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イオン“価格据え置き“で勝負の夏… 背景にプライベートブランド商品をめぐる日本の「特殊な事情」も

中井彰人株式会社nakaja lab 代表取締役/流通アナリスト
(写真:イメージマート)

【値上げラッシュの中、イオンPBの価格据置は続く】

「値上げ」に関するニュースが毎日のように報じられているが、日々の暮らしの中でも実感することが多くなってきた。統計データではどうなっているのか、消費者物価指数の動きをみてみた。品目別に2021年5月と2022年5月の指数を較べてみると、大きく上昇しているのが、電気・ガス代+15.9%、石油製品+13.9%、生鮮食品+8.7%、非耐久消費財(日用消耗品雑貨の類)+6.4%、食料工業製品+3.1%、などとなっており、エネルギー、食品、日用雑貨といった生活に直結する支出項目で、目立った価格上昇があり、我々の財布を直撃していることがわかる。

そうした中、イオン・グループはプライベートブランド(PB)トップバリュについて2021年9月に2022年6月までの価格据え置きを発表していたのだが、2022年7月以降についても、約5000品目のうち3品目を除く、ほとんどの商品の価格を当面据え置くということを発表した。西友も2022年7月以降、一部を除くPBの価格据え置きを発表しており、イオンは可能な限りPB値上げを先送り、値上げを最後までしないという判断をしているようだ。なぜそこまでしてPBの価格据え置きにこだわっているのだろうか。その背景には日本における根強いナショナルブランド(NB)信仰があるように思われる。

【根強いナショナルブランド信仰】

国内2大流通グループであるセブン&アイ、イオン・グループの2021年度の食品売上におけるPBが占める割合はそれぞれ25%(セブン・イレブンに関するデータ)、20%と公表されているのだが、これは欧米諸国の3~5割といった比率からすれば、決して高い水準ではない。日本ではメーカーNBのブランド力が強く、消費者は大手小売業のPBよりもメーカー品の品質を信頼する傾向が高いと言われてきた。徹底的に価値を訴求してきたセブンプレミアムを除き、トップバリュを始めとする小売各社のPBは、基本的にNBより安いことで訴求する域から脱してはいない。消費者は一般的には、小売PBとはNBの廉価版である、という認識を持っているといっていい。

価格訴求型の食品スーパー大手オーケーはこうした消費者の嗜好を踏まえ、PBをほとんど扱うことなく、NBを他社比最安値で提供し続けるという戦略で、首都圏トップクラスの食品スーパーにのし上がった。消費者は、品質が担保されたNBの最安値より安い小売PBがあったとしても、その品質が同じであるとは考えないため、最安値NBを好むという傾向がある。このため、例えば、イオンがトップバリュで、絶対額最安値の品揃えをしたとしても、NBで最安値を実現するオーケーを支持する消費者の方が多い、ということである。

画像制作:Yahoo! JAPAN
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【生活必需品一斉値上げで注目されるプライベートブランド商品】

イオンとすれば、最大手としての流通量を背景にトップメーカーと共同で開発しているトップバリュの品質には自信を持っているだけに、これまでの強固なNB信仰には長年、歯痒い思いをしてきたはずだ。こうした経緯を踏まえれば、値上げラッシュという今世紀初の事態は、イオンにとってPBを手に取って試してもらう千載一遇のチャンスに他ならない。限られた財布の中からやりくりせねばならない消費者からすれば、こうした生活必需品の一斉値上げに対処するためには、不要不急の品目への予算を削ること、もしくは、生活必需品の単価を下げること(量は減らしづらい)、これしか当面手はない。となれば、絶対額で安いPBに切り替えてみて、品質に問題なければこれを機にPBで代替するというのは、消費者としては自然の流れだと言えるだろう。

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最近では、NBからPBへの切り替えと思われる購買行動が、データでも把握されており、消費者は積極的にPBを試しているという状況にあるようだ。実際、イオントップバリュ商品の売上も順調に推移しているようで、前年比+10%以上伸ばしていると報じられている。この機にトップバリュのコスパを体感してもらうことが出来れば、NB信仰の風向きが変わる可能性もあるのであり、イオンとしては最後の最後まで値上げを抑え、その後も絶対額最安値を目指す姿勢を維持することが予想される。

絶対額での低価格ということならば、低価格PBで店舗網を広げてきた神戸物産の業務スーパーも注目の企業であろう。業務用の大容量商品は多いものの、実際は価格志向の消費者が過半を占めるといわれる業務スーパーは、既に絶対額の安さでは消費者にもかなり浸透している存在だ。巣ごもり需要の追い風が一巡し、食品スーパー業界では多くの企業が前年割れとなりつつある中、前年比着実に売上を増やし続けている(図表)。低価格だけではなく、競合にはないような商品も多く、既にSNS上でファンによる自発的な商品解説や、レシピ紹介なども行われており、値上げラッシュを背景にファン層がさらに拡大する可能性も高い。原材料高騰には頭を痛めていると公言しつつ、コストの抑制に向けたさまざまな努力や、DXを活用したローコスト運営店舗のアピールにも余念はなく、今後その存在感はさらに増すことになるだろう。

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【本当に生き残るための要件は真のコスパだ】

円安、輸入原材料価格高騰、エネルギー価格高騰を主要因としたコストの上昇は、基本的には海外への富の流出であるため、最大の雇用主である国内中小企業の分配向上にはつながり難い。当面、大半の消費者は収入が増えることは期待できない、ということであり、財布のやりくりはこれからも続いていくだろう。絶対額低価格へのニーズは高まり、低価格PBを供給出来る小売業はしばらく大いに繁盛することになるだろう。ただ、消費者は賢明なので、一度試してコスパが合わないPBだと判断すれば、次からは見向きもしない。本質的に競合よりも優れたコスパの商品開発が出来ていないと判断された場合、その失望の反動から一気に閑古鳥となる可能性もある。安かろう悪かろうをこの国の消費者は許さない、ということは肝に銘じておくべきだろう。

株式会社nakaja lab 代表取締役/流通アナリスト

みずほ銀行産業調査部で 小売・流通アナリストに10年以上従事。2016年同行を退職後、中小企業診断士として独立、開業。同時に、慶應藤沢イノベーションビレッジでベンチャー支援活動を開始。並行して、流通関連での執筆活動を継続し、TV出演、新聞、雑誌などへの寄稿、コメント提供、講演活動などを実施中。2016年よりITmediaビジネスオンライン「小売流通アナリストの視点」、2021年よりビジネス+IT「流通戦国時代を読み解く」 を連載中2020年よりYahoo!公式コメンテーター。2021年8月「図解即戦力 小売業界」(技術評論社)を発刊。

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