新型コロナウイルスの影響により、テレワークとなったり、オフィスの近くでお弁当のテイクアウトをする機会が増えたりすると、「汁もの」が恋しくなりますね。暑くなってくると、パンチのきいた辛い料理も食べたくなります。

 筆者も先日、ランチ時に中華料理店でタンタン麺(担々麵)を見つけて、つい注文してしまいました。とても美味しかったのですが、考えてみると、汁がたっぷり入ったタンタン麺は日本が発祥で、中国ではほとんど見かけたことがありません。

 食べながら、本場の中国では「汁なし」の担々麺が「当たり前」であるということを、ふと思い出しました。

 ふだん、何気なく日本で食べている中華料理が、実は「中国にある料理とはかなり違う……」と思うことはよくあるのですが、そのひとつがタンタン麺です。

昔は天秤棒で担いで売っていたタンタン麺

 中国のネットでタンタン麺の中国語、「担担面」(ダンダンミエン)について由来を調べてみたところ、以下のような解説がありました。

【タンタン麺は中国四川省の軽食。ラー油、ゴマ油、ひき肉、ネギ、ニンニク、野菜、花椒(ファージャオ、四川省のスパイス)、醤油などを入れて混ぜ合わせた辛い麺料理。1841年に陳という男性が考案した。天秤棒に調味料や麺、器などを担いで持ち歩き、販売したことから、このように呼ばれるようになった。2013年、中国ホテル協会の「中国十大麺料理」に選出された】

 確かに「担ぐ」という文字が料理名に入っていることを不思議だな、と思っていた人もいるかもしれませんが、天秤棒に材料や器を入れて移動販売していた料理だったので、汁は持ち歩きにくかったという事情があったのかもしれません。中国各地には、他にも汁なしの和え麺はけっこうあります。

 前述の解説に「軽食」とありますが、四川省のタンタン麺は、日本のお茶碗くらいのサイズの小碗に、麺と調味料、具材を入れて混ぜ合わせて、さっと食べるものです。

本場・四川省の汁のないタンタン麺(中国のサイト「百図匯」から引用)
本場・四川省の汁のないタンタン麺(中国のサイト「百図匯」から引用)

 では日本の「汁ありタンタン麺」はどのように誕生したのでしょうか?

 日本のタンタン麺は、「日本の四川料理の父」といわれる陳建民氏が考案したといわれています。1993年から1999年までフジテレビ系で放送された『料理の鉄人』などで名を馳せた陳建一氏のお父さんで、日本中に四川料理を広めた料理人です。

回鍋肉やエビチリも本場とは異なる

 陳建民氏は1919年、四川省で生まれ、10歳で料理の世界に入りました。中国各地の料理店で働いたあと、台湾や香港などのレストランを経て、1952年に日本にやってきました。

 日本でももちろん、四川料理を作っていたのですが、本場のタンタン麺は日本人には辛すぎたことや、四川と同じように小さなお椀で提供するスタイルが日本人には合わなかったことから、スープ入りで、マイルドな味つけのタンタン麺に改良し、ラーメンのような形で売り出したことが成功したといわれています。

 陳建民氏により改良された料理は他にもあります。

 回鍋肉(ホイコーロー)は、今ではこの漢字を中国語風に読める人が多いくらい、ポピュラーな中華料理になりましたが、本場では豚肉とにんにくの葉を使って作る料理です。日本ではにんにくの葉があまり手に入らなかったため、陳氏はキャベツを使うようになった、といわれています。

中国人が日本の回鍋肉や羽根つき餃子を見て衝撃を受ける理由

 干焼蝦仁(エビのチリソース)も、陳建民氏が日本人向けに甘いケチャップを使用し、これが一般の人々の間で人気になりましたが、中国ではケチャップは使用しません。

 日本人の好みに合うように改良されたことにより、日本の代表的な中華料理の一品として定着しましたが、中には、どこの中華料理店にもあるメニューなので「きっと中国にもあるだろう……」と、漠然と誤解してしまっている人がまだいるかもしれません。

 おもしろいことに、日本では2000年以降、本場に近い「汁なしタンタン麺」も中華料理店のメニューに並ぶようになりましたが、広島県では本場のタンタン麺に独自のアレンジを加えた、「汁なし」のタンタン麺がB級グルメとして流行り、普及しました。

 また、千葉県勝浦市には、地元の海女や漁師が冷えた身体を温める料理として、ラー油を多く使った辛い「汁あり」の「勝浦タンタン麺」があるなど、本場・四川省の中国人が知ったらビックリの“進化”を遂げています。

参考記事:

中国で最も難しい漢字を使うビャンビャン麺 日本にじわじわ浸透中?

日本のラーメン模様のどんぶり、実は中国には存在しなかった!