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ソールドアウトで迎えたメジャー・デビュー発表――真っ白なキャンバス東名阪ツアー東京公演レポート

宗像明将音楽評論家
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

3月18日に関する「大切なお知らせ」

「大切なお知らせがあります」

アンコールで真っ白なキャンバスの小野寺梓がそう言うと、フロアから「おー!」という声が起こり、アイドル現場ではお約束の「やめないでー!」という声も飛んだ。

その「大切なお知らせ」を語りだしたのは、三浦菜々子だ。

「いつも応援してくださるファンの皆さん、真っ白なキャンバスに関わってくださる関係者の皆さんのおかげで、こうしてここまで来れました」

笑顔で語っていた三浦菜々子が真剣な表情になり、息を吸う。その一呼吸で、ファンに緊張が走った。彼女が脱退すると言いだすのではないか――。ふだんは騒がしい真っ白なキャンバスのフロアが完全に静まった。誰もが押し黙ったまま三浦菜々子の次の言葉を待つ。

「3月18日に……真っ白なキャンバス、キングレコードからメジャー・デビューします!」

フロアから大歓声と拍手が湧き起こり、ステージ上にはキングレコードのロゴのボードが現れた。

ツアーファイナル、ソールドアウト、そしてメジャー・デビュー発表

2019年11月17日、6人組アイドル・グループである「真っ白なキャンバス」(通称『白キャン』)による初の東名阪ツアー「NOW STEP ON TOUR」の最終公演が東京・新宿BLAZEで開催された。この日は、お披露目から2周年となる公演でもあった。

真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

2019年10月26日名古屋公演レポート:

まだ見たことのない大きなステージに歩み始めたい――真っ白なキャンバス東名阪ツアー名古屋公演レポート

2019年11月3日大阪公演レポート:

もっともっと大きくなって大阪に帰ってきたい――真っ白なキャンバス東名阪ツアー大阪公演レポート

2019年10月15日にリリースされたセカンド・シングル「いま踏み出せ夏」が、オリコンでデイリー1位、ウイークリーで7位を記録した白キャンの勢いを表すように、東京は公演2日前にソールドアウト。新宿BLAZEは超満員のファンで埋まり、ステージにセットが組まれ、そこにVJによる映像が投影されるなか、オープニングSEが流れだした。

SEが流れだすとメンバーが登場し、そして踊りだす。ただしある時期までは、SEが終わって1曲目のイントロが流れるまで、メンバーは動かずに下を向いていた。それが変化したのは、2019年6月15日に開催された「TIF2019メインステージ争奪LIVE~前哨戦~」でのことだった。あの日、6人は突然現在の真っ白な新衣装で登場し、そしてSEの段階から踊りはじめた。白キャンにとっての夏の始まりを告げた日のように、今も鮮やかに記憶に残っている。

東京公演では、メンバーが斜めの直線に並んだだけで、ファンから歓声が起こった。1曲目として「アイデンティティ」が始まることを察したからだ。歓声、「MIX」と呼ばれる掛け声、メンバーの名前のコール。日常生活ではまず聞かないような大声が響き渡る。間奏で西野千明が「クラップお願いします!」と言うと、松たか子の名も含む「パンMIX」と呼ばれるMIXをファンが一斉に叫ぶ。落ちサビでの三浦菜々子の歌を、ファンの細かいクラップが包む。

三浦菜々子(撮影:真島洸(M.u.D))
三浦菜々子(撮影:真島洸(M.u.D))

1曲目から情報量が多いのだが、こうした状況が白キャンというグループの現場の特徴でもある。続く「白祭」では、イントロが鳴るとファンがビートに合わせて「ダッ! ダッダッダダ!」と叫びだし、メンバーの振りつけを真似る。その光景に一切動じることなく、笑顔も浮かべて歌とダンスを続けるメンバーは「強さ」を感じさせる。

「セルフエスティーム」は、白キャンのシリアスな面を突きつめたかのような楽曲だ。白キャンが2019年にリリースした最重要作品だろう。冒頭は、麦田ひかるによる無言にして雄弁なダンスから始まり、6人のフォーメーションを重視したダンスが続く。特に、鈴木えまが「あぁ このまま飛び込む 勇気があれば」と歌う瞬間、6人が横一列に並んで、飛び込み自殺を連想させるのは、他のアイドルでは見たこともない類のものだ。ファンが静かに見るなか、メンバーがパフォーマンスを展開する「セルフエスティーム」のような楽曲があることも白キャンの強みだ。

真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

西野千明は、すでにテンションが上がりきっているファンをさらに煽る。「本日、白キャン初の東名阪ツアーファイナル・イン新宿BLAZEなんですけど、皆さん楽しみにしてましたか? えっ、足りないんですけど? もう一回聞きますよ、皆さん楽しみにしていましたか? 待ち焦がれていましたか? もちろん私達もそうです、やる気満々で来ております!」。

西野千明(撮影:真島洸(M.u.D))
西野千明(撮影:真島洸(M.u.D))

そして、「会場全体でひとつになって、最高にハッピーな空間をみんなで作っていきましょう!」と前振りして、「HAPPY HAPPY TOMORROW」へ。この楽曲の間奏では、ふだんはサークルモッシュが起きる。しかし、この日はメンバーがiPhoneでステージから見える光景を撮影し、それをVJがセットに投影する演出に挑戦した。しかし、小野寺梓が「写ってないよ!」と言う結果に。さらに「清涼飲料水」では、音響トラブルで間奏で音が止まる事態にもなったが、メンバーはMCを始めて場をつないだ。再び音が鳴りだすと、すぐにパフォーマンスを再開するなど、臨機応変な対応を見せた。

さらにシンガロングが起きる「untune」、そして「NOW STEP ON TOUR」名古屋公演で初披露となった「パーサヴィア」へ。「パーサヴィア」は、Shin Ishihara監督のもとカメラマン7人体制で撮影された東京公演の映像が、わずか2日後に公開されているのでぜひ見てほしい。

MCでは橋本美桜が「HAPPY HAPPY TOMORROW」での映像演出に触れ、改めて本来の演出を行った。iPhoneで撮影された満員のフロアが、VJによってステージのセットに映しだされる。そして彼女が「みんなの盛りあがりに負けないように、私たちも全力で闘っていくので、皆さんも全力でもっともっとかかってきてください!」と言っただけで、ファンが次の楽曲を察してジャンプをしはじめた。「闘う門には幸来たる」だ。新宿BLAZEを埋めるファンが一斉にジャンプをする光景は壮観だった。イントロが鳴った瞬間にフロアが湧く「Whatever happens happens.」では、「おまえら全員かかってこい!」と小野寺梓が久しぶりに荒ぶった煽りをした。

橋本美桜(撮影:真島洸(M.u.D))
橋本美桜(撮影:真島洸(M.u.D))

「いま踏み出せ夏」の終盤では、ステージ上のメンバーが肩を組んで左右に揺れながら歌い、フロアのファンも一斉に肩を組んで揺れた。さらに「Begin」で白キャンの歌の世界に引きこんだ後、小野寺梓はMCで語りだした。「こんなにたくさんの方に来ていただけて、たくさん盛りあがっていただけて、2年前は想像もできませんでした。1年前の今日、1周年のライヴをしたんですけど、そのときリーダーが卒業して、正直そこが白キャンのピークなのかなと思ったんですけど、それからみんなとたくさんいろんなことを乗り越えて、たくさん幸せなこともあって、本当に嬉しいです。3年目に向けて全身全霊を尽くします」。ファンはまたMCから次の楽曲を察して声を上げた。「全身全霊」である。

小野寺梓(撮影:真島洸(M.u.D))
小野寺梓(撮影:真島洸(M.u.D))

「全身全霊」は、現在の白キャンの真骨頂とも言うべき楽曲だ。歌詞で描かれる生きることへの葛藤、イントロや間奏で用いられる円形のフォーメーションの花びらの散るような美しさ。そこに、イントロから間奏、アウトロまで隙間なく入れられるファンの声も加わる。「ホグワーツMIX」と呼ばれるMIXはほぼ呪文だ。「内向的だが爆上がり」という不思議な楽曲であり、それは現在の白キャンの姿にも通じるものがある。

「全身全霊」は、小野寺梓がMCで触れた1周年ライヴで初披露された楽曲だ。現在、落ちサビでは三浦菜々子と小野寺梓の姿が対比される構成だが、初披露時は、その日をもって白キャンを去るリーダーの立花悠子と小野寺梓が対比される構成だった。

それからの1年は、「全身全霊」を6人体制で自分たちのものにするために費やされてきた時間でもあった。2周年ライヴで、白キャンは見事にそれを果たしたのだ。

「全身全霊」のアウトロでは、小野寺梓がソロで歌う。彼女の顔は涙で濡れていた。この日のライヴで唯一、小野寺梓が泣いた瞬間だった。

そして、涙がまだ乾かない小野寺梓が「モノクローム」を歌いはじめる。「モノクローム」は白キャンの楽曲の中でもっとも内面をえぐりだすかのような楽曲であり、聴くたびに乾かない生傷を見ているかのような気持ちになる。この日もまたそうだった。その雰囲気を、「My fake world」がさらに深いものにしていく。

そして本編ラストを飾ったのは「SHOUT」だった。「皆さんの本気を見せてください!」と小野寺梓が叫ぶ。その言葉は、2018年3月28日に開催された最初のワンマンライヴ「Ending Is Beginning」での「SHOUT」で小野寺梓が叫んだ言葉と同じだった。私はその頃白キャンの存在も知らず、ファンが撮影した映像を後にYouTubeで見たに過ぎない。それでも、彼女の叫びは約1年8か月を経て、私の胸に突き刺さった。

そして、アンコールの声を受けて、「PART-TIME DREAMER」のイントロとともに白キャンはステージに再登場。メンバーの笑顔がとても多いことが印象的だった。落ちサビで小野寺梓は「この世界で勝ちたい ひとりでは無理だな 誰かと手を取り合う勇気があればな」と歌うが、この日は「ひとり」ではないことを6人が共有しているかのような「PART-TIME DREAMER」だった。

そして、小野寺梓が「3年目は今よりももっともっと大きなステージに立っている私たちを見せたいし、もっとたくさんの方に知られているグループになりたいです」と語った後、記事冒頭の三浦菜々子によるメジャー・デビュー発表が行われた。見事なドッキリである。

最後に歌われたのは「自由帳」。白キャンの節目で歌われることが多い楽曲だ。この楽曲でも最後にメンバーが肩を組んで左右に揺れ、ファンも肩を組んで揺れる。これほど祝祭感に満ちた「自由帳」を見たのは初めてだった。

なぜ白キャンはこれほど勢いがあるのか

こうしてメジャー・デビューが決定した白キャンだが、アイドルと仕事をしている人々からは「なぜあれほど勢いがあるのかわからない」という声も複数聞いてきた。白キャンの人気の要因は複合的なもので、それが若年層を中心とした人気につながっているし、大人が一目見て理解できない理由にもなっている。

真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

メンバーの個性の面で言えば、メンバーのヴィジュアルの良さに加えて、彼女たちの多くが内向的であることも「魅力」として機能している。プロデューサーである青木勇斗の着眼点でもっとも特異なのは、このメンバーの人選だ。

この日のライヴで自己紹介以外はほぼ話していない鈴木えまと麦田ひかるは、白キャンにスカウトされていなかったら、芸能活動自体をしていなかったかもしれない。今では彼女たちのいない白キャンは考えられないのだが。小野寺梓と三浦菜々子は、白キャンだからこそ再びアイドルを志したのだろう。アイドルのオーディションへの応募者が減ってきたとも聞く東京のシーンで、西野千明と橋本美桜のような逸材を見つけられたのも、単なる強運では済まされないものを感じる。

麦田ひかる(撮影:真島洸(M.u.D))
麦田ひかる(撮影:真島洸(M.u.D))

また、一時期のメンバーのツイキャスによる配信の多さ(私の知っている限りではメンバー6人中4人が配信をした日もあった)も、SNS以上にファンとの距離感を縮めてきたはずだ。いろいろな意味で、白キャンのメンバーは既存のアイドルの型にハマっていない。

また、若年層のニーズに沿った多彩な楽曲作り、サウンド作りを、メイン・ソングライターの古谷葵とともに青木勇斗がしていることも感じる。ラヴソングがないという、極端とも言える歌詞は、白キャンのメディア露出の増加とともに「同世代の等身大を描いている」といった紹介をされることが増えてきた。ライヴの現場では、ファンは元気が良すぎるぐらいなのだが、メジャー・デビュー以降は、内面を描く歌詞に共感する層がさらに増えるのかもしれない。

世界観を重視した振り付け、フォーメーションも特徴的だ。また、「NOW STEP ON TOUR」の名古屋公演、大阪公演ではアンコールがなかった。それでも不満の声を聞かなかったのは、ステージが作りこまれていたゆえに満足度が高かったからだろう。

鈴木えま(撮影:真島洸(M.u.D))
鈴木えま(撮影:真島洸(M.u.D))

現場の自由度の高さも見逃せない要素だ。特に、最新のMIXがファンの手で次々と投入されていき、それが現場に定着したりしなかったりと、変化が激しい。何より、白キャンによるライヴは「外れ」がなく、常に一定のレベル以上である事実は、もっと注目されてもいい。「危うさがいいのではないか」という声もあるが、白キャンのパフォーマンスは意外なほど強度が高い。

総じて白キャンの現場の本質とは、メンバーたちとともに激しい変化を体験できることだとも言える。そして、その変化のスピードはこれからより速くなるはずだ。

夏の悔しさを乗り越えて全員にとって初のメジャーへ

白キャンにとっては、メンバー全員が初めてメジャーを経験することになる。キングレコードの中でも、AKB48やSTU48を担当する部署が手掛けるという事実にも驚かされる。

そして、ふと名古屋公演での小野寺梓のMCを思いだす。

「『NOW STEP ON TOUR』というこのツアータイトルにある通りに、ここから踏み出して、6人でまだ見たことのない大きなステージに歩み始めたいと思います」。

「TIF2019メインステージ争奪LIVE」の決勝戦は、2019年8月2日の「TOKYO IDOL FESTIVAL2019」で開催され、白キャンは惜しくも2位となった。しかし、その悔しさを乗り越えてきたのが現在の白キャンだ。2020年、彼女たちはまだ見たことのない大きなステージへと踏み出す。変化し続けることは、エンターテインメントの本質でもある。だからこそ、まだまだ変化し続ける白キャンは、注目に値する存在なのだ。

真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

<セットリスト>

01.アイデンティティ

02.白祭

03.セルフエスティーム

04.HAPPY HAPPY TOMORROW

05.清涼飲料水

06.untune

07.パーサヴィア

08.闘う門には幸来たる

09.Whatever happens happens.

10.いま踏み出せ夏

11.Begin

12.全身全霊

13.モノクローム

14.My fake world

15.SHOUT

(アンコール)

16.PART-TIME DREAMER

17.自由帳

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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