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謎多きスリランカ同時多発テロ-疑問だらけの事件を振り返る

六辻彰二国際政治学者
コロンボの教会での爆弾テロで親戚をなくした女性(2019.4.21)(写真:ロイター/アフロ)
  • スリランカで発生した同時多発テロ事件に関して、当局はイスラーム過激派の犯行という見方を強めている
  • しかし、そこには数多くの疑問が残り、事件には不自然な点が目立つ
  • 政府の対応にも不透明な点が目立つため、この観点からも事件の究明が求められる

 スリランカで発生した爆弾テロ事件は、いくつかの謎を抱えている。これまでに分かっていることからは、このテロ事件の奇妙さが浮き彫りになる。

誰が、なぜ

 4月21日、インド洋に浮かぶスリランカの最大の都市コロンボなどで、キリスト教会や高級ホテルなど6カ所を狙ったテロ事件が発生し、現地在住の日本人高橋香氏を含め200人以上の死者を出す惨事となった。

 この事件の最大の謎は、誰が、なぜ、この犯行に及んだかということだ。

 スリランカ当局は国内のイスラーム過激派による自爆テロとみて捜査している。

 イースターの期間中のキリスト教会や、外国人が数多く滞在する高級ホテルが標的になった点、さらに自爆テロとみられる点など、イスラーム過激派の関与をうかがわせる条件は揃っている。さらに、22日の記者会見でウィクラマシンハ首相は、イスラーム過激派National Thoweeth Jama’athが爆弾テロを計画している情報を警察庁が今月9日に把握していたことを明らかにしている。

 これに関連して、イスラエルメディアなどは、現地の著名な説教師ザフラン・ハーシム師がキリスト教徒や仏教徒への憎悪を煽り、自爆したと報じている。

イスラーム過激派の関与?

 しかし、これらにはいくつかの疑問符がつく。

 まず、これまでスリランカでは、人口の約70パーセントを占める仏教徒が、人口の約9パーセントと少数派ムスリムを迫害する状態が常態化しており、その混乱から昨年3月には非常事態が宣言されるに至った。しかし、これまでキリスト教徒はこの対立と基本的に無関係だった。

 念のために付言すれば、全国キリスト教福音主義協会によると、スリランカではキリスト教会やキリスト教徒(人口の約6パーセント)への襲撃やヘイトが増えており、2018年だけで86件が報告されている。ただし、その加害者の多くは仏教徒とみられている。

 だとすると、同時多発テロがイスラーム過激派の犯行だった場合、なぜキリスト教会を主たる標的にする必要があったのだろうか。言い換えると、自爆したとみられるハーシム師はキリスト教を敵とみなしていたが、やはり敵とみなしていた仏教は、なぜ攻撃対象に加えなかったのか。

「シリア帰り」は関わっているか?

 これに関して、外部からの影響が強かったなら説明はつく。

 2014年以降、スリランカからは少なくとも32名がシリアに渡り、イスラーム国(IS)に参加したとみられている。スリランカ当局の見立てにあるように、今回の事件はきわめて計画的に実行されたものとみてよく、IS外国人戦闘員として実戦経験を積んだ「シリア帰り」、あるいはアルカイダ系テロリストが関与しているなら、その手際よさは理解できる。

 また、こうした組織が主導権を握ったなら、教会や高級ホテルが狙われたことも不思議ではない。グローバル・ジハードを掲げる組織はアメリカとその同盟国を見境なく攻撃するため、こうした場所を狙いやすい。

 しかし、スリランカ当局が名指ししたNational Thoweeth Jama’athは、ほとんど知られていないローカルな組織に過ぎないとみられる。いかにハーシム師が現地で不満を抱くムスリムの支持者を集めたとしても、それだけで高度に組織化された同時多発テロで200人以上を殺害できるかは疑問だ。

 さらに、ローカルな組織の場合、まず「自分たちを弾圧している」政府系機関を標的に加えるのが常套手段で、スリランカの場合はこれに加えて仏教寺院が襲撃されてもおかしくないはずだが、今回のテロの対象にそれらは含まれていない

 繰り返しになるが、「シリア帰り」などが主導権を握っていたならこれらの疑問は一応解消されるが、その場合でも疑問は残る。

 グローバル・ジハードを叫ぶ国際的なイスラーム過激派にとって、これだけ世界中から注目を集めるテロ事件を実行したのは「トロフィー」であるはずで、一刻も早く宣伝するのが普通だ。それにもかかわらず、丸一日たっても犯行声明がないのは不自然と言わざるを得ない

 こうしてみたとき、この事件には奇妙な点が多すぎる。

なぜ、防げなかったか

 これに加えて、スリランカ政府の対応にも疑問は残る。

 先述のように、ウィクラマシンハ首相は爆破テロの情報を事前に掴んでいたことを明らかにしたうえで、日程などが特定できなかったと釈明した。

 テロを未然に防ぐことが難しいことは、他の国でもみられることだ。

 しかし、もし今月上旬に治安当局がイスラーム過激派に目星をつけていたなら、後半にくるイースターが危ういと想定してもおかしくないはずだ。また、宗教施設やソフトターゲットに注意を払っていても不思議ではない。それにもかかわらず、21日前後に備えて特段の警備があったという情報はない。

政府の内部分裂は何を意味するか

 こうして疑問だらけのテロ事件に関して、目を引くのは政府の内部分裂だ。

 22日の記者会見でウィクラマシンハ首相は、爆弾テロの情報をキャッチしていたことを明らかにしたうえで、「なぜ防げなかったかを検証する必要」に言及している。

 これは一見、自分たちを振り返る謙虚な発言と映るが、見方を変えると大統領への批判でもある

 スリランカではフランスやロシアと同じく、大統領が首相を任命し、首相が内閣を組閣する。首相は日常的に行政を統括するが、国防の最高責任者はシリセーナ大統領だ。つまり、「情報を探知しながら防げなかった原因を調査する必要がある」とウィクラマシンハ首相がいうことは、暗にシリセーナ大統領の責任を追及するということだ。

 ウィクラマシンハ首相は2015年の大統領選挙でシリセーナ氏勝利を支えた論功行賞として、首相の座を確保した。しかし、両者はその後、経済政策などをめぐって対立が深まり、2018年にウィクラマシンハ首相はシリセーナ大統領に罷免された。これに対して、ウィクラマシンハ氏は憲法違反を訴え、裁判所が違憲判決を下して首相に返り咲いた経緯がある。

 この視点から今回の事件をみると、ウィクラマシンハ首相にとってはシリセーナ大統領を政治的に攻撃する絶好の材料となる。ところで、ウィクラマシンハ首相はこれまでムスリムを迫害してきた仏教ナショナリストにも近い立場にある。

 そのため、今回のテロ事件のさまざまな疑問を考え合わせれば、ウィクラマシンハ首相近辺もまた疑惑の目を向けられても不思議ではない。再びのテロを防ぐためだけでなく、この疑惑を明らかにするうえでも、スリランカには今回の事件の究明が求められているのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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