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日本人の職人魂を持った上海随一のイタリアンシェフって?

中島恵ジャーナリスト
上海のイタリア料理店『TOPCHEF』のオーナーシェフ、ジャッキーさん

久しぶりに上海を訪れました。上海では取材相手の希望に合わせて中華を食べることがほとんどですが、たまには日本食ということもあります。ですが、イタリアンに出かけることはめったにありません。

「上海でイタリアン? なんで?」と思いつつ友人に誘われて出かけたのは、蒙自路という小さなストリートにある小さなイタリアンレストラン『'''TOP CHEF(トップシェフ'''』。黒を基調としたおしゃれな内装ですが、店内は45席とあまり広くなく、「ここが本当にそんなにすばらしいレストランなの?」というのが第一印象でした。

ですが、料理が運ばれてきてびっくり。生ハム、サラダ、魚介のカルパッチョ、ピザ、そして豪快にグリルしたロブスター。素材の味を存分に生かした逸品が次から次へと運ばれてくるではありませんか! おまけにシェフが厳選したというワインのおいしいこと! しかもサーブするウエイターは全員イケメン! 

聞けば、この店のシェフは日本に修業に行ったことがある日本通だということで、今や「イタリアンでは上海一」というほどの腕前だとか。上海万博でイタリア館のメインシェフを務めたこともあるそうです。一体どんなシェフなのだろう? 期待に胸を膨らませながら、後日あらためて取材にうかがうことにしました。

「日本人シェフから『おまえ、イタリア料理好きか?だったら教えてやるよ』といわれたことが、私の運命を大きく変えたのです」

日本語通訳からイタリア料理人へ

オーナーシェフである薛哲君(英語名:ジャッキー)さんは大柄で坊主頭。恥ずかしそうな笑顔を見せながら、流暢な日本語でこう語り始めました。ジャッキーさんは1982年、上海生まれ。中国では80年代以後の豊かな時代に生まれた若い世代を「80后(バーリンホウ)」と呼びますが、ジャッキーさんもそのひとりです。

高校卒業後、「中国語以外の言葉を身につければ、仕事に困らないのでは」という考えから南京にある日本語の専門学校に進学。その後、上海にイタリア料理店を開店している日系企業に通訳として採用されました。そこで出会ったのが、日本人のイタリア料理シェフ。厨房で通訳をしているとき、前出の言葉をいわれたのが人生を方向転換するきっかけとなったというのです。

ジャッキーさんは日本語学校に入学する前に少しだけ中華料理の学校で学んだことがあり、料理は大好き。そんな気持ちを見透かされたのか、シェフのこの一言に大きくうなずいたといいます。そして、通訳としてではなく、本格的にシェフについてイタリア料理を学ぶようになって4年。シェフが日本に帰国することになったとき、自然と「自分も日本でもっと料理を学びたい」という言葉が口をついて出たそうです。

「日本人の料理人は決して妥協しないですね。素材を厳選する目、調理の基本と独創性、お客様に対するサービス精神、そして見えないところまで丁寧に仕事をするところがすばらしいと感じました。日本人のまじめな気質がイタリア料理の随所に現れていると思い、この師匠についていきたいと思いました」

2005年初めから2006年末まで、日本の高級イタリア料理店で2年間修業の日々を送りました。朝9時の仕込みから始まって、夜の後片づけまで、仕事は1日14~15時間もの長時間。従業員寮に住み、必死で修業する毎日でしたが、辛いと感じたことは一度もなかったとか。むしろ「毎日楽しくて仕方がなかったですね。いつか自分の店を持つんだ、と心に決めていましたから、大変でもがんばりました」。

日本で修業中、心に強く残っていることは2つ。1つ目は、日本人は仕事中にミスしたら、必ず謝るということ。

「中国人は自分が間違っても決して非を認めようとしませんが、日本人の謝っている姿を見て感動しました。間違いを認めるからこそ、次はミスしないようにする。そうやって、ちゃんと仕事を覚えていくんだと思います。中国人は謝らないから反省もしない。だから次もミスをしてしまう。仕事に対する責任感の違いだと思いました」。ジャッキーさんはこのように語ります。

2つ目は塩の使い方について。どんな素材でも塩をうまく使いこなしているところに感心。「塩の使い方しだいで、うまみが出てきますね。日本人は素材を大切にしますが、塩をどう生かすかで素材の本当の味が出てくると思います」。

ここまで日本について理解したジャッキーさんですが、日本から上海へと帰らず、イタリアにも修業に行きました。

「イタリア料理の店を開くのに、イタリアに修業に行っていないのでは話にならないですよね。周囲から信用してもらえません。ですから、本場イタリアで学ぶことは必要不可欠なことだと思いました」

ここがジャッキーさんのすごいところです。

トリノにあるイタリア料理専門学校に入学し、イタリア料理の基本から学び直し、学校の紹介を得て、トリノの料理店ではトリノ名物のチーズやクリームを使った料理を、フィレンツェの料理店ではステーキなど肉料理を、ナポリの料理店ではナポリピザや海鮮料理を、それぞれ学んだのです。

上海万博のイタリア館でメインシェフをつとめる

こうして日本で2年、イタリアで3年の修業を経て、2009年に帰国。2010年、上海万博のイタリア館では、中国人やイタリア人のスタッフを従えて、イタリア料理のメインシェフを半年間つとめ上げました。イタリアの大統領や、プラダ、フェラガモといったイタリアを代表する企業経営者にも料理を振る舞いました。

念願だった自分の店、『TOP CHEF』を上海にオープンしたのは2011年1月のこと。

開業資金は、上海の繁華街なら少なくとも200万元(約3000万円)はかかるといわれているところ、手持ちの100万元でなんとか探し、上海人でもあまり知らないこの地味な蒙自路で、コーヒーショップだった店を居抜きで借りることにしたそうです。有名な観光地である「新天地」の10分の1という破格の安さながら、不利な立地でのスタートでした。

最初のスタッフはホール3名、厨房3名のわずか6人。しかし、開店して1カ月もすると少しずつ評判を呼ぶようになり、スタッフは20人にまで拡大。評判が評判を呼ぶようになり、現在は地元の上海人が50%、イタリアやフランスなど欧米人が40%、日本人が10%という割合でお客様がやってくるようになりました。

看板料理は塩をかけて絶妙な温度でグリルし、オリーブオイルをかけた「グリルロブスター」。私が訪れたときには、スペインで自ら買ってきたという生ハムといちごの盛り合わせを惜しみなく提供してくれました。別の日には、日本の長崎で買い付けた黒マグロのカルパッチョを出すなど、定番メニュー以外にも、入荷したばかりの素材で創作料理を出すことがあるそうです。

「自分はオーナーシェフですが、あまり材料の計算はしないんです(笑)。まず、お客様に喜んでほしいという気持ちが先に立ってしまうので。それで喜んでくださったら、きっとまた何度も店に足を運んでくれる。それでいいと思っているんです」

ジャッキーさんの評判を聞きつけて、温州や杭州など周辺地域からお金持ちが「こっちでも店を出さないか。開業資金は出すから」と勧誘してくるそうですが、ジャッキーさんは首をたてに振りません。

「クオリティを保てる保証がなかったら、2号店は出しません。お金儲けのためにイタリア料理店をやっているわけではないので…。いずれスタッフが育ち、今と同じだけの料理とサービスが提供できるのなら考えますが、まだ焦る必要はないと思っています」

ドキュメンタリー映画『すきやばし次郎』を繰り返し見て感動し、何度も涙を流すところなど、まさにジャッキーさんの心は日本の料理人そのもの。食品偽装や食の安全性が問われる中国ですが、ジャッキーさんのように厳しい目で素材を選び、最高の料理でお客様をもてなしたいと考えている中国人シェフもいるのです。

「今はあまり知られていない蒙自路ですが、このストリートを自分の店から有名にしたい。そして、80歳まで現役のトップシェフとしてがんばりたいですね」

予約の取れない店『TOP CHEF』、ジャッキーさんの料理人人生に最大級のエールを送りたいです。

【お店情報】

予約電話:(021)5302-8132

上海市蒙自路169号(地下鉄9号線 馬当路駅から徒歩5分、麗園公園の近く)

ランチ 11:30~14:30(50~100元のセットランチ)

ディナー 17:30~23:00(料理のみで200~400元前後、お酒によって価格は変動)

「ぐるなび上海」でも検索可

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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