ててきた基金を取り崩すところも出てきている。このように基金の取り崩しを行えば、当然ながら、計画されていた事業の中止や延期を行わざるを得なくなる。

 「新型コロナの影響が小康状態になっても、地域経済の回復にはより時間がかかる可能性も出てくる。困窮している人たちへの支援に絞り、困窮していない人にまでばらまくという事業は止めるべきだろう。」地方議員の一人は、そう話す。

・アフターコロナの復興の足かせになる

 「首長も議会も、ここまで長引くとは予想していなかった。企業の業績は軒並み悪化しており、地方自治体の税収も大幅に減るだろう。計画されていた公共事業や再開発などのまちづくり計画の見直しは、不回避だ。」首都圏のある自治体の幹部職員は、そう話す。さらに、「こうした遅れは、アフターコロナの復興の足かせになりかねない」と懸念する。

 地方自治体の多くは、政府からの地方交付税の増額や特別交付を要望している。自治体の中には、借入に当たる公債によって調達を行う必要に迫られているところも出ている。

・自身の問題として、居住する自治体の財政調整基金などの状況に関心を

 「多くの人は、景気の一層の悪化と、その先の増税を心配している。」別の地方議員はそう指摘する。そして、「そんな中で、現金を配っても、悪化に備えて貯金しておこうと考える方が普通だろう。消費を喚起する力は限定的だ」とも言う。

 11月に入り、新型コロナウイルスの感染者数は再び増加している。本格的な冬に入り、インフルエンザの流行も懸念されている。自分の住んでいる自治体の財政調整基金が大きく減少する、あるいは喪失することは、問題が発生した際に、自治体が機動的に動くことを難しくする。さらには、その他の基金まで取り崩せば、将来の公共施設などの整備、まちづくりの遅延や中止も起こり得る。

 「今、現金をもらえて得をした」というだけではなく、自身の問題として、居住する自治体の財政調整基金などの状況に関心を持つべきだろう。

 困窮者支援は、すぐにでも必要だ。しかし、困窮していない人たちにまで一律に税金を使って現金をばらまくという事業の必要性については、議会も首長も今一度、慎重に議論すべきだろう。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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