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名古屋駅からクルーズ? - 中川運河の舟運始まる

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
名古屋駅南を出港するクルーズ船。10月8日から運航開始。

・名古屋駅から始まる中川運河

 

 東京からの新幹線が名古屋駅に到着する時、左側の窓から真新しいビルが並ぶ一角があり、ちらりと池のような水が溜まったところが見える。実は、そこは名古屋港へ通じる運河の始まりなのだ。

 

 かつて、巨大な貨物ターミナルがあり、そこから名古屋港へ貨物を運ぶための運河が1930年に作られた。つまり、名古屋駅から名古屋港まで舟運用の運河が存在してきたのである。それが中川運河だ。

 

 高度成長期には水質の悪化がひどくなり、中川運河は汚いというイメージが定着してきた。しかし、事業場からの排水規制や下水処理技術の向上、そして運河開通の数年後より行われてきた中川口で取水した海水を堀川へ放流する水循環などの結果、水質は大幅に改善されてきた。

 

中川運河(ささしまライブ)
中川運河(ささしまライブ)

 

・「クルーズ名古屋」とは

 

 10月8日の日曜から、土日祝日にこの名古屋駅南の「ささしまライブ」から名古屋港の間にクルーズを楽しめる船を名古屋市が名古屋港管理組合と連携した社会実験として運航する。

 

 名古屋駅南のささしまライブ24地区(旧国鉄笹島貨物駅跡地)は、愛知万博のささしまサテライト会場など暫定利用が続いてきたが、あおなみ線(名古屋臨海高速鉄道西名古屋港線)の開業での「ささしまライブ」駅の再開発が進み、大学や住居など高層ビルが立ち並び、10月7日には「まちびらき」となる。

 

 一方の名古屋港は、ガーデンふ頭に名古屋港水族館、港湾内の潮見町にはワイルドフラワーガーデン「ブルーボネット」、金城ふ頭にはリニア鉄道館、レゴランドなど、観光施設が整備されてきた。また、東邦ガス跡地には、「みなとアクルス」の開発が進み、2018年には中部初の「ららぽーと」が開業予定である。

 

 こうした名古屋駅前と名古屋港地区を、かつて舟運で栄えた中川運河を利用して、新しい航路で結ぼうというのが、今回の「クルーズ名古屋」と名付けられた社会実験だ。

 

クルーズ名古屋で使用される客船
クルーズ名古屋で使用される客船

 

・運河を走る船で観光スポットへ

 

 運航は10月8日から、土日祝日に名古屋駅に近い「ささしまライブ」から往復一日20便が運航される。「ガーデンふ頭」と「金城ふ頭」の間は、既存航路のトリトンラインとも接続される。

 

 「ささしまライブ」から、名古屋港水族館などがある「ガーデンふ頭」までは約1時間、レゴランドなどがある「金城ふ頭」までは約1時間半で結ぶ。「ささしまライブ」発の朝一番の便は「金城ふ頭」までをノンストップ、65分で結ぶ目玉便だ。船は19人乗りと54人乗りの二種類で運航される。

 

・イメージを変える中川運河

 

 中川運河は、両岸の土地を臨港地区として、愛知県・名古屋市が設立した一部事務組合である名古屋港管理組合が管理し、港湾事業者に賃貸してきた。そのために、両岸には運河を利用する倉庫などが立地してきた。しかし、舟運は昭和40年代以降、急激に衰退し、現在では一日に数便の油槽所(ゆそうじょ)への石油輸送船等が通るだけになっている。そのため、名古屋市・名古屋港管理組合は「中川運河再生計画」を共同で策定し、運河再生に向けた様々な取組みを進めている。

 

 特に上流部は、ささしまライブの再開発も見据えた「にぎわいゾーン」、中流部分は集積する製造業の再活性化を目指した「モノづくり産業ゾーン」、下流の港部分は「レクリエーションゾーン」と位置付けている。

 

・人気が集まる運河沿いのカフェ

 

 こうした活性化策の一つとして、名古屋港管理組合では、中川運河沿岸用地事業提案募集を行っており、それにより昨年11月に運河沿いに開業し、人気スポットとなっているのが長良橋そばに開店した「珈琲元年 中川本店」だ。窓からの眺めが素晴らしい。北側に運河が伸び、その先に名古屋駅前の高層ビルが見える。手前の倉庫の並ぶ風景と相まって、特に夕方の光景は素晴らしい。平日でも多くの人が訪れており、土日になると空席待ちになることも多いと言う。

 

カフェからの眺め
カフェからの眺め

 

 実は、これから中川運河沿いには、こうした水辺の風景を活かした飲食店や物販店が開業していく予定だ。9月29日に名古屋港管理組合から新規事業の公募結果として、同じ長良橋そばの運河沿いに新しいレストランとショップが開業することが発表された。事業者は、デザイン性の高い調理器具の製造で有名となった地元製造企業である愛知ドビー株式会社だ。

 

 両岸にこうしたレストランやショップが開業することによって、中川運河の両岸の風景が変わってくる。さらに、こうしたカフェやレストランの窓から上り下りする船が眺められるのも、新しい楽しみが加わることになる。今まで名古屋市内で見ることのできなかった、おしゃれな景観がこれから生み出される可能性が高い。

 

・運河周遊で楽しむ景色と歴史

 

 両岸には、かつて舟運を利用したのであろう大型の倉庫や工場が並んでいる。思わず写真を撮りたくなる建物も数多い。

 

日に数便運航されている石油の輸送船
日に数便運航されている石油の輸送船

 

 運が良ければ、沿岸に設けられた油槽所に石油を運ぶ輸送船を見つけることができるだろう。

 

 篠原橋をくぐる手前からはビルの上に独特のピノキオの絵が書かれた看板が立っているのが見える。三ツ矢製菓株式会社の本社工場だ。同社の代表商品である「ビスくん」は、地元出身者には懐かしいお菓子だ。歴史を感じさせる本社ビルでは、「ビスくん」をはじめとする製品を直接購入することもできる。三ツ矢製菓のように、「この会社って、こんなところに工場や倉庫を持っているんだ」という発見も多い。

 

ビスくんの看板がユニークな三ツ矢製菓
ビスくんの看板がユニークな三ツ矢製菓

 

 この辺りまで来ると、正面には名古屋港の観覧車が大きく見えてくるはずだ。篠原橋を過ぎると、進行方向の右側が清船町、左側が清川町だ。実は、運河を作った際に、右側を~船町、左側を~川町としたのだ。

 

 両岸に並ぶ倉庫街を眺めながら、ほどなくするとキャナル・リゾート乗船場に到着する。「キャナル・リゾート」は天然温泉など温浴施設や飲食店があるリゾート施設だ。

 

 このキャナル・リゾートの南側の場所は、左右にかつて広がっていた小碓運河や南郊運河の大半が埋め立てられ、南郊公園となっている。さらにキャナル・リゾートの南側には、鉄道の高架の跡が見えるが、これはかつて建設していた貨物鉄道線の遺跡だ。このように注意してみると、様々な運河を巡る歴史遺産を見つけることもできる。

 

 やがて名四国道の高架をくぐると左手には、名古屋市交通局名港工場があり、地下鉄車両が見えると、海ももうすぐ。

 

・ミニ・パナマ運河の体験

 

ミニ・パナマ運河
ミニ・パナマ運河

 

 そして、いよいよ中川運河のクルーズの最大の楽しみである中川口通船門に船は入っていく。実は、通常、名古屋港の水面よりも中川運河の水面の方が低いのだ。そのため、この水位差があっても、船で通航できるように「閘門(こうもん)」が設けられているのだ。パナマ運河などで見られるように、進行方向側の扉が閉まった状態で船が入ると後の扉も閉め、進行方向側の水位に合わせてから、今度は進行方向側の扉を開ける。高さの差は、満潮や干潮などによって異なるが、最大で約2.4メートル。一回の水門で約9メートル、合計で約30メートル近く上下するパナマ運河と比べると、ほんの少しだが、こうした体験をできるのは、非常に珍しいことだ。

 

 この通船門を通り抜けると、名古屋港に出る。船も先ほどよりは揺れ、潮の香りが強くなる。

 

・新たな観光資源として定着するかがカギ

 

 大人一人の運賃は、ささしまライブからキャナル・リゾートが500円、ガーデンふ頭までが900円、金城ふ頭までが1500円。

 一方、名古屋駅から金城ふ頭まで、あおなみ線では350円。ガーデンふ頭までは、市営地下鉄で270円。

 

 運賃、所要時間だけで見ると、クルーズ名古屋はなかなか難しい。舟運に関しては、今までも名古屋市内はもちろん全国各地で社会実験が行われてきているが、所要時間や運賃、あるいは荒天時の運航中止などから苦戦しているところが多いのも事実である。

 

工場マニアには撮影スポットがたくさん
工場マニアには撮影スポットがたくさん

 

 カギは、効率性や値段での競合ではなく、観光路線として定着できるかどうかにかかっている。中川運河は、名古屋港の観光スポットと結ぶ路線であることや、平地を掘削して作られた運河のため高い堤防がなく、船からの景色が良いことなどから、観光路線としてのウリは揃いつつある。

 

 社会実験は、来年度も継続運航の計画だ。テレビの「ブラタモリ」などの影響もあり、再評価されている名古屋の観光だが、このクルーズもうまくPRできるかどうか、さらにただ運航するのではなく、船内での案内に工夫するなど、リピーターを得る努力がどの程度までなされるのか。

 

倉庫が並ぶ風景
倉庫が並ぶ風景

 名古屋市の担当者である坂本敏彦名港開発振興課長は、「中川運河の歴史や自然、水面から見たまちなみを感じていただき、これまで出会わなかった名古屋の新しい魅力を見つけて欲しい。」と話している。

 

 いずれにしても、景色はユニークで、楽しめる船旅であることは間違いないので、一度は出かけても良いのではないだろうか。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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