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「新しい資本主義」に欠落するもの 第9回 消費税インボイスを企業経営に生かせ

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(写真:イメージマート)

2023年10月1日から、消費税のインボイス制度が始まる。これは、適格請求書等保存方式と呼ばれ、長年懸案であったEU型インボイス制度をわが国にも導入することになる。インボイス制度導入の目的は、支払った消費税額が確実に国に納付されるような仕組みを作り、消費税にともなう批判である「益税」をなくし消費税の信頼を高めるため、と説明されている。

現行の免税事業者制度の下では、事業者が、消費税を負担していない免税事業者から仕入れる場合にも仕入税額控除を認めていることがその理由である。

インボイス制度が導入されると、請求書などに、「登録番号」「適用税率」「消費税額等」の記載を義務付けるインボイスは、消費税の納税義務を負わない免税事業者が発行できなくなる。そうなれば、免税事業者と取引する者は、仕入税額控除ができなくなる。

そこで仕入れ側から、消費税を控除できる(インボイスを発行できる)課税事業者へ取引を変更しようという動きが出てくる。そうなれば免税事業者は「取引から排除される」ことになり不満が出てくる。

この場合の解決策としては、免税事業者が、免税という特権を捨てて、課税事業者になる(登録する)ことが考えられる。そうなれば、免税事業者は消費税を納税する義務が生じることになるが、一方で自らの仕入れ分について税額控除が受けられる。また課税事業者になると事務コストがかかるという反論が起きそうだが、今日の発達したレジシステムは、その手間を大幅に軽減してくれる。

ここで筆者が述べたいことは、インボイス制度には「益税」うんぬんに加えて、もう一つ大きなメリットがあるということである。それは事業者間の消費税の転嫁を容易にするという効果である。インボイスによって事業者間取引における消費税額が「見える化」されることになり、事業者間の取引に係る消費税額を転嫁しやすくなるのである。

取引に際して、売手は買手に、取引価格(税抜価格1000)とともに、インボイスに別記された消費税額(100)を請求する。買手は請求額(税抜価格1000)とともに消費税額(100)を売手に支払い、売手はそれ(100)を国に納税する。買手は自分が支払った消費税額(100)を、売上にかかる消費税額から仕入れ税額という形で控除して納税する。つまり買手は売手に消費税額(100)を支払うが、同額が控除され負担はゼロとなる。このメカニズムにより、事業者間の価格は税抜で交渉され、消費税額はインボイスにより転嫁が容易にできることになる。

さらに、デジタルインボイス(電子インボイス)を導入することによって、バックオフィス業務の近代化を進めたり、リアルタイム経営による効率化、DX経営が可能になるというメリットがある。

現在、デジタル庁が旗を振って、デジタルインボイスの標準仕様(日本版ペポル)をもとにしたシステムやソフトの開発が進んでいる。欧州ではデジタルインボイスが、消費税経産のためだけでなく、受発注、支払いなど一連の証票と連動し、調達システム、会計処理、税務処理、さらには経営判断の効率化に役立っている。そのようなサービスを提供するオラクルなど一大産業群も存在している。

インボイス制度導入の機会に、個人事業主も含めたバックオフィス業務の事務処理を近代化し、標準仕様に沿った民間の業務ソフトの普及により事業者の負担軽減や会社経営の効率化を促進することは、わが国が業務効率、経営効率の向上に向けて進む絶好のチャンスととらえる必要があるのではないか。そのためには、個人事業者や中小事業者が安価にソフトを導入できるような政府の工夫が必要なことは言うまでもない。

次回は、危険なシン・国家資本主義とMMTの組み合わせ

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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