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「数%でもW杯で勝つ可能性を追い求める」ためにラグビーは何をすればいいのか?

永田洋光スポーツライター/週刊メルマガ『ラグビー!ラグビー!』編集長
ワラターズ戦で非凡な力を見せたマイケル・リトルをジャパンにどう組み入れるのか(写真:アフロスポーツ)

 ついに秩父宮ラグビー場の観客が1万人を切った。

 7日のスーパーラグビー、サンウルブズ対ワラターズ戦だ。

 発表された観客数は9千707人。

 空席がポッカリ空いたバックスタンドは、ジャパンラグビートップリーグではすっかりお馴染みだが、まさかスーパーラグビーでも同じような光景が現われようとは……。

 日本ラグビー界が、こうしたスタンド風景を脱するための起爆剤と位置づけたのがスーパーラグビーだった。サンウルブズに日本代表候補選手を多数集め、彼らが南半球のスーパークラブと死闘を繰り広げることで、15年W杯での盛り上がりを逸してしまった日本ラグビーが人気復活を狙う――というシナリオが当初は描かれていたはずだった。

 しかし、3シーズン目となっても効果はなかなか現われず、今年に関して言えば、秩父宮での試合数が増えたというのに1試合ごとの観客数は右肩下がりで減り続けている。

 おまけに肝心のサンウルブズも、ワラターズに29―50と大敗して今季6連敗。

 これまで2シーズン続けて、連敗中のサンウルブズが観客数が減った秩父宮に現われると、不思議なことに劇的な勝利を挙げて来場しなかったサポーターたちを切歯扼腕させる、といった現象もあった。その伝でいけば、今回のワラターズ戦はジンクス通りになるかも……と淡い期待を抱かせたが、ジンクスはあくまでもジンクスであって、実力差を覆すような神通力までは持っていなかった。

 内容的にも、試合序盤や前半終了間際、後半立ち上がりといった勝負が動く時間帯に失点する悪癖が一向に改善されず、これまでと同じような課題だけが残った。

 今年トップリーグ昇格戦でコカ・コーラレッドスパークスと引き分け、昇格寸前で涙を呑んだ三菱重工相模原ダイナボアーズの原動力となったマイケル・リトルが個人の力で1トライ1アシストの活躍を見せたが、それも焼け石に水。キャプテンの流大が自陣から積極的にアタックを仕掛け、とにかく攻めてトライを奪うという姿勢は序盤から見られたが、アタックの精度が低く、個人の頑張りで何とか試合の興味をつないだような展開だった。

 アタックが習熟すれば……。

 ディフェンスのコミュニケーションがもっと密になっていたら……。

 そうした、チームには可能性があるのにもう少しのところで殻を破れないもどかしさ、がこのチームにはつきまとう。

 しかし、ヘッドコーチ(HC)のジェイミー・ジョセフが日替わりメニューよろしくメンバーをコロコロ替えるなかでは、どだいチームの熟成は望めない。いくら選手の能力が高くても、お互いにあうんの呼吸でパスを通し、防御網の穴を埋めるといった本来のチームプレーは、中心メンバーを固定し、試合を重ねるなかで培われるものだからだ。

 特に、繊細なコミュニケーションと動きが求められる“日本的なラグビー”では、日々同じメンバーが練習を繰り返し、相手のクセや特徴を理解するプロセスが何よりも大切にされてきた。それを、毎試合多国籍軍よろしく言語もクセも所属チームも違うプレーヤーたちを組み合わせているのだから、6連敗は不思議でもなんでもない。

 チームづくりを無視したHCの意向が生んだ、必然的な結果なのである。

今は「1%でもいいからW杯で勝つ可能性」を追求すべき時期ではないのか?

 ラグビーファンの多くがワラターズ戦で落胆した気持ちを、香港で7人制男子日本代表がワールドシリーズ昇格というニュースにいくらか癒やされた月曜日、サッカー日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督が解任されるというニュースが飛び込んできた。

 1863年にフットボール統一ルール制定を巡って袂を分かった兄弟フットボールの日本代表は、6月のW杯まで66日というタイミングで解任というバクチを打ったのだ。

 結果がどうなるかはわからない。

 このタイミングでの解任が果たして適切なのかどうかもわからない。

 しかし、日本サッカー協会の田嶋幸三会長が、緊急記者会見で言ったこの一言にはハッとさせられた。

「数%でもいいから、W杯で勝つ可能性を追い求めたい」

 ラグビー界が今、もっとも必要としている言葉が、会見の席上で出たのだった。

 このフレーズは、来年にW杯を控えるラグビー界にとって、決して他人事ではない。たとえ1%でも2%でも、今よりもさらにW杯で勝つ可能性を高めるために死力を尽くす――これは、サッカー、ラグビーを問わず、予選を勝ち抜いてW杯で戦う権利を得た国代表に共通する思いだ。

 翻って日本ラグビーの現状を見れば、現在のジェイミー・ジョセフ体制になって以降、「勝つ可能性」が低下しているのではないかという疑問が日に日に募る。

 日本代表強化のために結成されたサンウルブズは、3シーズン目の今季に飛躍してW杯に向けた希望を膨らませるのかと思いきや、観客席の様子が如実に示すようにファンの期待に応えられずにいる。

 肝心の日本代表も、W杯での勝利を予感させるような結果が出ていない。

 13年のウェールズ戦勝利。その年の秋から始まったテストマッチ11連勝。15年W杯前には、本大会での活躍を期待したくなるような結果が続いていた。過去のW杯でそうした期待が裏切られ続けた経験を持つ私でさえ、「W杯はそんなに甘いものではない」と発言しつつ「もしかすると、91年大会以来のW杯2勝目が生まれるかも……」と、半信半疑ながら思わせる空気が日本代表の周りには漂っていた。

 しかし今、18か月後の快進撃を想像するのが日ごとに困難になりつつある。

 アジア勢以外との対戦に3勝7敗1分けと負け越した成績もさることながら、W杯でアイルランドやスコットランドを倒すフィフティーンの顔ぶれを明確にイメージできないもどかしさが、一層不安をかき立てるのだ。

ニュージーランドに遠征する「NDS」とサンウルブズの関係は?

 連敗に苦しむサンウルブズとは別に、ナショナル・デベロップメント・スコッド(NDS)と名づけられたチームが10日からニュージーランドに遠征し、スーパーラグビー参加チームのAチーム(ラグビーではAがつくチームは2軍扱いとなる)と3試合を戦う。

 こちらには、真壁伸弥キャプテン以下、布巻峻介、松田力也、福岡堅樹、山田章仁といった“ファンが待望する日本代表”の顔ぶれが揃う。6月のイタリア戦(9日、16日)、ジョージア戦(23日)を見据えたセレクションの一環だが、対戦相手の格からもわかるように、彼らは“サンウルブズA”のような扱いだ。

 いや、日本代表とサンウルブズの両方で指揮を執るHCにすれば、日本代表の主軸をスーパーラグビーで負傷させないための深謀遠慮なのかもしれないが、どちらにしても「サンウルブズでレベルの高い試合を経験しながら日本代表を強化する」(日本ラグビー協会・稲垣純一理事=当時)というスーパーラグビー参戦当初の理念が置き去りにされている。

 サンウルブズで日本代表資格を有する外国人選手を発掘し、NDSで日本人選手を鍛えて、6月の代表戦前に両者から選抜した選手を統合。ベストの布陣でイタリア戦、ジョージア戦に臨む――という青写真がHCの頭の中にはあるのかもしれないが、二兎を追う者は一兎をも得ず。それでは両チームで築いたチームのコンビネーションが、日本代表では、またやり直しになる。

 6月9日に行なわれるイタリア戦まで60日を切った今、NDSをそのまま日本代表に昇格させ、そこにサンウルブズから外せない選手たちを合流させてテストマッチを戦うのが現実的な選択肢だが、それでも準備期間の短さは否めない。

 いつまでも選手発掘に時間を割き、一向にメンバーを絞り込まないのがHC流の「数%でも勝つ可能性を追い求める」ことなのかもしれないが、強化に割ける時間は限られている。

 格下のチームが格上にW杯の舞台で乾坤一擲の勝負を挑むには、どんなラグビーが求められるのか?

 この問いの解が一向に示されぬまま時間だけが過ぎていく。

 サッカーの二の舞を踏まぬためにも、チーム像を明確にしないHCに対して、一刻も早い「決断」が求められている。

   

スポーツライター/週刊メルマガ『ラグビー!ラグビー!』編集長

1957年生まれ。2017年に“しょぼいキック”を連発するサンウルブズと日本代表に愕然として、一気に『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)を書き上げた。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。他に『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、共著に『そして、世界が震えた。 ラグビーワールドカップ2015「NUMBER傑作選」』(文藝春秋)などがある。

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