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「新しい資本主義」に欠落するもの 第2回 フリーランスやギグワーカーのデジタル・セーフティネット

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(提供:イメージマート)

岸田総理の掲げる「新しい資本主義」に欠落した論点を考える連載の第2回である。前回、市場による「1次分配」だけでなく、国家・政府がその権能である税制と社会保障を活用して行う「2次分配・再分配」が必要、デジタル時代にふさわしいセーフティネットを構築して将来不安を軽減しつつ格差の少ない社会を建設して、人的資本を高めつつ生産性の向上につなげていくべきだと述べた。今回は、フリーランスやギグワーカーのセーフティネットを考えてみたい。

働き方改革によりフリーランスが増加した。またデジタル経済のもと、プラットフォームを通じて単発の契約に基づき労務を提供するギグ・エコノミーが発達しギグワーカーが増えた。新しい働き方として評価される一方で、彼ら・彼女らの多くの所得は不安定で、既存の税制や社会保障制度とのミスマッチも問題になっている。

フリーランスやギグワーカーは、自らリスクをとり自己計算で働く自営業者だ。しかし資本や労働力を活用して事業を行う「伝統的自営業者」と異なり、彼ら彼女らは自らの労務の提供で所得を得る「雇用的自営業者」で、この点給与所得者の働き方となんら相違はない。

これに対し労働法制や税法は、自営業者と労働者・給与所得者を明確に区別し、社会保障制度は雇用形態別・縦割りで、労働者(被雇用者)か自営業者かで大きく異なっており、結果としてセーフティネットや税負担の公平性の問題を生じさせている。

筆者は、フリーランスやギグワーカーのセーフティネットについては、給与所得者・被雇用者と同様を目指して見直しを進めるべきだと考えている。その分追加的な財政負担が生じるが、それは社会保険料を負担しないビジネスモデルを展開している(仲介型)プラットフォーマーに負担を求めていくことが必要ではないか。

セーフティネットの具体的なモデルとしては、給付付き税額控除が挙げられる。勤労を条件に、一定所得以下の者に減税(税額控除)と社会保障給付(還付)を組み合わせて、一定所得以下の時期には勤労して所得が増えれば給付も増えるというようなインセンティブ設計がされている。勤労によって生活水準の向上を図るというこの制度は、欧米ではスタンダードなセーフティネットとして導入され定着している。

給付付き税額控除の一つである勤労税額控除の考え方は、勤労しても貧困ライン(所得の中央値の半分未満)を超えないワーキングプアや、勤労を始めると税負担や社会保険料負担が生じその分手取りが減ってしまうような者に、国が勤労に応じて給付することにより最低賃金でフルタイムで働けば貧困ラインを抜け出せるようにするというものである。

英国では、ブレア政権が勤労を通じて生活の向上を図るというワークフェア思想に基づき導入・拡充され、ワーキングプア対策に大きな成果を挙げたが、現在では、リアルタイムで把握した所得情報を給付につなげるユニバーサル・クレジットとして定着している。今回のコロナ対策では、この制度が活用され、迅速で公平な給付が行われた。一定の所得基準に基づき対象者を決めて、本人の申請を待つことなくプッシュ型として本人の口座に直接給付した。このようなことが可能なのは、番号で国民全員の税情報(所得情報)と社会保障給付を連携する給付付き税額控除の導入によりインフラが整っているからである。

給付付き税額控除については、わが国でもたびたび議論されてきた。麻生内閣時には、09年の所得税改正法附則第104条で、給付付き税額控除の検討が書きこまれた。 民主党政権は、選挙マニフェストに「所得控除から給付付き税額控除へ」とうたい、さらに三党合意を踏まえた社会保障・税一体改革法に、消費税の逆進性対策として書きこんだが、実現にはいたっていない。

今回のコロナ禍を踏まえて、所得が不安定なフリーランスも包含する形で、本格的な制度として導入に向けた議論を進めてほしい。この制度の構築には、所得の正確な把握が必要となる。そのカギを握るのはマイナンバー制度である。最新のデジタル技術で所得情報を社会保障給付につなげる「デジタル・セーフティネット」として構築していく必要がある。

参考 持続化給付金から考えるフリーランスのセーフティーネット- 連載コラム「税の交差点」第79回https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3510

次回(第3回)は、マイナンバー制度、とりわけマイナポータルを活用したデジタル・セーフティネットについて書いてみたい。

第1回 総論としての「分配」と「再分配」

第2回 フリーランスやギグワーカーのデジタル・セーフティネット

第3回 (予定)マイナンバー制度(マイナポータル)を活用したデジタル・セーフティネットの具体案

以降(予定)

・人的資本の向上策と税制-能力開発控除の創設

・富裕層への金融所得課税

・ロボット・タックス AIとBI(ベーシックインカム)

・税のDX―電子インボイスの活用

・Web3.0の世界と税制

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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