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柚香光が美貌の天才ピアニストに。宝塚歌劇花組公演『巡礼の年 〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』

中本千晶演劇ジャーナリスト
画像制作:Yahoo! JAPAN

 花組公演『巡礼の年 〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』が無事に初日の幕を開けた。「ピアノの魔術師」などと称されるものの、日本ではこれまで意外と注目されてこなかった音楽家リストにスポットを当てる。サブタイトルの「リスト・フェレンツ」はフランツ・リストの祖国ハンガリーでの名前である。

 ひとことでいうと、フランツ・リスト(柚香光)の「ほんとうの自分探し物語」である。振れ幅の大きなリストの生き様を、これまた激動の19世紀前半という時代背景と照らし合わせながら欲張りに描く。リストを演じる柚香によるピアノの生演奏シーンも見どころだ。作・演出を担当する生田大和の思いの詰まった意欲作である。

 神業のような演奏と圧倒的な美貌で女性たちをとりこにするリストが、時に狂気をはらみつつ、聖と俗の間を振れ続けるさまから目が離せない。

 一方で純粋に音楽の高みを目指しつつも、その一方では、パリのサロンのトップに君臨するために手段を選ばす、ライバルは打ち負かさずにはいられない。純粋かつ卑俗な、ある意味とても人間らしい生き様に、勝手ながら親近感を感じてしまう。

 それにしても柚香は、史実でも美男として有名だが意外とスポットが当たってこなかった人物を演じがちなスターである。昨年上演された『アウグストゥス』然り、今回のリスト然り。持ち前の美貌と、緻密で生真面目な芸風がそのような役を引き寄せるのだろうか。

◆押さえておきたい二つのポイントと、登場人物たちの役割

 この作品、演出家・生田の思いの詰まった意欲作だけに「盛りだくさんで、わかりにくい」との声も聞かれる。このため、観劇前には以下の2点を押さえておくのがおすすめだ。

 ひとつは、天才イメージの強いリストを本作では「努力の人」と捉えて描いていることだ。そしてもう一つは、リストが生きた19世紀前半が、貴族の最後の輝きと新興ブルジョワ勢力の勢いが併存した特異な時代であったことだ。

 そして、主な登場人物たちは皆、リストの自分探しに対してさまざまな方向から影響を及ぼす人である。

 たとえば、この作品におけるフレデリック・ショパン(水美舞斗)は、自分が本当は天才ではないことを知っているリストの前に立ちはだかる真の天才として登場する。ショパンは天才ゆえに、リストのような俗な煩悶とは無縁である。だが、74歳まで生きたリストに対して、ショパンには時間が与えられなかった。その意味で運命の神様は公平で残酷だ。

 本作のジョルジュ・サンド(永久輝せあ)は、まるで「同じ魂が男と女に分かれた」リストの分身のような存在として描かれる。一番の理解者であり同志、そして共犯者だ。また、性の壁を乗り越えて自由に生きる彼女は、物語全体の俯瞰者でもある。だが、その彼女が、女として最後に選ぶのがショパンなのだ。

 リストの目を覚まさせ「ほんとうに目指すべき方向」へいざなう救世主となるのが、マリー・ダグー伯爵夫人(星風まどか)である。本作タイトルの「巡礼の年」も、リストとマリーが共に過ごした日々から生まれたピアノ曲集の題名だ。だが、リストを支えるもう一つの極である「俗な野心」が再び首をもたげたとき、二人の関係は壊れてしまう。

 貴族対平民という構図の中で貴族へのコンプレックスをバネに生きてきたリストだが、その価値観をぶち壊すのが1848年の二月革命だ。これを牽引する役割として登場するのが、エミール・ド・ジラルダン(聖乃あすか)である。革命を象徴する場面でラップが使われるのも面白い。

◆SNSに振り回される現代人への問題提起?

 本作は、この時代に変わり始めた女性の生き方にもスポットを当てている。ヒロインのマリーも単なるリストのミューズには留まらず、自立して生きていこうとあがく一人の女性として描かれる。ジョルジュ・サンドはそんな彼女たちの憧れの存在でもある。

 また、この作品はSNSに振り回される現代人への問題提起もはらんでいるようだ。音楽が市民に開かれた時代にあって、リストは圧倒的な人気を勝ちえながらも、その人気に縛られ続ける。その姿に、イイネやフォロワー数に一喜一憂してしまいがちな私たちの姿が重なって見える。もしリストがTwitterをやったなら、あっという間にフォロワー100万人を獲得しつつ、大炎上を引き起こしたりもして、「このままでいいのか自分」と悩んだに違いない。

 盛りだくさんで広がりもある作品なので、多少の予備知識を持って観る方がより楽しめそうだ。予習の一助として劇団の公式サイトに、リストの生涯を解説したページや、作者が創作意図を語るページも準備されている。

 この作品とともにリスト激動の人生を伴走してみたら、その先にきっと新たな景色が開けてくるような気がする。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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