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中国で最も難しい漢字を使うビャンビャン麺 日本にじわじわ浸透中?

中島恵ジャーナリスト
セブン-イレブンの一部店舗でのみテスト販売中のビャンビャン麺(筆者の友人撮影)

「まさか、こんなところで出合えるとは!感激!」

 ゴールデンウィーク中のある日。以前中国で知り合った友人が、中国のビャンビャン麺という中華料理の写真をSNSに投稿していた。こんなところとは東京都内にあるセブン-イレブンで、お弁当や麺類などが置いてあるコーナーだ。

 私はその投稿を見て驚き、急いで近所のセブン-イレブンまで買いに走ったのだが、残念ながら周辺の2店舗では見当たらなかった。検索してみると、ビャンビャン麺はそのころ東京都墨田区、江東区、千葉県の一部の店舗でのみ期間限定でテスト販売されていたということがわかったが、同時に「ついに日本でもビャンビャン麺が売られるような時代になったのか!」という、ある種の感慨が、私の中でじわじわと沸き上がってきた(セブン-イレブン・ジャパンによると、6月10日現在は、目黒区、大田区、横浜市の一部でのみテスト販売中)。

 なぜそんなにビックリしたかというと、ビャンビャン麺は中国でも一般的ではない、ごく一部の地方で食べられている麺料理に過ぎないからだ。数年前から東京でちょっとしたブームになっていた蘭州ラーメンは中国の多くの地域に店舗があり、北京などではけっこう見かける食べ物だ。

中国本場のビャンビャン麺(中国の検索サイトより筆者引用)
中国本場のビャンビャン麺(中国の検索サイトより筆者引用)

 だが、ビャンビャン麺は中国国内でも有名な料理ではなく、多くの地域で食べられているものではない。例えるならば、山梨県の郷土料理である「ほうとう」が中国の有名コンビニの店頭で「ほうとう」という日本語名のまま売られているようなもの、といってもいいかもしれない。だから、とても驚いたのだ。

もともとは陝西省の郷土料理

 ビャンビャン麺とは、中国内陸部の陝西省(せんせいしょう)で食べられている幅広の麺を使った料理のこと。原料は小麦粉で、水と塩を加えてこねて生地を作り、それを手で3センチくらいの幅まで伸ばす。見た目は「ひもかわうどん」と「きしめん」の中間のような太さだ。鍋で麺を茹で上げたあと、唐辛子や酢、醤油、花椒(中国の胡椒)、肉や野菜などを上に載せたり、混ぜ合わせたりして食べる。中国では1種類ではなく、上に載せる具材によって、何十種類ものビャンビャン麺がある。

 陝西省といってもほとんどの日本人はピンと来ないだろうが、中国の内陸、やや西北部に位置し、隋や唐の都、長安(現在の西安)があったところで、シルクロードの起点となっている。陝西省や、隣接する山西省などは古くからの粉食文化圏で、コメよりも麺が多く食べられていたが、そこで生まれたのがビャンビャン麺だ。

 私がビャンビャン麺の存在を知ったのは、四半世紀以上も前の1990年代前半だった。仕事で訪れた西安の街のあちこちに、あらゆる種類の麺料理の店があったが、中でもビャンビャン麺の看板は強烈で、私は思わず、乗っていたクルマの窓から身を乗り出して、しげしげと見た記憶がある。何しろ、これまでに一度も見たことがないほど難しい漢字が書かれていたからだ。

 その漢字というのがこれだ(=写真)。中国の検索サイトで調べてみても「biang biang面」(面は麺のこと)と出てくるだけで、パソコンで漢字に変換できない。字画は58画もあり(56画、57画という説もある)、中国で最も難しい漢字のひとつとされている。

筆者が2018年に大連で見かけた看板(筆者撮影)
筆者が2018年に大連で見かけた看板(筆者撮影)

中国人も書けない難しさ

 調べてみると、ビャンビャン麺の「ビャン=biang」は陝西省の一部地域の方言から生まれた文字で、中国語辞典にも載っていない。つまり、一般的に使われている中国語ではない。ビャンという表現は「平たい麺を打つ音」や「麺を茹でるときの音」など諸説あるが、明確にはわかっていない。なぜこのように画数の多い文字になったのかも定かではないが、この地方の人々もさすがに書けないらしく、書くときのヒントとなる「覚え歌」まで存在するそうだ。

 しかし、このあまりにも難解な文字を使った料理であることが逆に「おもしろい!」と中国人の間でもウケて“宣伝”となり、しだいに中国各地でも知られていき、ここ数年、別の地域にも店ができ始めた。私も2年前に大連の街角で偶然見つけて看板の写真を撮ったのだが、それがついに海を越えて、日本のコンビニにも上陸したということだ。

 日本ではかなり前から「刀削麺」を提供する中華料理店があり、知名度も高まってきているが、刀削麺も同じく陝西省や山西省で食べられている料理であり、刀で削ったような麺の食感が日本でも受け入れられている。しかし、ネット上にあるビャンビャン麺の「まとめ」サイトを見ると、東京、大阪、奈良、広島などにビャンビャン麺を提供する中華料理店があり、さらに、セブン-イレブンのテスト販売により、ビャンビャン麺マニアもじわじわと増えていることがわかった。

セブン-イレブンのビャンビャン麺を混ぜたところ(筆者の友人撮影)
セブン-イレブンのビャンビャン麺を混ぜたところ(筆者の友人撮影)

ビャン活する人、急増中!?

「まとめ」サイトに次のようなコメントを見つけた。

「日本向けにマイルドな味つけとなっていて幅広うどんの油そばという感じ。初めての人でも抵抗なく食べられそう」

「カタカナだけでなく、激ムズビャン字をメインに据えたこともすばらしい!」

「いやぁ、しかし、ビャンビャン麺がコンビニの棚に並ぶさまは、実に胸熱。こうしてまたひとつ、食文化が新たに広がり、伝わり、浸透してゆくのだなぁ」

 無類の麺好き、中国の麺好き、エスニック料理好き、あるいはコンビニの中華マニアなどが、こぞって「ビャンビャン愛」を書き込んでいたのだ。ビャンビャン麺を食べることを「ビャン活」というらしい。コメントにあるように、私も「ビャン」の難解な文字をそのまま日本でも使用したところが「ツボ」だと感じているし、日本の食の多様化がさらに進んだことをひしひしと感じている。

 私の友人で長年中国に駐在した経験のある男性も、つい先日SNSでセブン-イレブンのクイズのページ(=写真)をシェアしていて、早速食べてみたと話していた。友人は中国でもビャンビャン麺を食べた経験がある“中国通”だが、「基本的に味は一緒で大変おいしいです。ただ、辛さはやや弱めなので、我が家では四川ラー油をガバガバかけて“加麻加辣”(2種類の辛さを加える、という意味の中国語)しています!」との話だった。

セブン-イレブンのクイズ(ウェブサイトより筆者スクリーンショット作成)
セブン-イレブンのクイズ(ウェブサイトより筆者スクリーンショット作成)

 セブン-イレブン・ジャパン広報室の担当者によると、「現在(6月10日時点)はテスト販売中で、全国販売するかどうかは未定」とのことだったが、もし反響が大きければ、同社の他の中華系ヒット商品と同じように全国販売する可能性も十分あるだろう。

 外出自粛の中、また、猛暑になりそうな昨今、脳トレの一環として「ビャン」の文字を家で書いて練習してみるのもいい。そして何より、ぜひ蒸し暑い日本で辛いビャンビャン麺を食べてみたい!

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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