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ベルギーとイングランドが示した3バックの矜持。新たな戦術トレンドになる可能性はあるか。

森田泰史スポーツライター
イングランド対ベルギーの一戦(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

ビッグトーナメントで戦術のトレンドが決まる。それは最早、世界の通例儀式のようになっている。

ロシア・ワールドカップで、注目を集めたのが3バックだ。何も目新しいシステムではない。再び脚光を浴びている、と言い換えてもいい。

3バックを採り入れたイングランドとベルギーが、ロシアの地で躍動した。だが、中身は全く異なるものである。

■3バック→5バック

イングランドは、守備時、その実、5バックになる。

ウォーカー、ストーンズ、マグワイアが3バックを形成。トリッピアーとA・ヤングが最終ラインに下がる。

「ケイン・システム」である。

中盤の中央にはヘンダーソンが構え、網を張る。ここで相手が中途半端な縦パスを入れようものなら、あっという間にショートカウンターの餌食になる。

攻撃を組み立てる際には、ケインが一度引いてくる。ケインを追い越すようにスターリング、リンガード、デレ・アリが飛び出していく。

この3選手に相手のディフェンスラインが引っ張られると、時間と空間の猶予ができる。そこでケインがタメを作り、トリッピアーあるいはA・ヤングがサイドを上がってくる。こうして、分厚い攻撃が可能になる。

ケインは5試合で6得点を挙げて得点ランクの首位に立つ。つまり、ケインを生かすための布陣は一定の成果を挙げているのだ。

■攻撃色の強いベルギー

ベルギーはどうかと言えば、攻撃のための3バックだ。準々決勝ブラジル戦では、デ・ブルイネをファルソ・ヌエベ(偽背番号9)に、ルカクを右WG、アザールを左WGに据えるために4バックを採用したが、基本的にはフェルトンゲン、コンパニ、アルデルヴァイレルトが最終ラインに並ぶ。

ベルギーはW杯欧州予選で43得点を挙げた。これは同予選トップの数字だった。今回のロシアW杯においても、14得点と全チームで最多得点を誇っている。

それだけではない。ルカク(4得点)、アザール(2得点)、デ・ブルイネ、シャドリ、フェライニ、バチュアイ、メルテンス、ジャヌザイ、フェルトンゲンと、実に9選手が得点を記録。今大会最多の数字で、2006年大会のイタリアと1982年大会のフランス(得点者数10選手)だけがこれを上回っている。

ただ、ベルギーには露骨な弱点があった。守備面で、GKクルトゥワのセービング力に頼り過ぎていたのである。

■シュートの嵐

ベスト4に進んだチームの、決勝トーナメント進出以降のデータを比較するとそれは明らかだ。

ベルギーの被シュート数を見てみよう。日本戦8本、ブラジル戦17本、フランス戦13本である。イングランドの被シュート数はコロンビア戦が9本/11本(90分/120分)、スウェーデン戦が5本、クロアチア戦が12本/18本(90分/120分)となっている。

対して、決勝に進んだフランスとクロアチアは、90分のうちに二桁のシュート数を一度も許していない。

フランスの被シュート数はアルゼンチン戦5本、ウルグアイ戦9本、ベルギー戦8本だ。クロアチアの被シュート数はデンマーク戦が7本/12本(90分/120分)、ロシア戦が6本/12本(90分/120分)、イングランド戦が7本/8本(90分/120分)だ。

これだけシュートを浴びれば、いくら素晴らしい守護神だとしても、牙城は崩されてしまう。ベルギーとイングランドは反面教師としてそれを証明してしまった。

■攻略法

破壊力抜群のベルギーと対峙したフランスは、リトリートの戦法を採った。

自陣に引いて4-3-3でブロックを作り、前からプレスには行かなかった。ベルギーの3バックはボールを持たされた。アルデルヴァイレルト、フェルトンゲンがボールを前に運ぶが、パスの出しどころがない。

ベルギーの最終ラインは、ビルドアップでフランスの前線の選手を釣り出そうとしたが、逆にドリブルをさせられて人口密度の高い空間でプレス網に引っかかった。

そして、フランスはセットプレーでベルギーを仕留める。この大会で全得点のうち63%をセットプレーから挙げているフランスだが、戦術面でベルギーに優っていた。

クロアチアは展開力のあるラキティッチ、モドリッチがサイドチェンジでイングランドを揺さぶった。

クロアチアの2得点はいずれもクロスから生まれている。1点目はヴルサリコのクロスにペリシッチが合わせた。2点目はピバリッチのクロスが一旦イングランド守備陣に跳ね返されるも、こぼれ球をペリシッチがヘディングでペナルティーエリア内に落として、最後はマンジュキッチがハーフボレーでネットを揺らした。

CBがプレスに出るのか、ウィングバックが蓋をするために戻るのか、イングランドの守備は曖昧だった。そこをクロアチアに突かれた。

ベルギーとイングランドのそれは、不完全な3バックだったのかもしれない。しかしながら、全員のベクトルが前向きだった時の攻撃は、非常に迫力があった。

来季、3バックがヨーロッパのフットボールシーンで主流になるかは分からないが、戦い方のオプションとして選択するチームは増えるのではないか。そんな予感がするのである。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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