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傷つくってわかってるんだけど、でも、私は表現するしかない――「踊り手」安藤未知インタビュー

宗像明将音楽評論家
安藤未知(撮影:ムシぴ)

「踊ってみた」というカルチャーがある。主にインターネット発の音楽を使って「踊り手」と呼ばれる人々が踊り、ニコニコ動画などに投稿するカルチャーだ。2019年5月、その「踊ってみた」のシーンに現れた人物の動画を、私は何度も見返した。彼女の名前は安藤未知。2年ほど表舞台から姿を消していたものの、「踊り手」として帰還した人物だ。それから約2年半、彼女がニコニコ動画で公開している「踊ってみた」の動画は実に70本近く。月産2本ペースだ。動画がかぶるとはいえ、YouTubeにも70本以上の動画がある。さらに「歌い手」として欅坂46のカヴァーもすれば、自身のオリジナル曲も制作し、MVも公開している。2020年には櫻坂46の山﨑天の個人MV「蒼天」にも出演し、さらに最近ではアイドルグループ・ポエトリープの振り付けも手がけているなど、安藤未知の活動は幅広い。作品数も含めた、安藤未知独特の「過剰さ」について話を聞こうとしたところ、堰を切ったように彼女は語ってくれた。ものすごい勢いで、ひねくれたことを言うのだ。

安藤未知(撮影:ムシぴ)
安藤未知(撮影:ムシぴ)

表現することを仕事にするしかない

安藤未知:(ICレコーダーに向かって)安藤未知でーす! パフパフ!

――インタビューを受けるのは初めてなんですか?

安藤:うん。年に2回、ドワンゴさん主催の「ダンマス」(ダンマスワールド)っていう踊り手界の大きなイベントがあるんですけど、それに2回連続で選んでいただいたのが今年からで、そこからニコ動の再生回数が10万回以上行ったりとか、Twitterのフォロワーさんが増えたりとか。たぶんこの1年だけでフォロワーさんが2,000人ぐらい増えたかな。

――2021年に入ってから踊り手のシーンで注目されても、基本的に自分ひとりでやってるんですよね。

安藤:事務所さんとかも入ってないんです。僕は人としての欠落点がすごく大きいから、炎上したときに、他人に尻拭いをされるのがすごく嫌なんですよ。リスペクトできない人と仕事をするのもすごくつらいなと思うし、自分自身に対する理想も高いし、相手に課してる理想も高いし。かといって、今まで人間関係を友好的に築けてきたほうではないから、うまいこと世渡りできない。定期的に仕事の連絡を取り合わなきゃいけないとなると、何かに失望しちゃったり、仕事面で迷惑かけたりするのも嫌だし。だから、オファーも全部自分で受けるし、自分でブッキングするし、オリジナル曲のお願いも、「歌ってみた」の録音や「踊ってみた」の撮影のお願いも、自分でやってます。

――とはいえ動画の数も多いから大変ですよね。

安藤:今「踊ってみた」カルチャーが、TikTokの影響でやる人が増えて。アイドルさんや芸人さんやモデルさんが「踊ってみた」をYouTubeに上げはじめてるし、たぶん時代って回るから、「踊ってみた」がきっとまたはやりだすと思うんですよ。自分がそのカルチャーのなかで、自分の好きな音楽だけ踊れて、オリジナル振り付けも誰に何を言われるでもなくやってることが、今の自分にとっては表現しやすくて。「歌ってみた」もこれから始めるんです。

――2019年5月の「さようなら、花泥棒さん」から活動を開始しましたけど、そもそも「踊り手」というフォーマットを選んだのはどうしてだったんですか?

安藤:踊り手さんがとても自由に見えたんです。自分が好きだったアイドルカルチャーは、人間が人間を動かしてるわけじゃないですか。セルフプロデュースしているアイドルさんも好きだったけどどんどん終わっていって、大人とやっていかなきゃいけないけど、100%やりたいことが一致することってないし。僕は以前の活動を辞めて2年間引きこもって、踊り手さんがすごく自由に見えたんですよ。どうしても表現する場所が欲しくて、自由になりたくて「踊ってみた」を始めました。

――そして、2021年の「君はできない子」がニコニコ動画で初めて10万回以上再生されたときは、なぜだと感じましたか?

安藤:前の活動は2年で辞めたんで、新しい活動の最初の2年間は全てを無課金でやりたかったんですよ。ニコニコの広告(視聴者が課金して宣伝できる)もオフにしてたし、通販もやらなかった、ライヴもやらなかった。ネットサーフィンのなかで見つけてほしかった。アンダーグラウンドのなかのアンダーグラウンドになりたかったんですよ。だけど、趣味で続けていると、「いつまでそれをしてるの?」って周りの人に言われちゃう。「私は表現しないと死んじゃうのに、健康的に生きてる人には遊んでるって思われちゃうんだ?」と思って、「じゃあ、もうこれは仕事にするしかないんだ」と思って。だけど、事務所に所属するのは考えられなくて、「もう自分で全部やろう、お金としての価値も自分で決めて、見誤らないようにやっていこう」と思って、今年から広告もオンにしたし、たくさんの踊り手さんとコラボをさせていただいたり、通販を始めたり、ライヴに出たり、振り付けのお仕事をもらったり、被写体やMVの仕事とか、いろんなお仕事をもらったりして。そうしたら、まだまだですけど、少しずつ数がついてきてくれて。これからすぐ辞める気はないんで、10年単位で考えて、振付師になりたいなって今は思ってます。

――表現を仕事としてやろうとする過程で、「君はできない子」は必然的に生まれた作品だと思いますか?

安藤:そうなんですよ。「おまえはできない子だよ」とか「普通の仕事はできないもんね」とか、身内にも他人にもすごい言われはじめて。でも、あれを撮ってくれたDESGONiE inc.さんだけが、「自分が撮るよ」って救いだしてくれて。自分のファンの人が「ずっと見てるよ、大丈夫だよ」って言ってくださるのと重なりました。私は不安定な美しさが好き。何かに固められたくない。固められちゃった美しさは他の人のほうが得意だし、不安定な美しさって、その人たちにはできないから。不安定なままで生きてるのを表に出したのは「君はできない子」が最初。

――先日デビューしたポエトリープの振り付けも担当しましたが、相手は誰でもいいわけではないとも配信で言ってましたね。

安藤:めちゃめちゃ生意気だけど、仕事を何でもかんでも取って潰れた経験があるから、好きなことや自分のやりたい表現を見失わないためにそうしてます。早死する気がなくなったから、仕事を選んでるのかも。

――早死する気だったんですか。

安藤:10代の時は、もうそれこそ20歳になったら死のうと思って生きてきたから。ずっといじめられてきたし、「別に長生きして何になるんだ」ってずっと思ってたから、10代のうちにめっちゃくちゃ有名になって、そのまま死んで伝説になろうと思ってた。だけど、いろんなことがあって、ちょっと長生きしてみようと思いはじめて。すごく長く続けたいってなった時に、私はとても中身が子どもで未熟だから、すぐ人間に失望したり、すぐ「わー!」ってなっちゃったりするから、そうならない方法をずっと考えてる。

安藤未知(撮影:ムシぴ)
安藤未知(撮影:ムシぴ)

誰かの偶像をぐちゃぐちゃにするのが好き

――これから「歌ってみた」をやるという話がありましたが、欅坂46の「角を曲がる」のカヴァーがありましたね、歌って踊って。今後どんな曲を歌いたいですか?

安藤:ネクライトーキーっていうバンドに転生した石風呂さんっていう方がいるんですけど、根暗でポップなことをやってるんですよ。そういうのをやりたい。だから、「歌ってみた」も、全部一発で撮って、ライヴ感のある「歌ってみた」にして、自分でMVを作ってみたくて。たまたま自分の表現に合うのが、今まで「踊ってみた」だっただけで、表現できるなら何でもいい、そのときの自分に合う表現ができるなら。でも、それって一本のものを極めてる人からすると「軸がない」って言われちゃう。そういう全部に違和感があるの。

――かつ、若い女の子が踊って歌ってると、「アイドルではないの?」って言われちゃうことはどう思いますか?

安藤:だって、僕は偶像じゃないから。誰かの偶像をぐちゃぐちゃにするのが好きだから、アイドルはできない。すごいひねくれちゃってるから、まっすぐ応援されてもアイドルにはなれない。なんで自分の正体を決めなきゃいけないのか、すごく違和感がある。「なんでみんな、そんなにきっぱりさせたいの?」って思う。「何されてる方ですか?」って聞かれるのが死ぬほど嫌いなんですよ。そんなこと言うんだったら、安藤未知をカルチャーにしたいかも、って思う。

――これから活動を広げてくと、絶対アイドルのイベントに誘われますよ。

安藤:もう今、断ってますもん。ZOCさんとか、アーティストアイドルみたいな人は好きなんですけど、私が求めていたアイドルって、あヴぁんだんどとか少女閣下のインターナショナルとか、「絶対そんなことして楽しいのは運営と君たちでしょ?」ってことしてる人たちだったのに、なぜか続いてくれない。ずっと続いてくれてるのは大森(靖子)さんだけ。大森さんも、絵を描く人だったりとか、アーティストだったり、ZOCの「共犯者」だったりしてきて、もう「大森靖子」っていうジャンルなんですよ。

――誰かに聞かれたら「歌って踊ってます、でもアイドルではないです」でいいんじゃないですか?

安藤:それでいい?

――うん、アイドルと思いたい人はそれでもいいけど、アイドルとしては活動してない、と。

安藤:そう、「あなたの偶像を私は保てないぞ」って、ずっと言ってるのに、私の言葉をガチだと思ってくれない。キャラだと思われちゃうから。

――そもそも、未知さんの言動からは、根深い人間不信が伝わってきますね。

安藤:そりゃそうですよ。みんな僕のこと嫌いだもん。

――あの、私はそんなことないですよ?

安藤:でも、最近は「尊敬できない人間に言われてるから、こんなにむかつくし、傷付くし、嫌なんだ」と思って、見ないという選択を取ることができるようになった。SNSのアプリも携帯に入れてないし。都会に住むことをやめたし、月に一度しか東京に出ないようにしたし、会いたいって言ってくれてる人の全てにレスポンスすることをやめた。そうやって人からの理想を保ちたいというのもあるし、私という人間をさらけだして、全部作品にしたい。だから、「踊ってみた」が一番やりやすい。泣くのも笑うのも怖がるのも怒るのも、全部1曲に込められるから。私の悲しみも、振り付けにして出せば、私の気持ちは全部浄化されるから。だから、踊ることも、安藤未知をすることも、生活でしかない。

表現し続けてれば、順番が来る

――さっき、あヴぁんだんどの名前が出ましたけど、安藤未知さんのオリジナル曲の「さよならばいお君」と「ぜんぶetude」は、そのあヴぁんだんどの楽曲を書いていたteoremaaさんですね。

安藤:私のなかでは、なゆたあく(元あヴぁんだんど、在籍時の名義は星なゆた)は地下アイドル界の歴代ぶっちぎり1位のアイドルなんで。なゆたあくと音楽を作る人なんて、絶対やばいですよね。超リスペクトできると思って、お願いしました。

――「ぜんぶetude」は、ローランドのTR-808っていうシンセサイザーのリズムがずっと鳴ってるじゃないですか。曲はどういうオーダーをしてるんですか?

安藤:最初、teoremaaさんと喫茶店に行って、「僕は僕のやりたいことをやりたいんじゃなくて、僕とやりたいと思ってくれてる人を探していて、teoremaaさんのやりたい音楽をもし僕ができるのであればやりたいです」っていうのをノートの二面に書いて見せて、それで始まって。「私は何も言わないから、私をイメージして曲を書いてください」って言って、できたのが「さよならばいお君」なんですよ。「売れたくてやってるわけじゃないから、売れる音楽をやりたくない」みたいなことを殴り書いて渡したんです。そういうことに共感してくれる人じゃないとたぶん無理だから最初に言う。お互いに失望したくないから。価値観が合わなかったら、絶対に仕事しない。

――うーん、大変面倒くさいですね。2020年には、櫻坂46の山﨑天さんの個人MVの「蒼天」に出演しましたよね。

安藤:あれは衣装を提供してたカオスマーケットの人が「こんな話があるんですけど、どうですか」って言ってくれて。

――結果的にアイドルからは離れられないという。

安藤:そう、切れないの(笑)。安藤未知になってから、「やっぱり出会う時は出会う」って、すごく思ってる。自分がガツガツしなくても、オファーが来たり、巡ってくる。表現し続けてれば、順番が来るっていうか。噛みあったときに面白いものができるから、僕はそれが好き。

――2021年になってから、踊り手のライヴにも出演するようになりましたね。

安藤:みんな「実在するんですか?」とか「ほんとにいた!」みたいな(笑)。みんなが思う安藤未知を作ってから来てくれて、私がそれをぐちゃぐちゃにして返すのが超楽しい。みんな、私は無口な気高い女だと思って来て、「え、来てくれたの、ありがとう~!」って言うと、「こんな人なの!?」って、驚いてぐちゃぐちゃぐちゃってなるのが、たまらなくかわいい(笑)。それも振り付けにできる。自分が強く動かされたものを軸に作ってる。ほぼ全部、即興で作ってるから。だから、動くものが好き、人間が好き。みんな死ねばいいと思ってるし、みんな大好き(笑)。

――あの、今、目の前にいる私は、死んだほうがいいですか、生きてるほうがいいですか?

安藤:死にたいと思いながら生きていてほしい(笑)。

――それ、一番残酷なパターンですね。「おやすみプンプン」という漫画のラストですよ。

安藤:そうなんですか? でも、一個絶対言っておきたいのは、踊り手界隈はみんな変だから、みんなひねくれてるの。だから、僕のことを笑う人はそんなにいないし、「あいつ変だよね」ってなっても身内はコラボしてくれるし、面白がってくれる。それはきっと関わらない時間が多いからだと思う。だから、やっぱり自分で月に一回しか東京に来ないとか決めてるのも、今のこの僕の面倒くささには合ってるのかもしれない。みんな死ねばいいと思ってるけど、みんなリスペクトもしてるし、みんな好きでいたいから、「嫌いにならせないで」っていう気持ち(笑)。

――本当にややこしいですね。

安藤: HSS型HSPってわかります?

――人に触れたがるけど繊細ということですか?

安藤:そう。すっごい傷つくことをして、すっごい傷ついたって言ってるんだけど、すっごい傷つくことをまたする。それがどうしてもやめられないから、もう一生こうなの、しょうがないの、開き直ってるの(笑)。

安藤未知(撮影:ムシぴ)
安藤未知(撮影:ムシぴ)

ドワンゴに就職したい

――そんな未知さんが、表現を仕事として生きていくうえで、どういうことをやってきたいと思いますか?

安藤:何でもやりたい。私、マネジャー業務とか、30代になったらやりたいってずっと言ってる。自分の人生は人に預けられないけど、人の人生を預かって。私のことを死ぬほど好きなファンのなかから選んでやりたい(笑)。応募資格は男女どっちでもいいから、ただひとりに私の全部をあげたい。

――人の人生を預かるのは怖くないですか? 私は「宗像さんがプロデューサーをやるんだったらアイドルやります」って言う人に、「俺できないよ」って即答しましたよ。人間の心って究極の生モノだし。

安藤:でも、こんなに変だって言ってるのに、「僕のことを超好きな人じゃないと絶対受けさせません」って言ってるオーディションに来る人って、絶対変な人だから、だったら一生愛せる自信がある。裏切らなかったら。

――それはマネージメントじゃなくてプロデュースになるんじゃないですか?

安藤:そうかも。だから、自分に衣装の提供をしてくれる人や、撮影場所を貸してくれる人、カメラマンさんや、歌をミックスしてくれる人とかと、すごいつながりができて、私だけが独占してるのもったいないから、私もいつか死ぬし、私が届けられないところにも届けられるぐらいパワーのある、私を好きな変な人がいつか現れてほしい。

――死んだ後のことまで考えてるんですか。

安藤:うん(笑)。40歳になったら、スタジオを経営したい。踊り手に貸したいし、若い子が来たら、自分がそこでレッスンをして、それを仕事にしたい。

――もしかしたら50歳のことも考えてるんですか?

安藤:50歳は別に死んでてもいい(笑)。そんなに生きたくはないな。だから、そこまではもう絶対に全力で走る。

――そうなると、プロ志向になって傷つくことが増えるかもしれないけど、でも、それをやめないんですね。

安藤:そう。傷つくってわかってるんだけど、でも、私は表現するしかないし、安藤未知をやりながらじゃないともう生きていけないから。その代わり、ちゃんと仕事もするよっていうのを見せるために、平日はほぼ毎日働いてるし、店舗の鍵も任される人になってるし。私が生きるために必要な行為と、お金を稼ぐ行為をわけてやってる。だから「そっちでお金が稼げなくても、こっちで稼いでるから」でいいし。だから、面白いことしたいな。

――面白いことをしながら、やがてはそっちでもお金を稼ぎたいと。

安藤:うん。自分の実力がついてきて、時代のニーズに合うようなものができるようになってきたら、そっちを仕事にしたい。今は人を巻き込んでも、自分にあまりにも実力が伴ってないと思っている。「ダンマス」もオープニングでセンターにしてもらったんですよ。「あ、この位置に立たせてもらっていいんだ」って思ったし、「ちゃんと盛りあげる人にならないといけない」と思ったし。踊り手界隈の人口が増えればいいと思っているから、ドワンゴにも就職したい、できるなら(笑)。

――ドワンゴに就職?

安藤:自分のことをすごく好きな人と、人生を賭けて一緒にやりたいっていうのを、一本に絞る必要ないじゃないですか。ドワンゴで働いてる人って、踊り手出身の人もいるから、自分の経験したことを糧に、「じゃあ、どうしたらいいのか」っていうことを考えられるようになって、「踊ってみた」とかカルチャーに携われる仕事に就きたいな。

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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