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「鎮圧は最大のテロ抑止」か? (2)

六辻彰二国際政治学者

「現実的」な対外政策による自縄自縛

テロの背景を考察する、この手の議論には、「現実的」と称する方々から、以下のような異論・反論が想定されます。

  • 多少の不公正はどこの国にでもあるもので、それを無視することは、エネルギーの確保や安全保障のために、やむを得ない
  • そもそも、相手国の国内問題に関わる事柄は、内政不干渉の原則に抵触する
  • むしろ、相手国の経済成長を促せば、それで相手国の国民の生活水準もあがるから、テロの抑制になるはず

ところが、これらの論点を最大限に強調しているのは、だれあろう中国政府です。自国の経済利益のためには、相手国の内政に関与せず、結果的に既存の体制による不公正を黙認する。しかし、そのスタンスで急激にプレゼンスを拡大させていった結果、アフリカをはじめとする各地で中国に対する反感が急速に高まっていることは、これまでに何度も触れました。中国が支援する産油国スーダンでは、反政府勢力による中国系企業への襲撃が頻発しています。そればかりか、機会の公正な配分がなければ、経済成長が格差を拡大させ、テロなどの社会不安を増幅させることは、この10数年の中国、なかでも新疆ウイグル自治区をみれば明らかです。

もちろん、エネルギー、安全保障、内政不干渉、経済成長、テロの抑制、それらいずれもが、現代の国際社会において、あるいは日本にとって、不可欠なことはいうまでもありません。また、無闇に相手国の国内事情に口を挟むのがよいともいえません。しかし、これらの必要性や原理を錦旗として、中東・北アフリカ各国の社会における不公正を黙認することが、イスラーム・テロの増殖を容認する結果に繋がっていることもまた確かといえるでしょう。中東・北アフリカ諸国の社会における不公正を是正することは、現地の一般市民にとっての利益だけであるなく、他方で「テロの標的にされ得る」という当事者としての我々の利益でもあるのです。

「テロとの戦い」をツートラックで

といって、日本もエネルギーを必要としているのであり、アルジェリアをはじめ中東・北アフリカ諸国と縁を切れるわけではありませんし、そんな無理を要求する気もありません。また、(日本をはじめ各国政府がそれをすることをそもそも期待しにくいのですが)正面から「公正な機会の確保」を求めても、「内政干渉」の批判を返されるだけで、効果は期待できません。また、中東・北アフリカ諸国に様々な要求を強硬に出せば、アルジェリアと同様に中国、ロシアへの接近を促すことにも繋がりかねず、それは世界のバランスを損なうことにもなります。ただ、相手が拒絶しにくい国際協力の範囲内で、テロの原因となっている社会環境や統治構造に、多少なりとも修正を求めることはできます。例えば、

  • インフラ整備ではなく、長期的な雇用創出に繋がる産業育成への協力
  • 相手国政府をバイパスした、民間への直接援助の増加
  • 民間交流の増加

インフラ整備は日本の援助の十八番で、それはそれで重要ですが、貧困層の生活改善に直接寄与する効果が低いのが難点です。また、先述のように、公正な競争のない経済成長は、格差を拡大させるだけです。現代の高度に機械化された石油産業が雇用創出の効果をあまりもたず、アルジェリアをはじめ中東・北アフリカで失業が蔓延していることに鑑みれば、現地の一般市民の貧困を削減するための産業振興は、テロ対策の一助になり得るでしょう。

また、日本による援助は民間団体向けのものが先進国と比較しても比率が低く、ほとんどが相手国政府向けのものです。

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汚職の蔓延した政府相手に援助することは、政府間の友好関係には役立つかもしれませんが、有力者のポケットに入ってしまうことも珍しくありません。全てでないにせよ、政府をバイパスすることで、援助が汚職に消えることを回避するだけでなく、(ミャンマーの回で述べたように)現政権のみをカウンターパートとする現在の外交スタイルを変更し、既存の秩序を結果的に支援することを避けることもできます。また、貧困から抜け出す機会を直接的に提供することで、過激なイスラーム組織が勢力を広げることを抑制する効果ももつでしょう。

その一方で、中東・北アフリカに対する日本の依存度を見直す必要があります。1974年の石油危機以降、日本はエネルギー安全保障を掲げたものの、今日でも原油輸入の80パーセント以上を中東・北アフリカ産が占めています。

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これは、欧米諸国がロシアを含む中央アジア、中南米、アフリカなどからの輸入を増やし、リスク分散を図っているのとは対照的です。もともと原油輸入の場合、輸入する側の立場が弱くなりがちですが、これだけ依存していればなおさらです。経済的な相互依存関係のもとでは、依存度を引き下げることが、相手に対する発言力に繋がります。その意味でも、中東・北アフリカ一辺倒だった日本のエネルギー調達を見直す時期に来ているといえるでしょう。

テロリズム:現代社会の縮図

ここで検討したアプローチは、どれも一朝一夕に成果が出るものとはいえません。したがって、繰り返しになりますが、武力鎮圧を含む従来のテロ対策の必要性を否定するものではありません。しかし、これらの社会・経済的アプローチを併用してテロの原因を排除しない限り、先ほどの比喩で言えば「ザルに水を注」ぎ続けることになり、テロ対策が成果をあげることは期待しにくいことも確かです。

2001年同時多発テロ事件から、今年で12年になります。これまで、西側先進国でありながら、そしてたびたび日本人の犠牲者が出ながら、日本では「テロとの戦い」に対する危機感が、欧米諸国と比較して希薄だったように思います。それは、ニューヨーク、ロンドン、マドリードのように、自国内でテロ事件が発生していなかったからに他なりません。ただ、海外に出る機会が多くなっている以上、今回のように数多くの日本人が犠牲者になることは、今後とも増えることが懸念されます。その意味では、今回の事件は、多くの日本のひとが「テロとの戦い」の当事者意識をもつに至った契機になったのかもしれません。

英国のキャメロン首相は、「テロとの戦い」が今後数十年続くかもしれないという見方を示しました。しかし、これまで述べてきたように、テロが複雑な原因・背景のもとに頻発していることを鑑みれば、それ以上続くことも充分考えられます。先が見えない状況のなか、ひとはシンプルな解答を欲する傾向があります。ただ、「テロには断固たる措置で臨む」という姿勢を示すこと自体は必要ですが、「断固たる措置」だけでテロを根絶できるとは想定できません。再三述べたように、これまでの「テロとの戦い」では、軍事作戦で鎮圧したとしても、しばらくすればテロ組織が再び頭をもたげるという悪循環を繰り返してきました。テロリズムはいわば、現代のグローバル社会の諸矛盾が生み出した鬼っ子です。十全でなくとも、それらを一つずつ改善していくという地道な作業しか、テロ事件を減らすことはできないといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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