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オリックス張奕と日本経済大の同期 メジャーも注目した韓国左腕が遠回りしてつかんだ役割

室井昌也韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表
キム・ソンミン(写真:キウムヒーローズ)

オリックスは1日、2016年の育成ドラフト1位、野手から投手に転向した張奕(25)を支配下選手登録したと発表した。台湾出身の張奕は福岡第一高校、日本経済大学野球部に野球留学した後、プロ入りを果たしている。

その張奕と大学同期のプレーヤーが韓国KBOリーグにいる。キウムヒーローズの左腕投手、キム・ソンミン(金聖民、25)だ。16年夏のドラフトでSKワイバーンズに指名され母国でプロ選手になったキム・ソンミンは、プロ1年目の17年5月にネクセン(現キウム)に移籍。3年目の今年は左の中継ぎとして安定した投球を見せている。

同じ大学野球部でプレーした海外出身者の張奕とキム・ソンミン。しかしキム・ソンミンは張奕と違い、自ら望んで日本に渡ったわけではなかった。紆余曲折の末、大学に進学しプロ選手になった。

17歳の少年が負った深い傷

キム・ソンミンは大邱商苑高2年の時、チームのエースとして全国大会で優勝し、MVPを獲得する活躍を見せた。その姿は国内のみならずメジャーリーグのスカウトも高く評価。そしてオリオールズはキム・ソンミンが3年生に進級する前の12年1月、50万ドルで契約を結んだ。

しかしこれが問題だった。大韓野球協会の規則では卒業年度を迎えていない在学生のプロ球団との接触を禁止している。またオリオールズは選手と契約する際に必要な韓国野球委員会(KBO)への身分照会手続きも怠っていた。

大韓野球協会とKBOの抗議によって契約は破棄となり、オリオールズのスカウトは韓国のアマ大会への出入り禁止に。さらにキム・ソンミンは無期限の資格停止処分となって韓国での活動が出来なくなった。

将来を嘱望されていた少年が負った深い傷。キム・ソンミンは活動の場を日本に移した。日本経済大への進学だ。

「日本では周りに同じ国の人がいなかったし、しんどかったです。そんな中で平松(正宏)監督が面倒を見てくれて野球に集中することが出来ました。“また野球を一生懸命やろう”と思えるようになったのは平松監督のおかげです」

キム・ソンミンの資格停止は処分決定の2年後、14年の2月に解除になった。大学3年生を前にようやくキム・ソンミンにプロの道への道が開けた。

焦りを捨ててレベルアップ

昨年までは先発と中継ぎで併用されたキム・ソンミン。これまでは自分の立場が不安定なことが投球に影響したという。

「やってやらなきゃという気持ちが強すぎて気持ちが焦ってしまって、ピンチになると状況が分からなくなることも多かった。少しでも結果が良くないと悪い方向にはまっていきました」

しかし今年は違う。

「マウンドでは自分がすべきことだけを考えるようにして、打たれても“相手打者のコンディションがいいんだ”と考えられるようになった。マウンドの上で“余裕じゃない余裕”が生まれました」

今季は左のリリーフのポジションをつかみ、ここまで14試合に登板し、防御率2.63。昨季は48イニングで21個の四球を与えていたが、今年は13回2/3で2つと大きく減った。

キム・ソンミン(写真:キウムヒーローズ)
キム・ソンミン(写真:キウムヒーローズ)

変化球で見つけた生きる道

「スピードを上げようと努力しているけどどうやっても上がらないのでストレスを感じていた。球速にこだわるあまり、コントロールも変化球の切れも悪くなった。でもある時思ったんです。試合では球速は重要じゃない。球が遅くてもピンチを抜け出すことが大事と考えられるようになりました」。

キム・ソンミンのストレートの平均球速は136キロ。リーグ平均の142キロを6キロ下回る。そのストレートよりも多い、投球全体の約4割を占める球種がチェンジアップだ。

「昨年は四球が多かったのでそれを減らすことで、最大限、守備の時間を短くしようと考えて、今年から変化球主体の投球スタイルに変えた。変化球も直球を投げる時と同じように強く、同じリリースポイントで投げることを意識している。初球から変化球を打つ打者は少ないので、変化球でストライクをとって優位なボールカウントを作れるようになりました」

トゥサンベアーズの長距離砲、左打者のオ・ジェイルはキム・ソンミンについて「初球から変化球が来ると思って打席に入っている」と話し、相手打者にも変化球を意識させている。

またキム・ソンミンとバッテリーを組むキャッチャーのイ・ジヨンは「(キム)ソンミンはチェンジアップだけじゃなく、スライダーもカーブもいい。球が速くないといっても球に力がある。そしてバッターを駆け引きが出来るピッチャーです」

今年こそは秋の大舞台へ

昨年、チームは10球団4位。日本のクライマックスシリーズにあたるポストシーズンに進出し、ワイルドカード決定戦、準プレーオフと勝ちあがった。そしてプレーオフでは2位のSKワイバーンズと熱戦を繰り広げるも、あと一歩のところで韓国シリーズ進出を逃した。

しかしその優勝をかけた大舞台のマウンドにキム・ソンミンの姿はなかった。

「エントリーには入っていたのに試合には出られなかった。首脳陣から見て大事な試合で僕を出すのは不安だったんでしょう。今年は昨年より良くなったという印象をみんなに植えつけて、勝ち試合でも敗戦処理でもチームに貢献したい。そして今年こそはポストシーズンで投げたいです」

実年齢より幼く見える選手が多い韓国。しかしキム・ソンミンからは年齢以上にしっかりとした印象を受ける。とても落ち着いた低い声で言葉を選びながら話す様子からは、これまでの苦難の道のりがうかがえる。一方でインタビュー中、先輩選手から「日本語で喋れ」と茶化されて見せる屈託のない笑顔は他の20代中盤の選手と変わらない。

遠回して役割をつかんだキム・ソンミンは今、信頼を得る存在となった。

※本項目は韓国KBOリーグ各球団から写真使用の許可を得ています。

韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表

2002年から韓国プロ野球の取材を行う「韓国プロ野球の伝え手」。編著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』(韓国野球委員会、韓国プロ野球選手協会承認)を04年から毎年発行し、取材成果や韓国球界とのつながりは日本の各球団や放送局でも反映されている。その活動範囲は番組出演、コーディネートと多岐に渡る。スポニチアネックスで連載、韓国では06年からスポーツ朝鮮で韓国語コラムを連載。ラジオ「室井昌也 ボクとあなたの好奇心」(FMコザ)出演中。新刊「沖縄のスーパー お買い物ガイドブック」。72年東京生まれ、日本大学芸術学部演劇学科中退。ストライク・ゾーン代表。KBOリーグ取材記者(スポーツ朝鮮所属)。

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