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「舞台×映像」で究極のハッピーエンドを見せる、宝塚歌劇月組『今夜、ロマンス劇場で』

中本千晶演劇ジャーナリスト
画像制作:Yahoo! JAPAN

 月組新トップコンビ月城かなと・海乃美月のお披露目公演『今夜、ロマンス劇場で』が、宝塚大劇場にて上演中だ。2018年に公開された同名の映画の舞台化で、脚本・演出を小柳奈穂子が担当する。

 時は1964年、映画が大好きな健司(月城かなと)は映画館「ロマンス劇場」に通い詰め、古いモノクロ映画を飽きることなく見ていた。その映画フィルムも売りに出されることが決まったある日、映画の中のお転婆なお姫様、美雪(海乃美月)がこちらの世界にやって来てしまう…というストーリーである(※本文の後半で結末の内容に触れているのでご注意ください)。

 原作映画は「映画の中の登場人物が生身の人間として現実の世界に現れる」という話だ。この映画を、生身の人間が演じる「演劇」の世界で体現する。そんな二重構造だからこそできる仕掛けが、随所に散りばめられているのが面白い。

 原作映画のノスタルジックな雰囲気を残しつつ、タカラヅカらしい魅力も感じさせる舞台だ。観終わった後、温かい余韻がじわじわと心に広がってくる。

 タカラヅカならではの工夫としては、美雪がいた映画の中の世界が、現実世界の対極としてしっかり描かれていることがまず挙げられる。むろんこれは役を増やさねばならないタカラヅカ的事情もあるだろうが、原作映画ではスクリーンの中にしか出てこない狸吉(蓮つかさ)・虎衛門(英 かおと)・鳩三郎(柊木 絢斗)の「三獣士」が現実世界にまでやってきて右往左往するのも愛らしい。

 さらには、美雪への愛をめぐって健司と争うスクリーン側の「ライバル」として、大蛇丸(おろちまる・暁 千星)という新キャラクターまで登場させてしまう。おどろおどろしい存在かと思いきや、意外とチャーミングな敵役だ。

 また、健司と美雪をはじめとした登場人物たちの印象も映画とは少しずつ違い、より温かく色濃く息づいているように感じられた。これもタカラヅカらしさを感じた点である。

 月城かなと演じる健司は、より大人で包容力もあって、王子も似合ってしまう。端的にいうと「そりゃ美雪も惚れますよね」と納得の、タカラヅカの男役として豊かな経験を積んできた月城だから創り上げられる健司だった。

 対する美雪も華麗なお姫さまで、やはりタカラヅカの娘役らしい美雪だった。周囲をひれ伏させる強烈なパワーは減じていた分、身近で感情移入しやすい。映画では健司が美雪と出会って成長していくさまを客観的に見守ったけれど、タカラヅカ版では美雪に自分を投影して、美雪目線で健司を見つめたくなってしまう。

 大スター俊藤龍之介(鳳月杏)の期待通りのインパクトには、大いに笑わせてもらった。これは東京公演の頃にはさらに突き抜けたキャラクターに進化している気がする。とことん行けるところまで行って欲しいと思う。

 ちなみに1964年といえば日本初のブロードウェイミュージカル『マイ・フェア・レディ』初演の翌年だ。まだミュージカルは物珍しい存在であり、「何でもかんでもミュージカル仕立てにしてしまえ」という話もいかにもありそうな時代である。そのわりに、俊藤を中心に見せるミュージカルシーンがやけにスタイリッシュなのもさすがタカラヅカだ。

 健司の友人にしてライバルの伸太郎(風間柚乃)も、熱い男として存在感を発揮している。「実家が豆腐屋」という設定まで付け加わったが、彼なら映画産業が斜陽化しても家業で大成功したに違いないと希望を感じさせてくれる。社長令嬢の塔子(彩みちる)とのハッピーなその後の予感も楽しい。

 だが、タカラヅカならではの見せ場は、何といってもラストシーンだろう。スクリーンのモノクロ映像がカラフルになっていく。そして、その光景が舞台上に現れた瞬間には目を見張る。映像技術の発達した今だからできる一番の見どころだ。

 物語の最後に健司は死を迎える。そして美雪も「最後の願い」を叶える。二人にとって、それはハッピーエンドかもしれないが、観客としては切ない。だが、最後の最後に見せられる「健司が書いた脚本」の結末により、観客も100%幸せな気分になれる。究極のハッピーエンドである。

 はからずもこの結末の演出は、不要不急と言われがちなエンタメが見せてくれる夢の世界の底力を示してくれたのでは、と思う。

 「映画の中の人はリアルな人に触れたら消滅してしまう」のが、この物語における掟である。考えてみれば、この設定はなかなか深いものがある。夢の世界は現実との距離を保ってこそ成立するものだ。近づき過ぎて現実と混同してしまったら、それはたちまち夢でなくなってしまうという警告のようでもある。

 近過ぎず遠過ぎずの距離を保ち続けるのは難しい。だからこそ「夢はかりそめ」で、多くの人はやがて忘れてしまう。

 それなのに健司は、この距離を保ち続けながら物語世界のキャラクターと生涯を共にするという選択をした。実際にはあり得ない「夢のオタク道」を描いた点で、この作品はノスタルジックなようでいて実は現代的だ。映画を見たときにはそんなふうにも感じたのだった。

 ところが、タカラヅカの舞台上で健司や美雪たちが息づいているさまを見ると、もしかしたら、これは本当にあったお話なのかも? と勘違いしてしまいそうだ。それもまた、タカラヅカ版が描こうとした「夢」なのかも知れない。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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