選抜大会に出場する珍しい名字の選手達 西日本編
選抜大会に出場する選手の名字、続いて西日本編。
東日本編同様、選手名簿は公式ガイドブックであるサンデー毎日増刊号「センバツ2023」を使用した。また、漢字の新旧字体は同じとみなした上で読みによってランク付けし、名字ランキング2万位以下の名字を中心に調べてみた。
西日本各校の選手の名字
西日本の選手で最も珍しいのは、大阪桐蔭高の八瀬山(やせやま)選手の名字。この名字は極めて珍しく、東日本編を含めても最も珍しい。「八瀬山」は大阪府や奈良県に点在し、八瀬山選手は堺市の出身。
続いて、履正社高の太鼓地(たいこじ)選手、大分商の種具(たねぐ)選手、社高の年綱(としつな)選手、光高の丸次(まるつぎ)選手、報徳学園高の間木(まき)選手の名字が珍しいが、いずれも普通に読むことができる。難読と稀少はとくに関係ないことがわかる。
以下、城東高の加統(かとう)選手と来福(きふく)選手、沖縄尚学高の儀部(ぎぶ)選手の名字も極めて珍しい名字の範疇に入る。なお、「ぎぶ」という名字は「儀武」と書くことが多く、「儀部」は珍しい。
一方、意外と多いのが、沖縄尚学高の東恩納(ひがしおんな)選手。本土ではほぼ見ることはないが、全国名字ランキングでは6000位台で、むしろ普通の名字に近い。沖縄県うるま市石川東恩納がルーツで、沖縄本島一帯に広がっている。東恩納選手は那覇市の出身である。
西日本では監督にも珍しい名字がある。それが、光高の宮秋(みやあき)監督と城東高の新治(しんじ)監督の2人。
「宮秋」は瀬戸内海沿岸から関西にかけて広がっているが、数はかなり少ない。宮秋監督は山口県の出身。
「新治」は関東、関西、山陰に広がっている名字。古代、開墾することを「墾(は)る」といい、これに因む地名や名字は多い。
「新治」とは新しく開墾した土地という意味で地名も各地にある。関東では平成大合併前まで茨城県に新治(にいはり)村、群馬県に新治(にいはる)村があり、名字では「にいはり」と読む。一方、関西や山陰では「しんじ」が多く、京都府京丹後市では「あらはる」と読む。
現在、「新治」という名字の読み方で最も多いのは「しんじ」。これは、「新治」と書いて「にいはり」「あらはる」と読むのは今では難読といえることから、漢字の一般的な読み方に従って「しんじ」と読み方を変えたものだろう。
ただし、島根県の「しんじ」は、同県の地名をルーツとする「宍道(しんじ)」から漢字を変えたものもありそうだ。新治監督は広島県の出身である。