7月29日、東京五輪の卓球女子シングルスは、中国人選手同士の戦いとなり、世界ランク1位だった陳夢が、同ランク3位の孫穎莎を破って、見事、金メダルを獲得した。

日本の伊藤美誠は3位決定戦でシンガポールのユー・モンユに勝利して銅メダルを獲得。日本女子卓球選手(シングルス)として初めて表彰台に立ち、日本女子卓球界に新たな歴史の1ページを刻んだ。

中国でも、もちろん女子シングルスの戦いを視聴していた人が大勢おり、熱狂していたが、筆者が見るかぎり、中国人同士の決勝戦については、男女混合ダブルスの決勝戦のときや、伊藤と孫の対戦のときなどと比較すると、やや「盛り上がり」に欠けていたように見えた。

女子シングルスは、前評判通りに中国人選手が勝ち上がり、どちらが勝っても中国人が金メダルをとることができる、という安堵感や余裕があったからなのだろうか。中国人視聴者の興味は、わずかに失われていたように見えたのだ。

もしかしたら、それは筆者の杞憂かもしれないが、中国のSNSなどを見てみると、やはり、というべきか、筆者と同じように感じていた中国人もいたようだ。

世界最強の卓球王国

「どっちが勝っても、まあ、中国が優勝だから」、「やはり、陳夢が格上、きっと陳が勝つよね」といったコメントがあり、もちろん、楽しんで観戦してはいるものの、オリンピックという国際舞台で、何としてでも外国人選手に打ち勝ち、「世界の頂点に立つのだ」といった意気込みや、手に汗握るような緊迫感はあまりなかった。

それは、日本人同士の戦いに当てはめて想像してみたら、わかるだろう。もし日本人同士がオリンピックの決勝戦の舞台に立ったら、それは日本人として、本当にうれしいし、誇らしい。しかし、外国人選手と戦うときとは、少し注目度が異なるのではないかと思う。

中国は自他ともに認める世界最強の卓球王国だ。

中国の卓球がなぜ強くなったのかについては、これまでも多数のメディアで報道されてきた通りだ。

1959年の世界卓球選手権で初めて中国人選手が優勝したことをきっかけに、中国全土でさかんに卓球が行われるようになり、政府もそれを奨励、支援した。

全国津々浦々から、卓球の才能がある子どもたちが選抜され、ときには親元を離れて、卓球の英才教育を受けるという、中国独特の選手強化システムも出来上がった。1971年に有名な「ピンポン外交」が行われ、政治に利用してきたこともあった。

卓球人口は一説には約8000万人ともいわれており、すそ野は広い。中国全土の学校や公園には卓球台があり、誰でも、どこでも卓球に親しめるような環境が整備された。

そうしたことから、次第に選手層が厚くなり、超級リーグなどもでき、14億人の中から次々と強い卓球選手が輩出されるようになっていって、世界一の「卓球王国」となった。

1988年のソウル五輪から2016年のリオ五輪まで、全32個の金メダルのうち28個を中国が獲得したというのは有名な話で、卓球で中国が金(メダル)をとることは、中国人にとっては、もはや「当たり前」のようになった。

現在でも、それは変わっていない。国際卓球連盟が発表した世界ランキングを見ると、男子は1~3位が中国人選手(日本の張本は4位)、女子は2位の伊藤を除き、1~7位までが中国人選手だ。

シンガポールや台湾など「中国系」の選手も多いし、世界各国には中国人のコーチも散らばっている。中国人なくして、世界の卓球界は成り立たないくらいになってしまった。

卓球が強すぎることによる弊害

しかし、中国の卓球があまりに強すぎることから、逆に、世界にライバルが少なくなるという皮肉な現象が起きてしまった。海外のライバルも同じ中国系であるということも増えた。また、中国国内でも、完璧すぎる選手同士の戦いは面白みがなくなってきた。

中国在住の40代の友人に話を聞いてみると、「1990年代、超級リーグができたばかりのときには盛り上がり、確かに夢中になって観戦したこともあったけれど、ここ数年は、正直いって、卓球に対する関心は、ほとんどなくなってしまった」と話していた。

その友人によると、昔は卓球をやったことがある、という人が多く、卓球選手への憧れや親しみ、卓球自体への関心も高かったが、最近では、そうではなくなってきたという。キャラの濃いスター選手もいないし、何よりも、みんな仕事や遊びに忙しくて、興味がある分野も多様化し、そこまで卓球を意識することがなくなったというのだ。

その友人の20代の息子も、小さい頃からバスケットボールやサッカーに夢中で、米NBAの試合やサッカーのワールドカップなどは一生懸命見ているが、「国技」ともいえる卓球への興味や関心はあまりないそうだ。

バスケットやフィギュアスケートなど、他のスポーツ競技は、中国人選手が外国人選手と伍して戦うし、強力なライバルとの接戦が見ものだが、卓球の場合、国内大会、国際大会ともに、どこを見ても中国人選手ばかりなので「つまらない」と話しているという。

ライフスタイルの変化も関係

こうしたことが起きている背景には、中国社会の大きな変化もある。

中国では10年ほど前からスマホが爆発的に普及した。スマホでSNSやニュースなどを見ている中国人が増え、彼らの間で卓球などスポーツ観戦に割く時間が減少し、関心が薄くなった。

1日の多くの時間を勉強や仕事に費やすのは当然だが、それ以外に、ゲームをしたり、ドラマを視聴したりする娯楽の時間も多くなって、以前とは中国人のライフスタイルや時間の使い方が変わってきた、ということも関係あるだろう。

むろん、4年に一度のオリンピックは、非日常のスポーツの祭典であり、誰しも気持ちが高揚するものだ。

日本人が、柔道ではとくに日本人に金メダルをとってほしいと思うのと同じように、中国人も、他の競技以上に、卓球の試合には熱が入る。それは事実だ。ふだんは強い関心がなくても、このときとばかりに「卓球王国・中国」を世界にアピールしたいと思っている人も多いだろう。

だが、実は、国内での卓球人気は、これらの理由でじわじわと下がってきており、それを中国人も自覚し、中には心配している人もいる。そのことが、中国人同士で戦った女子シングルス決勝戦の際の「静けさ」で露呈してしまったように感じた。