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ローカル線は本当に必要なのか ~ そろそろ「鉄道」の次を考えよう

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(著者撮影)

 15日、黒部峡谷鉄道が運賃の値上げを申請した。その理由は、乗客の減少と老朽化する施設や車両の維持管理費の増大だ。果たしてこれは、黒部峡谷鉄道だけの問題なのだろうか。

・日本を代表する観光路線だが

 黒部峡谷鉄道が申請したのは、約16%の運賃値上げであり、来年からの実施を見込んでいる。その理由として、黒部峡谷鉄道は、減少傾向のある乗客数に加え、老朽化していく橋や鉄道車両の更新、維持管理費用の増大を挙げている。

 

 黒部峡谷鉄道は、黒部立山アルペンルートを形成する日本を代表する観光ルートの一つである。2015年に北陸新幹線が開業し、北陸地方への注目が集まったことで、黒部峡谷鉄道の乗客も80万人を超した。しかし、翌2016年には約70万人、今年はさらに減少し68万人程度と見込まれている。今後、乗客数が増加する見込みは難しい。経営努力も限界だと経営陣も判断し、今回の値上げの申請となったようだ。

・鉄道やトンネルといった設備更新が重くのしかかる

 黒部峡谷鉄道の値上げ理由のうち、橋や鉄道車両の維持管理費の増大については多くのローカル線でも同様に重くのしかかる。「黒部峡谷鉄道は特別だ」とは、実際に経営に関わっている方々は笑えないはずだ。

 昨年8月、JR北海道は、夕張市に対して、石勝線新夕張~夕張間廃止を申し入れた。その際、従来の多くの自治体の対応とは異なり、夕張市長が廃線をすぐに同意したことが話題となった。この石勝線には、建設後100年近く経ったトンネルや橋などがあり、その改修には巨額の費用が必要となるというのが、JR北海道側と夕張市が同意した理由の一つである。

・「触れないように、見ないようにしてきた問題が顕在化する」

 ローカル線を抱えるある地方自治体の幹部職員は、「検討を進める中で、橋やトンネルといった構造物の老朽化が激しく、耐震対策などもほとんど取られていないことが判った。利用客の安全を考えると、不安でたまらない。」と言う。

 特に地方のローカル線や私鉄、第三セクター鉄道などは、石勝線と同様に建設後100年から50年経っているものが大半で、採算性の悪化などから抜本的な改修工事が行われていないものが多い。

 「JRの路線はまだ良いが、第三セクター鉄道や地方鉄道の場合、長年、資金不足が続いており、その話題は触れないように、見ないようにしてきているというのが正直なところだ。」

・「車両が動かなくなったら終わり」

 第三セクター鉄道の多くは、1987年の国鉄民営化をきっかけに、国鉄路線から分割民営化されたものが多い。その前後に、全国の第三セクターでは、ほぼ同じ形式の気動車を導入した。その後、第三セクターはいずれの路線も経営が厳しく、その際に導入した車両も含め、老朽化した車両が使い続けられているのが現状だ。

 「赤字補てんは、なんとか議会も納得するが、一両数千万から1億円と言われる新車両導入となると、沿線自治体の負担も相応にかかる。そうなった時には、議会もそう簡単には賛成しないだろう。」やはり別の第三セクター鉄道を抱える自治体の議員は、そう話す。

 国鉄時代の車両とは異なり、その後の世代の車両は耐用年数は短い。「抜本的な改修はできずに、言ってみれば対症療法をしながら、なんとか動かしているというのが現状。一両でも壊れて動かなくなれば、ダイヤを維持することも難しくなってしまい、その時点で終わりでしょう。」ある第三セクター鉄道の従業員は、自嘲的に話す。

・急激な人口減少の中で、鉄道は残すべきなのか'

 人口減少の影響は、日に日に大きくなってきていると言える。2020年になれば、東京23区でも人口減少が始まり、年間の人口減少数はマイナス50万人程度になると政府は試算している。

 黒部峡谷鉄道のような外国人観光客も多い観光路線ですら、今後の経営の困難さは増しつつある。現在、観光地の需要を下支えしている高齢者の観光客も、団塊の世代がすでに70歳を迎え、今後、減少傾向を急激に見せていく。その穴を、いかにインバウンド需要で埋めるかが、今後の観光地の大きな課題となっている。

 人気の観光路線ですら、そうした問題を抱えている。主要な観光地を抱えていない地方のローカル線、第三セクター鉄道に関しては、今後、さらに厳しい状況が予想される。その時に、大きな疑問がある。果たして、ここまで急激な人口減少の中で、鉄道をあえて残す必要があるのかという点である。

・上下分離、DMV・・・・・

 「鉄道を残せ」という声は、以前から比べると多少は少なくなったものの、まだまだ強く主張する人も多い。鉄道の運行会社と、鉄道線路や駅舎、車両といった設備を保有する会社に分けて、負担を軽くするという上下分離方式も、救済策の一つとして取り組まれている。しかし、赤字をどこに付け回すかというだけで、上下分離方式が乗客を増加させる訳ではない。多くの場合、赤字を抱えている「地面」の部分を地方自治体が出資して新たに作った会社に付け回しているだけで、「借金が無くなった」訳ではない。

 

 デュアル・モード・ビークル(Dual Mode Vehicle , DMV)というマイクロバスにタイヤと鉄道用の車輪の両方を付けたような車両を走らせるというアイデアもある。当初、JR北海道が開発し、全国の地方自治体などから視察が相次いだが、結局、JR北海道は採算性がないと判断し、撤退。その後、DMVを観光資源として活用するとして、徳島県が牟岐線阿波海南駅から阿佐海岸鉄道甲浦駅までの約10kmの区間に営業運行を行う方針を発表して話題になっている。しかし、ある政府関係者に話を聞いたところ、次のような説明を受けたことがある。

 「DMVの試作車両を見れば、小型マイクロバスなみの車体にタイヤと小さな車輪を付けたもので、たいていの人は驚く。さらに、その車両価格を聞けば、普通の人は、そこまでして鉄道車両にする必要があるのか、バスを導入すれば済むではないかと考える。言ってみれば、鉄道路線を諦めてもらうために、見せたようなところがあった。」

 DMVは、軽量であり、橋を渡る際に下から吹く強風に弱い。さらに、車輪の直径が小さく、積雪のある地域での使用には向いていない。そして、なにより大量生産できないための製作コストの高さと、「成熟した製品ではなく、故障が多いことや、修理部品も高額になる可能性が高い」(先述の関係者)という指摘がなされている。なぜ、そこまでして鉄道に固執しなくてはならないのか。DMVを前にして考えて欲しいのだと説明された。

 考えてみれば、DMVを観光資源として活用するという徳島県の発想が正しいのであるとすれば、全国、あちこちにDMVが走れば観光資源としての価値は下がる訳だ。阿佐海岸鉄道のように温暖で雪も降らず、観光ルートとしての可能性があり、線路の上を走るのは、実質15分程度という短距離での活用は的確であろう。それだけに、逆に他のローカル鉄道や第三セクター路線で、こうした条件に当てはまるところがあるのかどうかを考えるきっかけになるはずだ。

・地図から消える、心理的な喪失感・・・

 鉄道の維持を強弁する人たちからの指摘で多いのは、「地図から消える」と言うことや、「住民の心理的な喪失感が強い」と言ったものだ。現実には、そうしたノスタルジックな理由だけでは、利用客も減少一途で、累積赤字を膨らませているものを維持していくのは困難になりつつある。

 さらに、バス路線がインターネットの路線検索でも表示されるようになり、地方の場合、高速道路網が充実し、高速バス、都市間バスの路線が運行されるようになるにしたがって、そういった懸念も次第に軽減されつつある。

 「高校生の通学利用というのが、今まで鉄道維持の強い理由の一つだったが、学生確保のために高校側が通学バスの運行を始めることが多く、さらに沿線の高校生人口は急減しているので、その理由も薄くなってきている。」ある地方自治体の職員は、そう明かす。「住民の中からも、多額の負担を自治体が行っている鉄道に対して、その必要性をもう一度、考えるべきだという意見が増えてきている。」

・「一生懸命頑張っているのだから」で残せるか・・・

 黒部峡谷鉄道のような観光地と主要駅とを結ぶ観光路線、災害時などに必要な国土安全保障のための路線といった残すべき役割を整理していくと、残念だが「すでに役割を終えた路線」というのが出てくるのは致し方ない。

 「せっかく今あるのだから」と多額の資金を無為に投入していくことは、いわゆるサンクコストを増大させるだけで、住民のためにもなるとは思えない。特に、並行する高規格道路、高速道路などが整備されたところでは、旅客輸送の役割をバスに代替させることが、むしろ長期的には公共交通を維持することになる。

 鉄道に強く愛着を持っている人たちが、一部におり、「一生懸命に活動している」ことも、地域の活性化には大いに役立っていることは確かなことである。しかし、本気で残したいのであれば、一過性のお祭り騒ぎを繰り返すのではなく、冷徹な採算性の面からの検討も必要なはずだ。赤字でも残したいと考えるのであれば、廃止論議に感情論で反発するだけでは、事態は解決しない。ことさら、地方と大都市部の対立の構図に持っていきたがる向きもあるが、そんな単純なものではあるまい。

 鉄道路線維持に毎年投じられる多額の資金は、高齢化、少子化する地域にとって、別の部分に投じるべき重要な資金となるべきものである可能性が高い。まだ、活力が残っているうちに、JR東日本が気仙沼線と大船渡線に導入したBRT(バス高速輸送システム)などへの転換も検討すべき地域も少なくない。気が付いた時には、老朽化した車両と施設が残り、膨大な累積赤字で廃線となれば、次への展望を見ることなどできなくなる。

・発想を転換すべき

 

 筆者自身も鉄道が好きである。できることならば、地方のローカル線、第三セクター鉄道が、いつまでものんびりと美しい景色の中を走っていて欲しいとは思う。

 そう願う人が多いことも知っている。しかし、地方の現状、というよりも、我が国の現状を直視した時に、いつまでも鉄道に固執していては、すぐ目の前に近づきつつある危機を乗り越えるための準備ができないのではないだろうか。

 明治政府は、近代国家を築くために全国への鉄道網の整備を急いだ。昭和初期、阪急を創設した小林一三氏は、郊外に鉄道を敷き、そこに住宅地を造成することで、急拡大した都市部の人口を吸収することに成功した。「鉄道があれば発展する」、「鉄道の駅こそが、唯一最高の公共交通機関である」といった過去の成功体験は、確かに素晴らしい。ただ、もうそうした成功体験が役立たずになっていることは、私鉄各社の動きを見れば理解できるだろう。

 黒部峡谷鉄道の事例、夕張の事例。他地域が得るべき示唆は多い。少し立ち止まって考えるに充分な材料を提供してくれている。もう、発想を転換すべきなのだ。そろそろ「鉄道」の次を考えようではないか。

 

 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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