チャベス四選と西側の失望

10月7日、ベネズエラ大統領選挙で、現職のウゴ・チャベス大統領が四選を決めました。チャベス大統領は、国内では「21世紀の社会主義」を掲げ、主要産業の石油関連企業をはじめ企業の国有化が進められ、それに基づいて低所得者向けの住宅建設などを推進することで、貧困層からの厚い支持に支えられています。その一方で、2003年の国連総会演説でブッシュ前大統領を「悪魔」と呼び、さらにはイラン、中国、ロシア、北朝鮮などとも連携を深める、中南米随一の反米派として知られます。昨年、がん治療のためにキューバの病院に入院しており、健康不安説も飛び交うチャベスの四選がなるか。今回の選挙は、これまで以上に国際的な関心を集めていましたが、結果的には西側先進国の期待に反して、チャベスが勝利したのです。

今回の再選により、「物価統制や企業の国有化がさらに進む」、という見方があります。10月9日、チャベス四選を受けて、ベネズエラ国債が四年ぶりに大幅安になったことは、投資家の懸念を表すものです。

貧困層と民主主義に支えられる『独裁者』

その一方で、今回の選挙結果におけるチャベスの勝利は、ベネズエラ国民が「民主主義に基づく独裁」の継続を選択したことを意味します。チャベスのもとで進んだ企業の国有化で、政府による企業管理が強化されるにつれ、高・中所得層などの不満が募り、それにともなって政府批判の急先鋒になった民間メディアが規制されるようになりました。2007年、チャベスに批判的な民放テレビ局RCTVの免許更新が認められず、政府が新たに設立したTVesにその周波数が割り当てられたことは、その象徴です。一方で、2009年の国民投票で大統領の三選を禁止する憲法条項が撤廃されたことにより、チャベスの個人支配は強化されました。いわばチャベスは有権者に選出された「独裁者」なのです。

批判的な勢力を強権的に抑え込みながら、それでも選挙で勝ち続けてこれた最大の理由は、チャベス大統領が人口の多い貧困層の支持を、一手に集めてきたからです。チャベス登場以前のベネズエラでは、富裕層と中所得層、言い換えれば資本家と労働組合間の階級間闘争が政治の中心で、各政党は両者のうちのいずれかを主な支持基盤にしていました。しかし、基本的には企業の正職員でなければ労働組合に加入できないため、都市のインフォーマル・セクターで働く人(つまり法律で保障される正規雇用ではない労働者)や、地主のもとで働く小作農(中南米では大地主制が残っているため、他の地域より貧富の格差が全般的に大きい)は、人口で多数派を占めながらも、既存の政党にその声が届くことはなく、政治的な発言の機会はほとんどありませんでした。「サイレント・マジョリティ」だった貧困層の代弁者として登場したのが、チャベスだったのです。

チャベスは陸軍少佐だった1989年にクーデタを起こし、規制緩和や「小さな政府」を推し進めていた、当時のペレス政権の打倒を試みました。しかし、クーデタは最終的に失敗。ただ、クーデタが「貧しい人々のためのもの」だったという主張が貧困層の共感を呼び、刑務所に収監されたチャベスの釈放を求める運動にまで発展します。1994年に釈放されたチャベスは政治に向かい、1998年に大統領選に立候補して当選。以来、チャベスは一貫して貧困層の支持を集めて権力を握り続けてきたのです。つまり、チャベスは「既存の政党や政治家から相手にされていない」と感じる多くの人々に焦点を絞ることで、政治的に成功したと言えるでしょう。

「剥き出しの民主主義」の危険性

シリアのアサドなどと比較すると、チャベスの場合は少なくとも普通選挙で選出されており、さらにインターネットなどの通信をブロックしているわけでもありません。また、チャベスが進めた1999年の憲法改正によって、大統領を含む公職に就く者に対する解職請求の制度が整いました。したがって、チャベスが一概に民主主義を否定しているとはいえません。

ただし、チャベスが尊重する民主主義は、「多数者の意志に基づいて統治する」という、いわば「剥き出しの民主主義」です。歴史に名高いフランス革命では、「革命の遂行」という目的のために、少数者の人権は事実上無視されました。「反革命的」とみなされた人間は粛清の対象となり、貴族や教会の財産も没収されました。「多数者による支配」が何より優先される「剥き出しの民主主義」のもとでは、「多数者」に属さない「少数者」の生命、財産、安全などの権利が無視されることも珍しくありません。

チャベスの場合も、自分に敵対的なメディアや裁判所を「多数の人々の意志から外れたもの」として扱い、その独立性を奪っています。しかし、それは国民の多数派によって承認されてきました。「民主主義に基づく『独裁者』」を支えているのは、世界第五位の原油埋蔵量に裏付けられた資金力です。チャベスは豊富な原油収入をバラまいて貧困対策を進めることで、多数派である貧困層からの支持を集めてきました。その過程で、石油収入を担保に中国から400億ドルの財政資金の融資を受けるなど、危うい経済政策も稀ではありません。一方で、貧困層の優遇や経済への規制が、従来からの階級間対立に拍車をかけていることは、想像に固くないのです。

「貧困と民主主義」の組み合わせは薬か、劇薬か

今回の選挙では、野党連合のカプリレス・ミランダ州知事が終盤に追い上げ、チャベスの得票率は54.42パーセント。一方のカプリレス候補は44.97パーセント。これまでにない、僅差での勝利でした。ここから、チャベスの人気に陰りが見え始めたと指摘されます。その場合、チャベスが膨大な国庫支出を湯水のように用いて支持を集めるこれまでの方針を改め、内外の投資を積極的に呼び込んで筋肉質の経済体質を作ることで、高・中所得層にまでウィングを広げることができれば、五選も危うくないことでしょう。しかし、人気に陰りがみえたとき、核となる支持者にこれまで以上に配慮するのが、政治家の一般的傾向です。その意味では、今後「21世紀の社会主義」がますます進展し、その結果財政が肥大化することも予想されます。最悪の場合、「国民を救うために国家が破綻する」ことすらあり得ます。

貧困や格差といった問題は、完全に克服することは難しいとしても、政府が率先して取り組むべき課題です。また、多数派の意志が尊重されなければ、少数者が物事を一方的に決めるエリート主義に陥ります。ただし、歴史を振り返れば、フランス革命にせよ、ナチスの台頭にせよ、社会経済的な不満を抱く多数派、なかでもそれまで政治的発言の機会に乏しかったサイレント・マジョリティの声のみを錦の御旗にして突き進む危険は、いくらもあげられます。多数者の意志をもってしても奪えない少数者の権利や自由が保障されない限り、民主主義は最も凶暴な政治体制にすらなり得ます。既存の政党や高・中所得層に対する貧困層の不信感や憎悪をかき集め、それに基づいて独裁的な権力を保持するチャベスのベネズエラは、現代における「社会問題の改善と民主主義の両立」という、歴史的な課題を写し出す舞台になっていると言えるでしょう。