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家業を継ぎ親の面倒をみる兄を演じて。自由気ままな弟へ神対応の彼に「僕ならブチきれる(苦笑)」

水上賢治映画ライター
「中村屋酒店の兄弟」で主演を務めた長尾卓磨  筆者撮影

 俳優としても活動する白磯大知が、独学で脚本を書きあげ初監督した映画「中村屋酒店の兄弟」。

 第13回田辺・弁慶映画祭をはじめ国内映画祭で受賞を重ねた本作は、今はもうない一軒の酒屋を舞台にしている。

 その酒屋は都内にあった「中村屋酒店」。ただ、同店は、本作において単なる撮影場所では片付けられない場になった。

 出発点は別のところから始まっている。中村屋酒店をモチーフにシナリオが書かれたわけではない。

 だが、不思議なめぐりあわせで本作は、中村屋酒店の歴史でありお店を切り盛りしてきた夫婦の歩みを封じ込めることになる。

 それは白磯監督のみならず、キャストの望みが結実してそういう形になったといっていい。

 かつてあった酒店が物語にも、監督にも、キャストにも大きく影響を与えて生まれた映画「中村屋酒店の兄弟」。

 本作については、昨年劇場公開された際、主演を務めた藤原季節、白磯大知監督のインタビューを届けた。

 それから約1年半が経って、同作の配信上映が決定。

 そこで藤原とともに主演を務めた長尾卓磨に改めて話を訊く。全五回。

「中村屋酒店の兄弟」より
「中村屋酒店の兄弟」より

「失われてゆく景色やいつのまにか消えてしまったお店を映像に残したい」

という白磯監督の言葉に共鳴 

 前回(第一回はこちら)は、主に劇場公開時の観客の反応についての話になった。

 ここからは映画「中村屋酒店の兄弟」の話に入る。

 まず、本作について白磯監督の思いに心が動いたところがあったという。

「ありがたいことに出演のオファーは白磯監督から直接をいただきました。当時、僕の出演していた舞台を見に来てくれて、終演後に切り出されたんです。

 そのとき、脚本を渡してくれ、どういう作品を考えているのか説明してくれました。

 その中で彼はこういったことを語ってくれたんです。

 『東京の風景が知らぬ間に気づけばどんどん変わっていってしまっている。僕は、そういう失われてゆく景色であったり、いつのまにか消えてしまったお店であったりといったものを映像に残したい。自分は役者をやっているので、役者さんがそういった風景やお店の中に入る形でその光景を残したいと思っているんです』と。

 その思いにすごく共感しました。『それはすばらしいことだ』と。

 ここ数年、次の世代に何を残すのか、みたいなことが自分の頭の中に漠然と思い浮かぶようになってきていて。すると、自ずと自身の幼少期から現在までの環境の変化に思いが至る。

 その中で、僕はいま都内に住んでいますが、あちこちの街で再開発が進んでいて、気づけばお気に入りのお店がいつの間にか無くなっている。

 そのときに思うんです。『あのお店の店員さんはどこにいってしまったのかな』とか、『あの店員さんはいまも元気にしているのかな』とか。

 消えゆくものを、映像に残すことに意味があるかは正直なところわからない。

 『映像に残すこと=後世に伝えること』というのも、こちらの勝手な思い込みであって、高慢な考えかもしれない。

 でも、お店にしても、場所にしても、その風景にしても、なくなってしまったら、もう遅い。

 映像を残そうとしても、なくなってしまっていたら、残しようがない。二度と目にできないことになってしまう。

 なんかいま『新しいこと=いいこと』みたいな風潮に傾き過ぎていて、実は大事なものがどんどん取り壊されて、消えているのではないか?

 次の世代に何を残すべきなのか、その中で役者の自分はなにができるのか。

 こんなことを個人的に考えているときに、白磯監督から先ほどのような話を切り出されたので、すごく共感しましたし、作品にかかわりたいと思いました」

「中村屋酒店の兄弟」より
「中村屋酒店の兄弟」より

僕だったらたぶんブチ切れると思います(苦笑)

 作品は、現在はすでに閉店しているが実在した中村屋酒店が舞台。

 家業を継いでいまは老いた母をひとりで面倒を見る兄と、家を飛び出て東京で勝手してきたが久々に実家に戻ってきた弟の間にある微妙な距離と、それでも消えることのない深い互いへの愛情が描かれる。

 ここで長尾は寡黙で言葉数は少ないが、でも弟思いであることが体からあふれ出ているような難役の兄の弘文を体現している。

「よくできた兄ですよね。正直、僕自身は弘文のようにはなれない(苦笑)

 (藤原)季節君が演じた弟の和馬は、家を飛び出て自分の夢を追って東京へ行った。

 おそらく近況の報告もほとんどしないできて、年老いた母のめんどうも一切みていない。

 それに対して、弘文は家業の酒屋を継いで毎日仕事をしながら、母の介護をしている。

 そこになんの連絡もなくひょっこり和馬は戻ってきて、配達をするなど店を少し手伝いはしますけれども、兄からしてみたらずいぶん勝手なことを言う。

 まあ、僕だったらたぶんブチ切れると思います(苦笑)。

 でも、弘文はブチ切れたりしない。弟をたしなめることもなく、ただ黙って見守る。

 まあ、なぜ弘文がそんな仏様のようにいられるのかは、作品を見終えていただいたときに、もしかしたらわかっていただけるかなとも思うんですけど、僕は『弘文のようにはなれない』と思いながら演じていました(笑)。

 白磯監督から『どんなときにも優しくいてください』といわれていて、その助言を胸に演じていました」

(※第三回に続く)

【「中村屋酒店の兄弟」長尾卓磨インタビュー第一回はこちら】

「中村屋酒店の兄弟」ポスタービジュアル
「中村屋酒店の兄弟」ポスタービジュアル

「中村屋酒店の兄弟」

監督・脚本:白磯大知

出演:藤原季節 長尾卓磨 藤城長子

橘 美緒 千葉龍都 新井秀吾 高橋良浩 中村元江

撮影:光岡兵庫

撮影助手:山田弘樹、森本悠太、斎藤愛斗

録音:小笹竜馬

照明:岩渕隆斗、小松慎吉

制作:徳平弘一、長野隆太、光岡兵庫、樋井明日香、白磯大知

編集:キルゾ伊東、白磯大知

音楽:総理(響心 SoundsorChestrA)「とある兄弟」

ロケ地協力:中村屋酒店、清水宅

公式サイト:https://nakamurayasaketennokyoudai.com/

U-NEXTにて独占配信中

筆者撮影以外の写真はすべて(C)『中村屋酒店の兄弟』

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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