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ヒラリーがメキシコに上陸 アメリカ南部で予想される「壊滅的洪水」

森さやかNHK WORLD 気象アンカー、気象予報士
左: 上陸直前のヒラリーの衛星画像(NOAA)と、右: 予想進路 (NHC)

日本時間21日(月)未明、「ヒラリー」が、メキシコ北西部に上陸しました。上陸時の勢力は最大風速28メートルで、ハリケーンよりも弱いトロピカルストームの強さでした。

21日(月)午前中からカリフォルニア州を通過し、その後ネバダ州に達する見込みで、「壊滅的な」洪水が起きる恐れがあると気象局は注意を促しています。

ロサンゼルスの月間降水量0ミリ

もともとカリフォルニア南部は砂漠地帯に作られた都市ですから、その降水量はかなり少なく、たとえばロサンゼルス中心部の8月の平均月間降水量は0.00ミリで、年間でも360ミリしか降りません。これは東京の年間降水量の2割ほどです。ネバダ州のラスベガスはもっとも乾燥していて、1年で100ミリしか雨が降りません。

雨の少ない理由の1つは、沖合を寒流が流れ海水温が低いことから、ハリケーンなどの熱帯低気圧がやってこないことにあります。前回カリフォルニア州にトロピカルストームが上陸したのは、1939年、つまり84年も前のことでした。この時は100名近くが命を落としています。

現在カリフォルニア南部には「トロピカルストーム警報」が発令されています。これは観測史上初めてのことです。というのも、警報を発表する気象局ができたのは、前回トロピカルストームが上陸した時よりも後のことだったからです。

日本時間21日に出されているアメリカ西部の警報 (NWS出典の図に筆者加筆)
日本時間21日に出されているアメリカ西部の警報 (NWS出典の図に筆者加筆)

山火事の影響

アメリカ南西部では、ヒラリーの影響で先週末から雨が降っていますが、広い範囲で75ミリ~150ミリ、最大で250ミリの雨が予想されています。つまり、場所によっては1年分の雨が一気に降る可能性があることになります。

特に懸念されるのは、昨今カリフォルニア州などで起きた山火事の影響です。

燃えた土壌は、舗装された道路と同じくらいに水をはじくために、雨は土中に染み込みにくく、速いスピードで表面を流れていきます。少しの雨でも危険な状態ですから、記録的な大雨が降る恐れがある今、土砂災害や洪水の危険がかなり高くなっています。

ちなみにヒラリーの接近を受けて数々のイベントが中止されていますが、大谷翔平選手の所属する大リーグのエンゼルスも試合を前倒しして、日本時間20日(日)に2回も試合を行いました。

いつもと違うエルニーニョ年

太平洋東部の赤道付近の海水温が高くなる現象、いわゆるエルニーニョが発生している年は、この海域でハリケーンなどが発生しやすくなります。

一方、アメリカ大陸を隔てた大西洋はというと、エルニーニョ年はハリケーンの発生が少なくなる傾向にあります。ところが今年は、海水が記録的な高温となっていて、この海域でもいつもより嵐が発生しやすくなっています。

日本時間21日、大西洋には5つの熱帯性の低気圧が発生している (NHC出典の図に加筆)
日本時間21日、大西洋には5つの熱帯性の低気圧が発生している (NHC出典の図に加筆)

*追記(8/23)*

凄まじい雨が降るだろうとの予想通り、加州のいたるところで記録的な雨が観測されました。もっとも多くの雨が降ったのはサンジャキント山(290ミリ)、ロサンゼルスでも1日で57ミリの雨が降りました。

デスバレーも非常な光景に包まれ、数百人が立ち往生したそうです。1日に降った雨量は、年間降水量とほぼ同じ56ミリで、日降水量の記録となりました。

気温も大幅に下がり、21日(月)の最高気温は25.6度と、8月の日最高気温としては過去40年でもっとも低くなりました。

ヒラリーは温帯低気圧となってからもネバダ州、オレゴン州、アイダホ州とモンタナ州でも大雨を降らせ、それぞれの州においてもっとも大雨を降らせた熱帯低気圧として記録されることになりました。

NHK WORLD 気象アンカー、気象予報士

NHK WORLD気象アンカー。南米アルゼンチン・ブエノスアイレスに生まれ、横浜で育つ。2011年より現職。英語で世界の天気を伝える気象予報士。日本気象学会、日本気象予報士会、日本航空機操縦士協会・航空気象委員会会員。著書に新刊『お天気ハンター、異常気象を追う』(文春新書)、『いま、この惑星で起きていること』(岩波ジュニア新書)、『竜巻のふしぎ』『天気のしくみ』(共立出版)がある。

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