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元日本代表主将・長谷部誠が考える「引き際」と「欧州の指導者資格」を取る意味

元川悦子スポーツジャーナリスト
38歳になった今もフランクフルトで存在感を示す長谷部誠(写真:アフロ)

ロシア行きを決めた4年半前のオーストラリア戦で奮闘した長谷部

 2022年カタールワールドカップ(W杯)出場権獲得に王手をかけている日本代表。24日の最終予選・オーストラリア戦(シドニー)に勝てば、文句なしに7大会連続本大会行きが決まる。仮に引き分けでも、29日のベトナム戦(埼玉)で勝ち点3を確保できればグループ2位以内は確保できる。いずれにしても宿敵・オーストラリアとの大一番は絶対に失敗は許されないのだ。

 思い返せば4年半前の2017年8月31日。日本は同じオーストラリアをホーム・埼玉で2-0で撃破し、2018年ロシアW杯の切符を手に入れた。浅野拓磨(ボーフム)の先制点、井手口陽介(セルティック)のダメ押し弾はいずれも印象深いが、誰よりも奮闘したのが、キャプテン・長谷部誠(フランクフルト)である。

 彼は同年3月に右ひざを手術し、8月に入ってクラブの公式戦に復帰していたが、凄まじい強度と重圧がのしかかる大一番に強行出場するというのは大きなリスクがあったはず。それを一切、感じさせないフル稼働ぶりで、本田圭佑、岡崎慎司(カルタヘナ)、香川真司(シントトロイデン)の「ビッグ3」が揃って先発を外れた若いチームをけん引。圧倒的な統率力を見せつけた。

 長谷部が代表でキャプテンマークを巻いた3度のW杯のうち、日本は2度ベスト16に進出している。現主将の吉田麻也(サンプドリア)が「どうあがいても長谷部誠にはなれない」と号泣したのも、頷けるほどの実績を残したのは確かだ。

ロシアW杯の練習時に先頭を走る長谷部(筆者撮影)
ロシアW杯の練習時に先頭を走る長谷部(筆者撮影)

2023年夏に現役続行か引退かを判断する真の意味

 偉大なMFは今年1月に38歳の誕生日を迎え、今季もドイツ・ブンデスリーガのフランクフルトで戦っている。2022年突入後はケガの影響もあり、リーグ戦3試合出場(うち先発1試合)にとどまっているが、本人は「サッカーをするうえでの痛みはない」と回復をアピール。ここから終盤にかけてギアを上げていくという。

 その最中の先月には、2027年までクラブと契約延長したことを発表。2023年夏にいったん現役を退くか否かを話し合い、区切りをつけるかどうかを最終判断することも併せて明らかにした。

「2022ー23シーズンが終わったら引退する可能性が高いですけど、やる可能性もある。まだ1年以上先なんで分かりません」と2日にクラブ主催のオンライン会見に登壇した本人は神妙な面持ちで話したが、彼自身もまだ「辞め時の定め方」に苦慮している様子だ。

「引き際を決めるポイント? それは僕も知りたいです(苦笑)。ホントにここ数年、『今年が最後の1年だ』と思ってずっとサッカーをやってきて、契約更新を繰り返してきた。こんなに長くやれるとは思っていなかったし、だからこそ、その引き際をどう決められるのかっていうのは僕自身も正直、分からない。自分だけのことじゃなくて、家族のこととか総合的に考えて決めると思うんです」

長谷部が引き際を決めるポイントとは?

 長谷部は筆者の質問に対し、偽らざる胸の内を吐露したが、本当に彼らアラフォー世代の退き方は人それぞれだ。昨年末にユニフォームを脱いだ大久保嘉人はいきなりの引退宣言で周囲を驚かせたし、阿部勇樹(浦和ユースコーチ)は指導者への転身を視野に入れて決断した。逆に今野泰幸(南葛SC)のように「サッカー辞めたら、俺、人としてダメになっちゃう」と語って、今季はカテゴリーを落として現役続行を選んだ選手もいる。

 長谷部自身は「先輩がまだサッカーやってるとかそういったことはあまり気にならない」とコメントしていたが、2023年夏に彼なりの落としどころを見つけられたら、ピッチを去ることになるのだろう。

 もちろん、筆者のように彼を長く見てきた人間にしてみれば、遠藤保仁(磐田)のように40代でもトップレベルで戦い続けてほしいという願いはある。が、仮に長谷部が来季はフル稼働して「やり切った」と思えるようなシーズンを過ごせるのであれば、悔いのない引き際になるのではないか。代表引退時もスパっと退いた彼なら潔い決断を下せるのではないか…。いずれにしても、納得いく形でキャリアの終盤を戦ってほしいものである。

欧州での指導者経験が日本にもたらされるもの

 そのうえで、長谷部には求めたいことがある。欧州でUEFAプロライセンスを取得し、その経験値を日本サッカー界に還元してほしいという点だ。

 現状では、日本サッカー協会(JFA)公認S級ライセンスを持っていても、欧州クラブで監督になれない。かつてその壁にぶつかったのが、元日本代表の藤田俊哉(JFA強化部員)だ。現役引退後にVVVフェンロのコーチになった彼は「JFA・S級はアジアサッカー連盟(AFC)プロライセンスと互換性があるものの、AFCプロとUEFAプロの互換性はない」という厳しい現実に直面。何年もオランダサッカー協会を通じてUEFAにアプローチし続けたが、ハードルを超えることはできなかった。一時、シントトロイデンのアマチュアチームで指導していた大宮アルディージャの霜田正浩監督も同じ壁にぶつかり、短期間での帰国を強いられた。

 こうした中、長谷部はすでにドイツB級ライセンスの受講をスタート。U-15年代の選手を指導する機会にも恵まれているが、ドイツ語でドイツ人の子供たちにサッカーを教えるというのはそう簡単なことではない。

 2008年から15年間、現地に住んでいる彼は日常会話的なドイツ語での意思疎通は全く問題ないものの、ライセンス講習会では精神学や哲学のようなカリキュラムも学ばなければいけない。日本人が日本語でそういった学問を習得するのも難しいが、外国語となれば極めてハードルが高い。それだけではなく、個人個人の性格や人間性を把握しながらのアプローチ、保護者との意思疎通や学校との連携などピッチ外の対応も必要になるのだ。

「この語学力でそこに入り込んだ時には非常に難しいなと。もっと若い時から勉強をしておくべきだった」と長谷部自身も苦笑していたが、これからドイツA級、UEFAプロへとステップアップしていこうと思うなら、もっと高いレベルのコミュニケーション力が重要になってくる。ドイツ・ブンデスリーガや日本代表での選手キャリアで多少は考慮される部分もあるだろうが、最高峰ライセンス取得とその先の現場指導までには、まだ時間がかかるのは事実だ。

代表遠征時には現地在住日本人の子供たちとよく触れ合ったが、外国人相手の指導は全く違う。(筆者撮影)
代表遠征時には現地在住日本人の子供たちとよく触れ合ったが、外国人相手の指導は全く違う。(筆者撮影)

「正直、あまり期待しないでください(笑)」

 それでも、かつての日本代表の名キャプテンが高い高い壁をクリアしてくれれば、間違いなく日本サッカー界にとって大きな一歩になる。それだけは強調しておきたい部分だ。

「正直、あまり期待しないでくださいっていうのはあるんですけど(苦笑)。僕自身も指導者に100%進むかといったら正直、イエスとは言えない部分もあるけど、チャンスがあるのならチャレンジしたいなと。日本サッカーのためにっていう前提があるわけではないです。ただ、高いレベルの中にいられたら学ぶことがすごく多いし、そのチャレンジが最終的に日本サッカーのためになるのであれば、個人的にも嬉しいです」と本人は控えめな発言に終始していたが、本当にそうなることを願わずにはいられない。

 日本の指導者ライセンスを司る立場の反町康治技術委員長も「海外組の選手が海外で指導者経験を積むのは大歓迎。いずれ麻也もイングランドで指導者ライセンスを取得することになると思う。日本とのギャップ、どういうカリキュラムでやってるのかなどはぜひ教えてほしいし、日本に還元できることは非常に多いと思います」と前向きに語っていた。長谷部を皮切りに、川島永嗣(ストラスブール)、吉田と言った選手キャリア・人間性・語学力を兼ね備えた人材が新たな道を切り開くことで、必ず日本のサッカーは前進する。

 長谷部には代表時代同様、重い荷物を背負わせるようで申し訳ない部分もあるが、彼らしいやり方で開拓者の人生を突き進んでほしいものである。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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