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値上げラッシュで「100円ショップ」はどうなる? 生き残りをかけた各社の秘策とは

中井彰人株式会社nakaja lab 代表取締役/流通アナリスト
(写真:西村尚己/アフロ)

【値上げ値上げラッシュ 100円ショップは苦境に】

消費関連の最近のニュースといえば、さまざまな商品の「値上げ」ということになるだろう。少し前から原材料価格、原油価格、海上運賃などの高騰が続いていることに加えて、円安の進行も顕著になっていて、5月には130円を突破して2002年以来20年ぶりの円安水準となったのも話題となった。ロシアによるウクライナ侵攻という異常事態が起きていることも拍車をかけてはいるのだが、これらの価格高騰は中長期的な流れであり、当面は緩和することは考えにくいとされている。円安についても日米金利差の拡大を背景としているのであろうが、これも中長期的に考えれば、成長性に乏しい日本経済への評価の表れという面もあり、金融政策を修正したとしてもこの傾向は変わらないかもしれない。しばらくは「値上げ」基調の消費環境が続くことを、国内の消費者も供給サイドも覚悟しておかなければならないということだ。

こうした環境を踏まえてだと思うが、最近はマスコミの皆さんから「100円ショップはこれからどうなる?」といった問い合わせを受けることが急に増えた。原材料、運賃、エネルギーなどの価格高騰、円安の進行、それが今後も続くことを想定すると、販売価格に縛りのある100円ショップはやっていけない、のではないか、ということだ。確かに厳しい環境にあることは間違いないのだが、自分はこうした問いに対して、「100円ショップは、この危機を乗り越えて、その存在感をさらに増すことになるだろう」とお答えしている。少し説明したい。

【原価の上昇圧力はいまに始まった話でもない】

2000年代以降、100円ショップ業界は、デフレという今とは真逆の環境下を背景に、大きく成長した。円高基調を前提に、当時はまだ安かった中国の生産コストを活用して、100円という価格ながら、驚くほど多様な便利グッズを開発して、消費者の支持を得た。しかし、中国経済が急速な発展を遂げるとともに、中国の人件費、生産コストは上昇し、東南アジア諸国への生産移転や製品の見直しが続けられてきたし、為替も以前より円安水準で推移していた。100円ショップ業界は、かなり前から、生産コスト上昇という環境下で、ビジネスモデルを維持する方法について模索してきた。原材料価格の上昇といった課題は、この業界にとって長年の懸案であって、昨日今日の話ではないのである。

コスト上昇に対する対策は、最適な生産地開拓や原材料開発などさまざま取り組まれているようだが、最大の挑戦としては200円、300円、500円といった高価格帯商品の投入ということになるだろう。業界大手でもダイソー、キャンドゥ、ワッツは高価格帯商品を投入しているが、業界2位のセリアは100円均一を死守するなど、その選択は分かれている。100円ワンプライスショップであることをビジネスモデルとしてきた「100均」にとって、100円以外の商品導入とは、そのアイデンティティを揺るがしかねないリスクをはらんでいる。しかし、100円以外の商品を並べて、消費者が許してくれるなら、100円ショップは「価格縛り」ではなく、「コストパフォーマンス縛り」の業態へとステップアップ出来る大きなチャンスになるのだ。

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【3COINSの快進撃は変化の兆し】

こうした仮説をある意味、裏付けているのが、300円ショップの3COINSの成長であろう。2014年度年商170億円だったこの会社は、コロナ禍の2021年度は年商380億円(前年比+46%)へと拡大しており、その商品開発力への女性消費者の評価も高く、さらなる成長は確実だと言われている。この会社の商品開発が消費者の支持を受けている要因は、300円という制約に縛られることなく、500円、1000円以上の価格設定ながら、それ以上のコスパサプライズを提供する、という手法が消費者に受け入れられているということである。「安いニッポン」に慣れたこの国の消費者は、絶対的な価格の安さだけを追求する「価格縛り」というよりは、その価値と価格を比較した「コスパの大きさ」を最大の評価項目としている。100円均一商品という価値も大きいが、コスパの高さが認識できるなら、100円、300円でなくても消費者は評価してくれる可能性は十分にあるのだ。

3COINS HP 店舗一覧より作成
3COINS HP 店舗一覧より作成

3COINS HP 店舗一覧より  「画像制作:Yahoo! JAPAN」     

ただ、近年の3COINSの成功は、限定的な市場でのものであり、全国に広く展開している100円ショップ大手にとっては懐疑的にならざるを得ないという見方もある。図表は、3COINSの店舗展開を分類したものだが、3大都市圏の駅前商業施設(主には駅ビル)、イオンモールや、ららぽーと、など広域の商圏を持つ大型商業施設内にそのほとんどが立地していることがわかる。ロードサイドの路面店や食品スーパー併設店など日常の買い物需要に対応したマーケットを主戦場とする100円ショップにとって、高価格帯商品が消費者全般に、手放しで受け入れられたと受け取る訳にもいかない。高価格帯の導入を進めているダイソーやキャンドゥなどの大手100円ショップは、これからも消費者の反応を慎重に見極めながら価格帯の多様化を進めていくことになるだろう。

こうした100円以外の価格帯が増えるということは、われわれ消費者にとって支出がかさむというあまりよくない状況であることは確かなのであるが、見方を変えると悪いことばかりでもない。3COINSが300円、500円、1000円以上の価格帯ながらヒット商品を連発できたのは、同様の機能やセンスを持った既存商品に比べて、明らかに安いサプライズ価格で提供したことによる。こうした商品開発に100円ショップ各社が参入して切磋琢磨するならば、これまで以上に100円ショップの売場は多様なコスパ商品であふれるようになるだろう。100円ショップ以上で無印良品未満の商品群は、まだまだ「スペース」が残されている。

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【最終決戦に備える大手100円ショップの戦略やいかに】

昨年、イオンと資本提携した業界3位企業キャンドゥは、イオングループとの連携によって2021年度の売上高730億円(店舗数1180店)から、2026年度には売上高1250億円(店舗数2000店)を目指すとした、強気の5か年計画を発表した。(図表)1位ダイソーと追走する2位セリアが着実に成長を続ける中、近年3位以下の企業は明らかに伸び悩んでいたのであるが、キャンドゥはイオンとの資本提携で一気に形勢を挽回しようとしている。商業施設内やスーパー、ドラッグストアなどとの共同出店が基本である100円ショップにとって、多様な業態を全国各地に展開するイオングループとの連携が有効であることは間違いなく、一見強気にも見える5か年計画も達成確率はかなり高いとみられる。キャンドゥが、大手流通グループに支配権を譲ってでも、起死回生の成長策を選んだ、というのは、100円ショップのビジネスモデルが変革期に来ていることの表れだとみていいだろう。

ただ、2位のセリアはあくまでも100円商品のみの売場を堅持する方針を公表しており、ダイソー、キャンドゥなどとは一線を画した戦略を守り続けている。100円へのこだわりを守りつつ、その原価率はここ数年43%程度を安定的に維持しており、業績も好調を維持していることからみても、現在のコスト環境が続いたとしてもセリアは100円のみでの売場を当面死守することが見込まれる。セリアは100円ショップ業界に最初にPOSを導入して、単品ベースの販売動向分析を行ったことで、機能性重視の業界にファッション性を加味した売場作りを実現し、首位ダイソーを追撃出来る存在になった。その優れた市場分析から、限界まで100円を守りぬくことが、ダイソーをキャッチアップする戦略として有効だと判断しているのであろう。

このように100円ショップ大手3社は、物価上昇局面という環境変化対応に大きな危機感を持ちつつも、ビジネスモデルの転換やさらなる成長へのチャンスと捉えているように思われる。一見すると、業界の危機ともみえる環境変化に対応しつつ、ただでは起きないといった気迫を感じるのである。きっと10年後にも、大手3社はビジネスモデルを変化させつつも、今以上にその存在感を増していることだろう。

株式会社nakaja lab 代表取締役/流通アナリスト

みずほ銀行産業調査部で 小売・流通アナリストに10年以上従事。2016年同行を退職後、中小企業診断士として独立、開業。同時に、慶應藤沢イノベーションビレッジでベンチャー支援活動を開始。並行して、流通関連での執筆活動を継続し、TV出演、新聞、雑誌などへの寄稿、コメント提供、講演活動などを実施中。2016年よりITmediaビジネスオンライン「小売流通アナリストの視点」、2021年よりビジネス+IT「流通戦国時代を読み解く」 を連載中2020年よりYahoo!公式コメンテーター。2021年8月「図解即戦力 小売業界」(技術評論社)を発刊。

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