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堕ちた「好事例」~スルガ銀行、西武信用金庫の問題発覚が示すこと

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

・地方金融機関が抱く危機感

 「金融庁は、地方金融機関として地元企業や個人への融資を強化しろ、地域振興に力を貸せと言う。しかし、地方では高齢化が進み、年金を預けに来る高齢者は増加しているが、融資を求める地元企業や創業者などは減少どころかほとんどいない。そこにゼロ金利政策が実施されたことで、収益は上がらない。」

 ある地方の信用金庫理事長は、筆者に地方金融機関の苦境を訴えた。別の地方銀行では支店長から、こんな指摘もあった。

 「イオンやらセブンイレブンやらローソンにやられて、地方の個人商店は大変だと言っていたら、なんのことはない我々がやられてしまっている。」

 地方部では大企業の工場や事業所も撤退し、中小企業も減少傾向にある。そんな中で、残った融資先は、個人向け、それも住宅購入ローンなのだが、「支店も持たず、ネットだけで融資をするこうした新規の銀行が、より低利で根こそぎ住宅ローンを持って行ってしまう。質の高いコンサルティングサービスを提供すれば顧客をつなぎとめられるというが、借りる方からすれば、より低い金利に流れるのは仕方ないことだ」と言う。

 地方都市に行くと、よく保険会社の支店の跡が空きビルのままで放置されているのを目にする。それと同じことが金融機関でも起こると、この支店長は指摘する。

・貸出先がなく利子を稼げない

 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の保有する預金残高に対する貸出高の比率を言う。従来は、銀行経営の健全化を判断するのに用いられてきた。つまり、預貸率が 100%を超えるとオーバー・ローン状態となり、不健全経営を示すと判断されたのだ。

 ところが、現在問題になっているのは、この預貸率の極端な低下である。貸出先がなく利子を稼げないのだ。東京商工リサーチの調査(*1)によると、国内銀行114行の2018年3月期の預貸率は、65.53%(前年同期66.47%)で、同社が調査を開始した2011年以降で最低を記録している。預金と貸出金の差額は、278兆円にも上っており、銀行の金余り状況が深刻化していることを示している。しかし、その中でも地銀や第二地銀といった地方銀行が預貸率を上昇させているの対して、大手都市銀行は、預貸率を低下させているなど、業態などによってばらつきを見せている。

 一方、信用金庫や信用組合では、1990年代には70%近かった預貸率が、その後、低下の一途をたどり、近年では50%近くにまで落ち込んでいた。2013年頃からは下げ止まっているものの、こちらでも特に信用金庫においては、上位グループと下位グループでの格差が顕著になっている。(*2)

 スルガ銀行や西武信用金庫は、こうした預貸率の低下による金融機関の経営状況悪化が問題視される中で、積極的な融資を行い、マスコミでもしばしば取り上げられるとともに、研究者の報告などでも「成功事例」として取り上げられることが多かった。それだけに、一連の事件の発覚は、問題の根深さを顕在化させている。

・預貸率のみで判断する傾向

 預貸率の低下のみを問題視する意見に反発する意見も多い。地方銀行の銀行員の男性は、「地方経済の低迷が続き、都市銀と地方金融機関、さらには地方銀行、信用金庫、信用組合と、紳士協定的に地域や顧客の棲み分けが図られてきたものが崩壊し、そこにネット銀行が参入するに至って、顧客獲得競争が激化してきた。預貸率の低下ばかりが強調され、貸出高ばかりを問題視すると、経営陣は貸出強化を現場に押し付け、しわ寄せが現場の行員に行くのは当然だ」とする。金融庁の調査が進めば、さらに同様の事例が見つかるのではないかとする金融機関関係者は多い。

 信金中央金庫地域・中小企業研究所の調査(*3)では、2016年度に貸出金を増加させている信用金庫20金庫を分類すると、1つの業種への寄与度が突出して高い集中型は6金庫だった。そのうち、3金庫が不動産業集中型であった。人口減少からすでに大都市部でも不動産価格の低下が進んでおり、不動産業への貸出集中を疑問視する声も多かった。課せられた貸出ノルマを達成するために、現場の担当者が無理をし、それを業者側が利用するという相互依存体質が作り出されてしまった点では、昨年来問題となった商工中金の不正事件にも似ている。

・地方金融機関の役割とはなにか

 急激な人口減少に伴う市場の縮小が、様々な面に大きな影響を与えている。すでにその影響は顕在化しており、地方部においては、従来、信用金庫や信用組合が支援してきた中小企業、特にその中でも小企業や個人企業が急減している。それに加えて、長期化するゼロ金利政策は、金融機関の経営をじわじわと悪化させている。

 「低利だが確実な個人客向けの住宅ローンは、ネット経由でより低利で簡単に借りられる新興の銀行に持って行かれる。キャッシュレスが進めば、その流れが加速するだろう。中小企業の経営者は、大手都市銀行の営業マンが来れば、自分たちが認められたと喜ぶ。金融庁は預貸率の悪化を指摘するが、手足を縛られて荒れた海に放り込まれたようなもんだ。」

 ある信金の幹部職員は、そう言う。手足を縛られて、海に放り込まれれば、なりふり構わず泳ごうとするだろう。一連の不正事件は、許されるべきではないが、無理が招いた結果である。別の信金の理事長は、「大企業の都市銀行に比較すると、規模の小さな地方金融機関は、頭取や理事長のワンマン経営に陥りやすい。根性論や過度のノルマ、極端な評価制度などを導入する傾向もみられる。それだけに、経営者の資質や経営姿勢も問われるようになっている。一時的に業績を上げても、ブラック企業になってしまえば、優秀な人材を得ることもできなくなり、中長期的には経営を悪化させる」と言う。

 地方銀行や信用金庫、信用組合など小企業、個人企業を顧客としてきた地方金融機関の経営の悪化だけではなく、今回のように「優良」と評価されてきた地方銀行や信用金庫の不正事件の発覚は、問題の根深さを明らかにした。

 金融関係者や研究者の中には、「好事例だと思っていたスルガ銀行に次いで、西武信金での発覚は、ショックだ」と述べる人も多い。逆を言えば、「好事例」を演出するためには、かなりの無理や不正を行わねばならないほど深刻な状況の中にあることを理解できた点では良かったと言える。

 

 縮小する市場の下では、金融機関といえども、競争原理が導入され、思い切った合併や統合も必要があるだろう。一方で、地方経済の維持を考えた場合には、公的な性格を持った地方金融機関の必要性も否定できない。人口減少と市場の縮小は急激に進んでいる。市場の縮小だけではなく、ITやフィンテック、キャッシュレスなどの進展にも対応できなければ、地域密着型で顔の見える親しみを持たれる金融機関というだけでは、到底生き残れないほどの激しい変化が進んでいる。

 本当に必要な「地方金融機関」をどう残すのかを、国だけではなく地方自治体や地方経済界においても、地方経済の維持、小企業、個人企業の支援の観点から再度、検討すべきである。

 

 

参考資料

*1 東京商工リサーチ 2018年3月期決算 単独決算ベース「銀行114行 預貸率」調査 

*2 信金中央金庫地域・中小企業研究所「企業調査状況2018.10.3」

*3 信金中央金庫地域・中小企業研究所 「企業調査状況2018.2.9」貸出金増加率上位信用金庫の預金量規模別、立地別の貸出動向

-大都市圏では一部業種が集中的に増加、地方では幅広い業種で増加

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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