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重厚な楽曲と幻想的な映像が創り出す世界に酔いしれる、宝塚歌劇宙組のミュージカル『アナスタシア』

中本千晶演劇ジャーナリスト
『アナスタシア』人物相関図  ※筆者作成

 またひとつ、スケールの大きな海外ミュージカルがタカラヅカに登場した。11月7日より宝塚大劇場で上演中の宙組公演『アナスタシア』である(12月14日まで。1〜2月に東京公演あり)。

 

 アニメ映画の『アナスタシア』に着想を得て制作され、2017年よりブロードウェイでロングラン上演、その後世界各国で上演されてきたミュージカルだ。日本でも3〜4月に東急シアターオーブにて上演されたが、コロナ禍により一部日程が中止に、また大阪公演は全日程中止になってしまった。これがいよいよタカラヅカに登場である。潤色・演出を稲葉太地が担当する。

  

 帝政ロシア最後の皇帝、ニコライ2世一家は1917年のロシア革命後に惨殺されたが、その末娘アナスタシアだけは生き残っていたという、いわゆる「アナスタシア伝説」をモチーフとした作品だ。

 

 物語の舞台は革命から10年の時を経た1927年のサンクトペテルブルク、詐欺師のディミトリ(真風涼帆)は「皇女アナスタシアを見つけた者には皇太后から多額の褒賞金が支払われる」という話を聞きつけ、相棒のヴラド・ポポフ(桜木みなと)とともに一攫千金を企む。

 そこに飛び込んできたのが記憶喪失の娘、アーニャ(星風まどか)だった。自分のルーツを探し求めるアーニャをそそのかし、偽皇女を仕立て上げる教育を始めるディミトリだったが、「教育」が進むほどに変わっていくアーニャに対して次第に「彼女は本物の皇女なのではないか」と思い始める。

 いっぽう、ボリシェヴィキの警視副総監グレブ・ヴァガノフ(芹香斗亜)は街で出会ったアーニャに好意を寄せていたが、ディミトリの企みを知り、アーニャを追わざるを得なくなる。「アーニャが本物の皇女だった場合は亡き者にせよ」それがグレブに与えられた命令だった。

 パリにたどり着いたディミトリ一行は、ヴラドの元恋人で、今はマリア皇太后(寿つかさ)に仕えるリリー(和希そら)のもとを訪ねる。いよいよアーニャと皇太后の対面の時が来た…。

 開演前、降りしきる雪の結晶が幕に映し出されるさまが幻想的で、幕が上がる前から物語の世界に引き込まれる。だが、舞台は一気にロマノフ王朝の煌びやかな宮廷の世界から革命後のロシアでしたたかに生きる民衆たちの世界へ。このあたりのスピード感あふれる展開はタカラヅカの真骨頂だ。

 

 全編通じて駆使される映像が美しくダイナミックだ。とりわけロシア脱出の際、雪景色の中を疾走する列車のシーンは必見。一転して2幕では華やかなパリの街の光景となり、雰囲気をガラリと変えるのに一役買っている。

 重厚な楽曲の数々が、台詞だけでは表現できない微妙な心情の変化までも伝えてくれる。ブロードウェイより真風涼帆演じるディミトリ役に新たに提供された楽曲「She Walks In(彼女が来たら)」にも注目だ。 

 タイトルロールの「アナスタシア」ことアーニャを演じる星風まどかが快演だ。たくましく生きることこそが美しいのだ、と教えてくれるヒロインであるところが新しい。そのいっぽうで血筋ならではの高貴さもにじみ出る。終盤、星風アーニャの強さと優しさがマリア皇太后を、グレブを、そしてディミトリを次々と変えて行くくだりには圧倒された。

 そのアーニャを真風ディミドリが大きな器でしっかりと受け止めてみせる。我が道を突き進むアーニャに対して、ディミトリは詐欺師稼業で混乱の世を生き抜くことだけに必死だったのが、アーニャとの出会いでどんどん変わっていく人物だ。真風涼帆という役者はこういう役どころが似合うなと思う。持ち前の鷹揚さと卓越したバランス感覚の賜物なのだろうか。

 

 芹香斗亜演じるグレブ・ヴァガノフはとても興味深いキャラクターだと感じた。帝政ロシアを倒した新政府における権力者である。だが、じつはグレブの父親は皇帝一家殺害に直接携わっており、そのことに関しては複雑な感情を引きずっている。基本的にはアーニャとディミトリを追い詰める敵役だが、コミカルな見せ場もある。芹香らしい明るさと、心に秘めた思い、その陰影が深まるほどに面白くなりそうで楽しみだ。

 このところやさぐれたお坊ちゃん的な役が続いていた桜木みなとが、洒脱でユーモラスなヴラド・ポポフ役で新しい一面を見せてくれた。ヴラドは年配の男性だが、フィナーレではうって変わってキラキラしたスターとして登場して観客を惹きつける。

 リリーを演じるのは和希そら。芝居の巧さとショーストッパーぶりで、2幕からの登場にもかかわらず抜群の存在感だ。本来は男役の和希だが、フィナーレ場面でも女役で通したのも良かったと思う。

 

 そして、この物語のキーパーソンともいえるマリア皇太后。プライドと頑なさの中に押し隠した慈愛の心が、物語の終盤に向けて解き放たれていく。この役を演じる寿つかさは、2017年上演の『神々の土地』でもマリア皇太后を演じており、2作を通して同じ実在の人物の生涯を生きることになったが、その稀有な経験も役づくりにも活かされているようだ。

 

 この話はアーニャのシンデレラストーリーでもあると同時に、ディミトリがほんとうの愛を見つける物語でもある。楽曲の力、映像の美しさ、そしてミステリアスでスリリングでロマンチックなストーリー……ミュージカルならではの魅力が満喫できる作品だった。

 

 役が限られており、オリジナルのミュージカルと違って「当て書き」もできないため、主たる役どころ以外の人に芝居の見せ場が少ないのは残念なところ。それでも、本来ならもう少し大きな役を担って欲しい人が限られた出番に全力投球している姿も潔い。また、その積み重ねが場面全体の厚みにも繋がっていくのだと思う。

 ロシアの大地にしたたかに生きる人々、あるいはパリの街の華やかな雑踏、こうした群衆シーンの迫力もまた、タカラヅカの舞台ならではの魅力である。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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