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中国で国慶節の大型連休スタート 処理水問題を気にする中国人と、気にしない中国人 その違いは何か?

中島恵ジャーナリスト
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

日本への航空便は満席だが……

9月29日から10月6日まで、中国で国慶節(建国記念日)の大型連休が始まった。今年は中秋節も重なったため、例年より長い8連休となり、延べ20億人が大移動すると予測されている。中国国内の空港や高速鉄道などの公共交通機関は、すでに28日から早めに休暇を取った人々でごった返している。

海外旅行も堅調で、今年は中国人へのビザ免除措置を打ち出したタイのほか、近場の韓国、マレーシアなどが人気だ。中国の旅行会社の事前調査では、福島第一原発の処理水放出の影響により、日本は人気ランキングの上位に入っていなかったが、ふたを開けてみれば、連休開始からの数日間、日本への航空便はほぼ満席状態で、大人気であることがわかった。

団体旅行は一部でキャンセルも出ているが、訪日中国人観光客全体の約7割を占める個人客に大きな影響はない模様だ。

しかし、中国―日本間の航空路線そのものがコロナ禍前の半分程度しかまだ回復していないため、満席になったといっても、トータルで見ると、コロナ禍前の2019年と同程度の観光客数は見込めそうもない。その意味では、まだ中国人観光客は本格的に回復したとは言えない状況だ。

もし、訪日旅行の需要が高いと見込まれれば、今後、航空路線や便数が増える可能性があるが、処理水問題のほか、中国国内経済の悪化、国家間の政治事情などにより、今後も恒常的に顧客が見込めるとは限らない。そういう意味で、路線の増便は不透明で、中国人観光客が今後、どれほど復活してくるのか、誰にも予測できないと言っていいだろう。

処理水問題、気にしている?

日本でしばしば報道されるのは、中国人観光客は、処理水問題をどのくらい気にしているのか、という点だ。筆者もメディアから何度も取材を受けたし、一般の日本人からもよく質問される。

この問題について、一言で答えるのは非常に難しい。なぜなら、中国人は人によって千差万別だからだ。何割の人が気にしていて、何割の人が気にしていないかと明確に数字で表すことはできない。日本でも、この問題について、さまざまな意見があり、国民の何割が賛成で、何割が反対であると簡単に言えないのと同じように、中国人の意見もさまざまだからだ。

だが、ひとつ言えることがある。筆者の見立てでは、団体旅行をする人々は、この問題を比較的、気にする傾向があり、個人旅行をする人々は比較的、気にしない傾向があるのではないか、ということだ。それは今回の訪日客の動向にもあらわれている。

なぜ、そうした違いが出てくるのかといえば、そもそも、中国では、団体旅行をする人々と個人旅行をする人々には所得の壁、格差があることが関係している。

所得格差は情報格差

比較的所得の低い人々は個人旅行のビザは取得できず、団体旅行にしか参加できない。一方、比較的所得の高い人々は個人旅行のビザを取得でき、個人旅行を選択できる。日本人のように、個人の好みで、団体ツアーにするか、個人旅行にするかを選べるわけではないのだ。

中国の場合、この違いは単に所得の差というだけでなく、その人の情報量の差や情報リテラシーの差とも深く結びついている。もちろん、すべての人がそうだとは言えないが、概して、比較的所得の低い人は国内メディアを中心に見ており、友人、知人などのコミュニティもほぼすべて国内が中心で、情報に偏りがある傾向がある。

つまり、処理水の問題も、中国メディアで一方的に報道されたことや、中国からほとんど海外に出たことがない人々が発信するSNSなどから情報を入手している。中国のSNSにはデマがつきものだが、怪しいデマも多く含まれる。

中国政府は、処理水の放出が始まる前から、この問題が中国の海や、中国人が口にする海産物にも重大な影響を及ぼすと大々的に報道しており、彼らはその影響をもろに受けている。これが、考え方にも影響を与えているのは確かだ。

海外から情報を得ている

しかし、個人旅行ができる人々は、少なくとも所得が日本円で500万円以上ある人々で、中間層か、あるいは富裕層に位置している人々だ。彼らはもちろん、国内の報道やSNSなども見ているが、それだけでなく、海外の報道や、海外に住む中国人が発信するSNSなどもよく見ており、そこから多角的に情報を入手することができる。

中国人の場合、比較的所得が高い人々は、友人や親戚も海外に住んでいる確率が高く、そこから、国内の報道とは違う情報が送られてくるのである。処理水の問題についても、もし、中国メディアが発信する報道に対して疑問や質問があれば、日本在住の友人や親戚に直接聞くことができ、そこから、中国国内とは違った情報が得られるため、自分なりに判断できるということだ。

日本に住んでいる知り合いが(個人差はあるものの)日本の海産物を普通に食べていると聞けば、彼らは安心して来日するし、もし多少は気にしていても、日本旅行を断念するということはないだろう。

このように、処理水問題を気にしている人と、気にしていない人の間には、中国特有の情報格差の問題が隠れていると筆者は考えている。日本人の目には見えにくいが、中国人は一枚岩ではないのだ。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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