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学校選挙、子ども・若者団体に年間約45億円の助成金を出すスウェーデン若者・市民社会庁の取り組み

室橋祐貴日本若者協議会代表理事
スウェーデン若者・市民社会庁の局長Lena Nybergさんにインタビュー

世界で最も民主主義が発展した国の一つである、スウェーデン。

選挙の投票率は、80%を毎回超えており、自由意思の投票制度を採用している国家の中では最も高い(若者と他の世代で投票率に大きな違いはない)。

前回(2018年)が87.2%、今回(2022年)は少し“下がって”84.2%となった。

今回少し投票率が下がった理由として、現地報道では、問題(犯罪対策など)が複雑で投票先を選びにくかったこと、今回投票方法が少し変わり、長い列に並ばなければならなかったため、投票をあきらめた人もいたなどと分析されている。

そのスウェーデンの民主主義を支える市民社会や若者政策を担当しているのが、スウェーデン若者・市民社会庁(Swedish Agency for Youth and Civil Society、通称MUCF)だ。

今回、スウェーデン視察にて、若者・市民社会庁局長のLena Nybergさんにインタビューしたため、その内容を紹介したい。

ちなみに、スウェーデンには「庁」が多く、日本の「省庁」の位置づけとは少し異なる。スウェーデンの「庁」の方が権限が大きく、役割も大きい。

インタビュー先:

スウェーデン若者・市民社会庁

局長 Lena Nybergさん

HP https://www.mucf.se/en

関連記事:民主主義は学校だけじゃなく大学でも!学生の声を聞くスウェーデン「大学法」(室橋祐貴)

若者が社会に対して影響力を持てるようになることを目指す若者・市民社会庁

スウェーデン若者・市民社会庁のミッションは「民主主義を特に若い人たち向けに発信し、支援すること」。

若い人たちが自分の意見を全てのレベルで言えるように支援し、若者が社会に対して影響を与えられると理解できるようになることが重要だと考えている。

そして、若者たちの現状や視点を国や自治体の意思決定者に理解してもらうことを重視しており、若者のことについて研究を行い、レポートを各機関(国、自治体)に送っている。

具体的な主な活動は、大きく5つある。

⑴学校選挙の運営

⑵若者の現状リサーチ

報告書作成やカンファレンス開催、講座開講などの情報発信

⑶NGOの状況をリサーチ

⑷若者団体、市民団体への助成金事業

⑸国際交流

EUのプログラムで、若い人たちの交流をサポートしている

「学校選挙(SKOLVAL)」とは、本物に近い模擬選挙であり、スウェーデンの主権者教育で大きな注目を集める。

各学校での取り組みや高校生や中学生へのインタビューなどは、別稿で取り上げるが、若者・市民社会庁が取り組んでいることを中心に紹介したい。

子どもに民主主義を教える学校選挙

出典:スウェーデン若者・市民社会庁(MUCF)
出典:スウェーデン若者・市民社会庁(MUCF)

「学校選挙(SKOLVAL)」とは、日本でいう模擬選挙だが、中身は大きく異なる。

投票先は本物の選挙と同じ(国政政党)であり、違うのは、投票者が日本でいう中学1年生から高校3年生に限定されていること、本物の投票結果には反映されず(選挙権は18歳なので一部の高校3年生は学校選挙と本物の選挙両方に投票する)、結果公表は本物の選挙の投開票日の翌日に公表されるということだ。

学校選挙への参加は、任意参加で、学校単位で参加する(運営は任意の生徒のグループ)。およそ全国の中学・高校の50%が参加する(今年は約49万1000人が参加)。

投票率は80%程度になっている。

選挙前には、地域の選挙小屋(各政党が小屋を設置し、有権者と対話する)を訪れたり、政治家やユース党(日本でいう各党の学生部、10代-20代が参加している)が学校を訪れ、討論会や意見交換を行う。

撮影:筆者(以下同様)
撮影:筆者(以下同様)

写真NGだったが、筆者が訪れた高校では、小さい体育館のようなスペースに、各政党がブースを設置し、各党のユース党員がパンフレットや飲み物、コンドームなどを配りながら、生徒からの質問に答えていた(順番にスピーチをしたりもする)。

そこで隣の投票ブースに行き、実際に投票を行う。

もらったコンドームやパンフレットの一部
もらったコンドームやパンフレットの一部

中には、学校を休んで、高校生に対して政策を説明していた14歳の中学生(ユース党党員)もいた。

同じ中学生に別の日にストックホルム大学でも会うなど、選挙期間中ずっと学校を休んで選挙活動をしているという。学校からは許可をもらっており(公欠扱い)、後からレポートを提出するそうだ。

ヨーロッパでは学校を休んでデモに参加することも珍しくない(公欠扱い)。

FFF(Fridays For Future)のデモには小学生や中学生が多く参加していたが、時間帯は、金曜日の平日昼過ぎで、おそらく学校を休んで参加している。

平均年齢は10代と言っても過言ではないぐらい参加者の平均年齢は低い
平均年齢は10代と言っても過言ではないぐらい参加者の平均年齢は低い

それぐらい、子どもが社会参加することは推奨されている。

初日に訪れたUppsalaの駅前広場にあった選挙小屋では、中学生と思われる生徒が環境党の党首に質問していた。

こうして身近に政治家に直接質問できる場所があることで、テレビで取り上げられないような、自分に直接関係のある、特に関心の強い分野について質問することができる。

真ん中左が環境党の共同代表
真ん中左が環境党の共同代表

真ん中の男性も政治家。基本的に党首クラス以外の政治家はスーツを着ていない
真ん中の男性も政治家。基本的に党首クラス以外の政治家はスーツを着ていない

また同じ場所でインタビューした14歳の3人の女子中学生たちのグループ(※)は、3、4時間待って穏健党の元党首(元首相)の話を聞きにきたという。

※見た目を言うのはあまり良くないかもしれないが、非常に大人っぽく、日本だと渋谷で遊んでそうな“イケてる”グループだった。

学校選挙でも、2週間前に選挙小屋に来て、穏健党に投票したそうだ。

選挙権がなくても来る理由としては、政治に興味があるから、将来どこに投票すべきなのか、今のうちから知っておきたいからとのこと。

学校でも政治の話をよくするし、家でもよく話すけど、親が押し付けたりはしない、親が子どもから学ぶこともあると話す。

情報源は主に、インスタグラムとTikTokで、テレビのニュースを家族で一緒に見ている。

穏健党の元党首と現党首(選挙で勝ったため首相になる)のスピーチの感想を聞くと、「すごくよかった。今の政治を変えられると思う。」と話してくれた。

真ん中左が穏健党の現党首、真ん中右が元党首
真ん中左が穏健党の現党首、真ん中右が元党首

このように中学生の段階から、政治家と話す機会が作られており、筆者が訪れた中学校では、クラスの全員が政治家と話したことがあると言っていた。

政党やユース党が学校に行くことを政府が積極的に推奨

日本だと政治的中立性を気にして、政治家が学校に行くことは避けられがちだが、スウェーデンでは推奨されている。

スウェーデン若者・市民社会庁の局長レーナさんは、その理由についてこう話す。

「学校選挙を実施する理由は、若い人たちが選挙や民主主義について学ぶためです。民主主義にとって投票は非常に大事だからです。

また、若い人たちの投票結果も非常に重要だと思っています。選挙をすることは、社会のシステムを信頼する上で重要です。」

「そして、学校選挙をすることで、学校で選挙や政治、民主主義について取り上げ、議論することに繋がります。私たちは、できるだけ政党やユース党が学校に行って、生徒たちと話すことを望んでいます。

政党は民主主義の土台で、若い人たちが政治家に会う機会が減ると、政党の会員も減ってしまいます。それは、民主主義にとって良くないことです。できるだけ本物の選挙に近い形にすることが大事だと思っています。」

「今回の学校選挙でも、直接話すきっかけがあったことで、ユース党に入った人が多いと聞いています。他にLSU(全国若者団体協議会)のような組織に入る人も多くいます。」

別の記事で詳しく取り上げるが、ユース党の党員は、13歳から入ることができ、主要政党だと1万人以上、小さいところでも2000人ほどいる。スウェーデンの13-25歳の子ども・若者は160万人ほどいるため、この数%はユース党の党員になっている(ユース党は35歳が上限だが、95%ぐらいは25歳以下)。

学校選挙の期間中は、選挙小屋のような課外活動だけではなく、ほとんど全ての教科で選挙や政治、民主主義について取り扱われる。

例えば歴史の授業では、各政党の歴史について学んだり、スウェーデン語の授業では、各党のポスターやスピーチの仕方を分析する。

一方、課題もある。

今回第二政党に躍進した、スウェーデン民主党(極右政党と表現されることも珍しくない)が誕生してから、民主主義の価値(反差別)が共有されていないとして、最近は校長が政治家を呼ぶか決めている。

その結果、政治家が来る機会が減っているという。

スウェーデン若者・市民社会庁としては、若い人たちが政治家に会う機会が減っていることを非常に心配しており、たまたま関心の強い学校長がいる学校だけでなく、全ての学校で(義務的に)民主主義について教えることなどを働きかけている。

また今回、本物の選挙や学校選挙でも、スウェーデン民主党が二番になっており、排除するのではなく、議論しないといけないと話す。

「小さい時から、議論の訓練をすることが大事です。いろんな価値観があることを知る必要があるから。」

学校での政治的中立性を保つ上で意識していることは?という質問に対しては、こう答えた。

「全ての国会の政党を平等に受け入れることです。その上で、先生は、事実に基づいて教えています。どの先生も中立を守りたいと思っているけど、価値観がない人はいません。そのため、学校に全部の党が来てクリアしています。」

この政治的中立性の議論をする際、日本の場合、逸脱した時の罰則をどうするかという話がよく政治家から上がるが、スウェーデンでは、前提として、教員を信頼しており(博士持ちなど専門性が高いことも一因)、また子どもたちのことも自分たちできちんと判断できると信頼しているため、日本のようにがんじがらめにしていないと感じた。

学校選挙の振り返りセッションも

そして、学校選挙も単にやって終わりではない。

投票結果は、本番の翌日に公表され、MUCF主催のシンポジウムも開かれる。

プログラムの内容は、下記のようになっており、各学校ではYouTubeを一緒に見る。

1選挙結果の発表

2学校選挙に参加した3校を訪問する

3スタジオにゲストを迎えてパネルディスカッション

 ・スウェーデン全国生徒会連盟の副会長

 ・ダーラナ大学の講師 

 ・MUCFの局長(インタビューしたレーナさん)

 ・ユース2030(16歳選挙権を目指すキャンペーングループ)

 ・学校庁の局長 

 ・MUCFの学校選挙の担当者(以前スウェーデン大使館のイベントで一緒に登壇したレベッカさん)

4選挙の後、どのように学校の民主化を継続できるか? 

冒頭には、国会の議長が挨拶し、「民主主義は壊れやすいため、維持できるように頑張る必要があります。将来に影響を与えることができるから、選挙に行きましょう。」とスピーチした。

MUCFの局長・レーナさんは、ここでも政治家が学校に行く必要性を強調し、普段から政治家に学校に行ってもらいたいと呼びかけた(選挙小屋は選挙の時だけ)。

また、市民活動に関わっている人の方が政治への関心が高いというデータも紹介しながら、NPOなどももっと学校に行くべきと話す。

さらに、もっと若者の声を政治に取り入れないといけない。それは学校の責任。党員になって、選ばれる側も育てないといけないと問題提起。

「学校の任務は、子どもたちに知識を与えること、民主主義を教えることです。自分たちの意見を持つことが重要。選挙で終わりではなく、毎日やらないといけません。」

学校選挙に参加したいという学校に対して、若者・市民社会庁がキットを送っているが、投票の仕方などのほか、どういう風に民主主義について語るか、選挙前、選挙中、選挙後の取り組みについてもまとめている。

他にも教員向け教材(Prata Politik=政治について話そう)もある。

学校選挙の予算としては、600万スウェーデン・クローナ(8000万円ぐらい)あり、一部を若者団体(スウェーデン生徒会連盟など)に渡している。

ちなみに今回学校選挙の結果は、本物の選挙より全体的に保守的な傾向になっており、穏健党(M)が一位(本物だと3位)、スウェーデン民主党(SD)が二位(本物も2位)、社民党(S)が三位(本物だと1位)になった。

出典:MUCF
出典:MUCF

子ども・若者団体に年間約45億円の助成金!

他に特徴的な取り組みが、子ども・若者団体への助成金事業だ。

子ども・若者主体の取り組みを促し、若者の影響力を強化するために、子ども・若者団体に限定した助成金を拠出している。

ここでいう子ども・若者団体とは、25歳以下のメンバーが6割以上いる団体が条件となっている。

助成金全体の予算規模が5〜6億スウェーデン・クローナ(SEK)で、そのうち若者・子ども団体に絞った額は3億5000万SEKとなっている。

現在、1SEKは約13円となっている。

つまり、約45.5億円を子ども・若者団体だけに助成している。

筆者の知る限り、日本で子ども・若者団体に限定した公的な助成金は存在しない。

スウェーデンの予算規模は約13兆円であり、東京都とほとんど同じ規模だ。しかし、子ども・若者団体に対しては、日本全体(予算規模107兆円)と比べても、比較にならない。

それだけ、子ども・若者が大事にされている。

また重要なのが、子ども・若者向けの支援団体への助成金ではなく、子ども・若者が主体の団体に直接支給されていることだ。

日本では、子どもが庇護の対象と見られ、どう支援するかという客体としての存在になっているが、スウェーデンでは(フィンランド、ドイツなど他の子どもの権利を尊重した国家も同様)、子どもが主体としてエンパワメントされている。

関連記事:「支援・保護」対象から「権利主体」へ、こども家庭庁・こども基本法施行後の「子ども像」(室橋祐貴)

よく「子ども目線」に立って考えるべきと言われるが、子どもの権利の文脈では、「子ども目線」と「子ども自身の目線」は分けて考えられている。

前者は、あくまで大人が主体であり、後者は子どもが主体だ。

子ども目線=大人が子どもの立場になって考えること

子ども自身の目線=子ども自身の考えていること

しかし、日本の施策は、ほとんど全てが、大人中心の子ども目線であり(パターナリズム)、若者に対しても大きくは変わらない。

これを今後は、子ども・若者自身の目線を大事にしていく必要がある。

パターナリズム=当人の意志に関わりなく、 当人の利益のために (for one's own good)、 当人に代わって意思決定をすること。 父親的温情主義、父権主義などと訳される。

そして、その子ども・若者主体の活動を支えるため、もっといえば、子ども・若者の意見表明権を守るためには、公的な助成金が欠かせない。

これがあるからこそ、日本若者協議会がモデルにしている全国団体若者協議会(LSU)や、政党のユース党、別の記事で紹介した大学の学生組合などが専属のフルタイムスタッフを雇うことができ、民主的な、安定した運営をすることができている。

例えば、LSUには、20名ほどの専属スタッフがいるが、日本若者協議会には有給の専属スタッフは一人もいない。

仮に日本でマネタイズをしようとすれば、特定の政党やその支持者から支援を得るなど、偏りを大きくせざるを得なくなる(実際そうした事例が散見される)。

独立し、安定した、多様性のある若者団体を増やしていくためには、こうした政府の支援が欠かせない。

真に発展した民主主義国家にするため、子ども・若者の声を社会に反映させるため、日本にもこうした、子ども、若者をエンパワメントする事業を期待したい。

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10月15日に、スウェーデン視察のオンライン報告会を開催します。

スウェーデンの民主主義、選挙、子どもの権利に関心のある方はぜひご参加ください。

詳細→ https://youthconference.jp/archives/5804/

また北欧で行われている「デモクラシーフェスティバル」を参考に、日本で「民主主義ユースフェスティバル2023」を開催します。実行委員会のメンバーに関心のある若者はぜひご参加ください。

https://youthconference.jp/archives/5796/

日本若者協議会代表理事

1988年、神奈川県生まれ。若者の声を政治に反映させる「日本若者協議会」代表理事。慶應義塾大学経済学部卒。同大政策・メディア研究科中退。大学在学中からITスタートアップ立ち上げ、BUSINESS INSIDER JAPANで記者、大学院で研究等に従事。専門・関心領域は政策決定過程、民主主義、デジタルガバメント、社会保障、労働政策、若者の政治参画など。文部科学省「高等教育の修学支援新制度在り方検討会議」委員。著書に『子ども若者抑圧社会・日本 社会を変える民主主義とは何か』(光文社新書)など。 yukimurohashi0@gmail.com

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