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北朝鮮に対する経済制裁は有効か

六辻彰二国際政治学者

安保理決議に基づく経済制裁は成果をあげられるか

3月8日、国連安全保障理事会は、3回目の核実験を行なった北朝鮮に対する追加制裁決議案を全会一致で採択しました。。この決議案では、渡航禁止や資産凍結の対象となる個人や機関を増やしており、そのなかには朝鮮鉱業開発貿易会社(Korea Mining Development Trading Corporation)の最高幹部なども含まれます。また、禁輸品目についても宝飾品などの具体名が初めて明記されたほか、各国は北朝鮮外交官による「現金の大量輸送」に警戒すべきことが確認されています。

国連決議に反して核開発を続け、近隣諸国に脅威となる行為を容認することはできず、今回の制裁決議そのものは当然と思います。また、全会一致で採択されたことも、評価できるでしょう。ただし、既に多くの識者が指摘しているように、これら一連の経済制裁が効果をあげることには、大きな期待をできません。少なくとも、この決議案によって北朝鮮が核・ミサイルの実験停止や放棄に向かうことは、ほとんどないといっていいでしょう。

経済制裁が効果をあげる条件

1992年に発行された、宮川眞喜雄の『経済制裁』(中央公論社)は、日本語で書かれた経済制裁に関する書籍のなかで、コンパクトながら最も包括的なものと思います。出版から既に20年以上経っていて、その間には制裁対象国の国民生活に甚大な影響を及ぼす食糧などの輸出規制による逆効果(制裁実施国への敵対心を高めるなど)から、特定個人を狙い撃ちにする渡航禁止や資産凍結といった「スマートな制裁」が主流になるなどの変化がありました。また、冷戦時代にソ連などへの兵器転用品の輸出を規制していた「対共産圏輸出統制委員会」が1994年に解散し、1996年に世界レベルで紛争地帯や大量破壊兵器の開発国や「懸念国」に対する輸出規制を行なう「ワッセナー・アレンジメント」が設立されるなど、多国間の輸出規制の仕組みも変化しています。しかし、そのような時代背景の変化を踏まえても、同書の内容は示唆に富んでいます。

経済制裁はいつでもどこでも効果をあげるものではありません。同書では、「経済制裁の効果を高める条件」として、主に以下の7点があげられています。

  1. 貿易依存度の高さ:言うまでもなく、食糧・エネルギーの調達や産業構造で貿易への依存度が高いほど、それが遮断されることによるダメージは大きい。
  2. 経済規模の小ささ:経済規模が小さいほど、一国内部での経済活動に限界が生じやすく、これは高い貿易依存度に転化しやすい。
  3. 貿易相手国の少なさ:貿易相手国が少ないと、そのうち一つでも遮断された場合に、甚大な影響を受けやすい。
  4. 貿易代替の難しさ:輸入に頼る物品が、国内で調達しにくいものであるほど、制裁の効果はあがりやすい。典型的な例は原油。
  5. 外貨準備高の少なさ:外貨準備高の多寡は、非常事態への対応能力の高低に比例する。
  6. 実施監視の容易さ:制裁が取り決め通りに行なわれ、「制裁破り」が横行していないかをモニタリングしやすいほど、効果があがりやすい。
  7. 制裁対象国が民間企業中心の経済体制であること:経済制裁による業績悪化が、社員の待遇に直接的に影響する民間企業が多ければ、制裁対象とされる政策をとっている自国政府への批判が噴出しやすい。

もちろん、これら全ての条件が整うことや、逆に一つも条件が揃わないことは、現実にはないでしょう。また、この7条件の他にも、制裁のダメージが自国政府への批判のエネルギーになりやすい民主的な社会か否かといったものも、経済制裁の効果を左右する条件といえるでしょう。ただ、これら7条件を検討することで、経済制裁の効果があがりやすいか否かをある程度見極めることができるでしょう。

北朝鮮にみる7条件

それでは、以上の7条件を現在の北朝鮮に当てはめてみるとどうでしょうか。北朝鮮が経済的に停滞していることは、ほぼ確かです。外務省のデータでは、2010年の北朝鮮のGNIは25億6000万ドル。これはタイの3,051億ドル、マレーシアの2,385億ドルと比較して10分の1程度に過ぎません(経済規模の小ささ)。また、外貨準備高については詳細が不明ですが、少なくも潤沢とは考えにくいでしょう(外貨準備高の低さ)。そして、既に経済制裁が敷かれていたことから北朝鮮と貿易を行なう国はほとんどなく(貿易相手国の少なさ)、電力や食糧の不足が伝えられているように、それらの自給もできていない(貿易代替の難しさ)。

こうして考えれば、経済制裁の効果が出やすい条件が多いようにみえます。しかし、その一方で、制裁の効果が生まれにくい条件も無視できません。外務省のデータでは、2010年の北朝鮮の輸出額が25億6000万ドル、輸入額が35億3000万ドル。一方で名目GNIは260億ドル。したがって、GNIに占める輸出の比率が約9.8パーセント、同じく輸入の比率が13.6パーセント。例えばタイの場合、76.9パーセント、72.4パーセント。先進国のなかで貿易依存度が低い日本の15.2パーセント、16.1パーセントと比較しても低い数値です(貿易依存度の低さ)。そして、朝鮮労働党の支配下で、経済活動のほとんどが国営企業によって担われている(民間企業中心の経済体制でない)。なにより、制裁の実施監視が困難であることが致命的です。

これまで北朝鮮には、国連決議に基づく制裁だけでなく、日本、米国などによる二国間の制裁が行なわれてきました。しかし、朝鮮戦争以来、「血の同盟」で結びついた中国は、現在でも北朝鮮の最大の貿易相手国です。IMFの統計によると、2010年の北朝鮮からの輸出の約46パーセント、北朝鮮の輸入の約59パーセントを中国が占めています。また、兵器やその開発に関連する物品の輸出を規制するワッセナー・アレンジメントに中国は加盟していません。中国との国境付近が、エネルギーや食糧を含めて、北朝鮮の生命線になっているといっても過言ではなく、これではいかに「貿易相手国の少なさ」「貿易代替の難しさ」という条件を満たしていても、経済制裁が効果をあげることは困難です。言い換えれば、数が少なくとも、そのうちの一国が他の国の分を補って余りあるほど貿易すれば、経済制裁はザルになります。

また、中国という窓口が空いていることは、核・ミサイルの開発に必要な物資を、国際市場を通じて調達することが可能になります。かつてカダフィ体制のもとで、リビアではやはり核兵器の開発が進められていましたが、その際に必要になった物資や技術者のほとんどは、特定国からの援助ではなく、市場を通じて入手されていました【吉田文彦(2005)『核を追う:テロと闇市場に揺れる世界』朝日新聞社】。これまでに、日本で操業する企業でも、主に中国経由で北朝鮮に規制対象品を輸出し、検挙された事例は数多くあります。

中国の忍耐と北朝鮮の暴走

これらに鑑みれば、中国との経済関係が、北朝鮮に対する制裁の効果を、無効化とは言わないまでも、著しく低減させてきたことは確かです。しかし、逆に言えば、今回の経済制裁が奏功するか否かは、中国にかかってくることにもなります。今回の決議に中国は賛成し、「決議の完全実施を望む」とした一方、中断している六者協議の再開と「外交的解決」の重要性を強調しています。

中国からみて、「核保有国」としての自らのステイタスが脅かされることは、それが例え友好国であっても、全く好ましくありません。また、度重なる静止にも関わらず、金正恩体制がミサイル実験を連続して強行したことが、中国政府を苛立たせているとしても、これまた不思議ではありません。

しかし、その一方で中国には、国連決議に対して北朝鮮が「攻撃を仕掛けてくる国に対して核の先制攻撃の権利を行使する」と表明するなど、緊張がこれ以上高まることを回避したいインセンティブがあります。万一軍事衝突が発生した場合、北朝鮮の現体制が崩壊し、難民が地域一帯に流出する状況は中国にとって悪夢でしょう。また、軍事的緊張が高まる情勢は、否応なく中国を北朝鮮側に巻き込むことにもなっています。それは、望むと望まざるとに関わらず、中国が米国と正面衝突せざるを得ない状況に向かわせます。

これらに鑑みれば、中国が「外交的解決」で「穏便に」事を収めたいと考えるのは、ごく自然でしょう。ただし、「穏便に」ことを運ぶためには、日米韓に対してだけでなく、中国は北朝鮮に対しても相応の配慮をすることになると考えられます。六者協議に北朝鮮を出席させたいなら、なおさらです。その意味で、従来よりは多少規制を強化するとしても、「決議の完全実施」が行なわれるかは疑問です。その意味で、最初に述べたように、今回の制裁決議がすぐに期待される効果をあげるとは考えにくいのです。

ただし、今回の制裁決議は、より中長期的に北朝鮮の行く末を左右するターニングポイントになる可能性も孕んでいます。いかに苛立っていても、中国が北朝鮮を「切れない」ことは、北朝鮮側も理解していることでしょう。中国の面子を壊してでも、ミサイル実験と核実験を強行し続けることは、それを如実に物語ります。ただ、金正日が中国とつかず離れずの距離を保ち続けたことからみれば、金正恩体制になってからの北朝鮮は、特に中国に対して「関係を切れるものなら切ってみろ」といわんばかりの態度が鮮明です。つまり、北朝鮮の挑発は、日米韓にだけでなく、中国に対しても向けられるようになったとさえ言えるかもしれません。したがって、北朝鮮が核・ミサイルの開発を推し進めて暴走するスピードと、中国の忍耐力が切れるスピードのどちらが速いか、というレースになりつつあるとみれるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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