アメリカとフィリピンの「トランプ」によって自衛を求められる日本

(写真:ロイター/アフロ)

ついに、不動産王ドナルド・トランプ氏が共和党の大統領候補に選ばれることが確実となった。支持率はトップになりながらも、「まさか」本当に選ばれる訳がないというのが主要メディアの見方であったが、最後まで残っていたテッド・クルーズ上院議員、ジョン・ケーシック オハイオ州知事が撤退を表明、残るはトランプ氏一人となり、指名が確定した(厳密にはまだ確定ではないが、ほぼ確実と言っていい)。

そして、国内からの票を集められれば選挙権のない国外から嫌われることも辞さないトランプ氏は、諸外国に対する批判を続けている。

全額負担しなければ撤退する

3月26日、New York Timesのインタビューに答えたトランプ氏は日米安保条約についてこう発言した。

「我々が攻撃されても日本は防衛する必要がない。米国は巨額資金を日本の防衛に費やす余裕はない」。

出典:New York Times

昨年末にも「誰かが日本を攻撃したら、我々はすぐに駆けつけ、第三次世界大戦を始めなければいけないんだろう?我々が攻撃されても日本は助けない。フェアじゃないだろ?これでいいのか?」と不満をぶつけており、日本や韓国が米軍の駐留経費を全額負担しなければ撤退させると主張。「米国は強い軍事力を持った裕福な国だったが、もはやそうではない」と明言している。

また、日本や韓国が北朝鮮や中国に対抗するために核兵器を保有することは否定しないとも述べている。

日本の対米自立を期待する声

こうした声に対し、徐々に日本の政治家も反応を示している。

安倍首相は、4月5日Wall Street Journalのインタビューで、米軍が撤退し日本を自衛に委ねることができるかとの問いに、「今、予見しうるなかにおいて、米国のプレゼンスが必要ではないという状況は考えられない」と明言、「日米同盟が強化されることで抑止力が強化され、それは日本のみならず地域の平和と安定に貢献」すると語った。

5月6日には、石破茂地方創生担当相がトランプ氏が日韓の核武装を容認していることについて、「仮に日韓が核武装を選択すれば、地域の不安定性が増し、米国の利益にはならない」と述べ、支持しない考えを明確にした。一方、将来的に日本の憲法を改正し、日米安保条約や在日米軍の地位を定めた日米地位協定を改定できれば「最終的には『共に守り合う』形の同盟を実現させることも今後構想していかねばならない」と主張した。

おおさか維新の会の松井一郎代表は「僕は核保有するのは嫌」としながらも、「何も持たないのか、抑止力として持つのか、という議論をしなければならないのではないか」と、核保有の是非について議論すべきだと主張。

国会では既に、横畠裕介内閣法制局長官が「憲法上、あらゆる核兵器の使用が禁止されているとは考えていない」と答弁しており、閣議でも「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用をおよそ禁止しているわけではない」とする答弁書を決定した。答弁書では「自衛のための必要最小限度の実力保持は憲法9条でも禁止されているわけではなく、核兵器であっても、仮にそのような限度にとどまるものがあるとすれば、保有することは必ずしも憲法の禁止するところではない」と明記されている。

一方、一部保守派の間で、日本の対米自立の好機だとトランプ大統領を期待する声は日々強まっており、核武装を期待する声も一部には存在する。さらに韓国で核武装が実現すれば、日本にも、という声は強まるだろう。直接的な危機と隣接している韓国では核武装を求める声は強まっており、中央日報が2月に行った世論調査では核武装賛成が67.7%にもなっている。

指摘内容は必ずしもズレたものではない

だが、現実的に核武装を検討すれば、核開発を行っている期間に中国から攻撃される可能性、NPT(核不拡散条約)から脱退する必要性、核武装コスト(年間約3000億円、現在の在日米軍関係費は約4300億円)など、実現性が乏しいことは明白である。

さらに、「米軍の駐留経費を全額負担しなければ撤退させる」という主張も、米国が日韓以外にも安保条約を結んでいる国は多く、全ての国が負担増を受け入れるとは想像しにくい(参考:同盟国一覧)。日本での報道では日韓が特に取り上げられているが、トランプ氏は同盟国全体に対して言及しており、特にNATO諸国を最も強く批判している。

一方で、トランプ氏の歯に衣着せぬ発言は、アメリカが今まで言えなかった本音でもあり、実際、NATO批判は適切である。トランプ氏が指摘しているのは大きく二つ、一つは「NATOが時代遅れ」というもの、二つ目が「アメリカの費用負担が大きすぎる」というものだ。

NATOが作られたのは1949年で、ソ連の脅威を想定して作られたものだが、今はテロが最大の脅威となっており、NATOはそれに適応できていない。またNATOは28ヶ国加盟国が存在し、加盟国は少なくとも対GDP比2%を軍事費に使うという規定があるにも関わらず、ほとんどの国が守っていない。一方のアメリカは3.32%(2015年度)と明らかに多く負担している。NATOの費用は約3分の2をアメリカが負担しており、アメリカ国内で不満が高まるのも当然と言える。

そして、世界平均は2.08%だが、日本は0.99%しか支出しておらず、これも負担増を求められるのは当然かもしれない(韓国は2.64%)。日本の軍事費は約5兆円だが、仮に世界平均の2%を実現するとなると、10兆円まで増やさなければならない。日本が自衛する費用がどれだけかかるか次第だが、駐留経費を全額負担した方が安く済むのは確実だ。もちろん、石破氏が言うように、「米国が日本を守っているのだから、その経費を負担すべきだ」という文脈はズレている。しかし、世界的に見ても日本の軍事支出が低いのは事実で、トランプ氏が日本を嫌って負担増を求めている訳ではなく、誰が大統領になっても今後同様の指摘を受ける可能性は十分にある、ということは念頭に入れておく必要があるだろう。その上で、今後の日米関係をどうするかも含めて、日本の安全保障政策について議論を深めていくべきだ。

フィリピンの"トランプ”

一方、日本にとってもう一つ懸念材料がある。それはフィリピンの大統領選だ。現在、フィリピンではトランプ氏のように過激な発言を続けるロドリゴ・ドゥテルテ氏(ダバオ市長)が大統領になる可能性が高まっている。

元検事であるドゥテルテ氏は20年以上ダバオ市長を務め、治安が「最悪」だった市を最も平和な市に変えた功績を持つ。しかし、その手法は過激で、2009年には「もしもアナタが私の町で違法行為を働いた場合、犯罪組織の一員とみなす。善良な市民の暮らしを脅かすならば私が市長である限り、その人物は報復(暗殺)の対象となるだろう」と、市長とは思えない発言をしている。それでも治安が良くなった事実は変わらず、支持する声は強い。今回の大統領選でも「犯罪者は殺してマニラ湾の魚のえさにする」、「南シナ海の中国の人工島にフィリピンの旗を立てる」などと過激な発言を行いながらも、世論調査では支持が33%とトップを走っている。

そして、日本にとっての懸念は対中関係の変化である。現アキノ政権は、南シナ海での対中政策で日米との連携を鮮明にし、日本政府も巡視艇の供与や海自の航空機の貸与などで支援してきた。ところが、現在の大統領候補は対中関係を変化させる発言をしており、ドゥテルテ氏とビナイ副大統領は中国との対話路線を打ち出している。もしドゥテルテ氏が大統領になれば、日米よりも中国を重視し、南シナ海の勢力図に変化を及ぼすかもしれない。そうなると、ますます日本が自衛力を強める必要性が増してくる。このように刻一刻と安全保障環境は変化しつつあり、イデオロギー的に議論が避けられがちな安保政策だが、きちんと議論していかないと後手後手の対応しかできなくなるだろう。

フィリピン大統領選の投開票日は9日だが、今後の日本に大きな影響を与えかねない2人の「トランプ」の行方に要注目である。